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夜籠の鳥(よごめのとり)  作者: 児島らせつ
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 自分の心の奥底には、一番手でなければならないという強迫観念が、鋭い棘となって食い込んでいる。

 だからと言って、自分が一番手か二番手かを周囲の人に直接、聞くのは気が引ける。恐らく、自分の立ち位置を点数で確認するという莉子の癖は、そのような遠慮から生まれたのに違いなかった。

 ――九十点以上なら、おおよそ一番手。

 莉子の意識下にある物差しは、莉子自身にいつもそう告げていた。

 胸が重くなった。

「ところで、莉子は恋愛をしないの?」

 自分の特異な思考傾向に思いを馳せていると、紗英の声が耳に響いた。

 ――恋愛?

 コウ君の顔が、条件反射的に頭に浮かんだ。が、いくら相手が紗英とはいえ、コウ君との秘密の関係を打ち明ける訳にはいかない。

「恋愛は……、してる暇、ないかなあ」

 上手く誤魔化せただろうか。紗英の次の一言が怖くて、機先を制して聞き返してみた。

「紗英こそ、恋愛はしないの? 紗英って、もてそうだけど」

「恋愛なんてしないよ。アイドルの私たちは、夢を見せなきゃ。ファンにとって、私たちは神様みたいなもんだからさ」

 紗英は、当然といった様子で言い放った。

 耳が痛い。莉子は、黙って頷くしかなかった。

「ただ、何を勘違いしてるのか、最近は恋愛スクープ狙いの出版関係者らしき男に、ストーカーまがいの方法で追いかけられてるんだけどね」

 初耳だった。

「どうして? 何かしたの?」

「何にもしてないよ。兄貴の友だちから、新規事業についての相談をときどき受けてるだけ。若い女性としての意見を聞きたいっていう話なんだけど、その人との食事を男女の密会と勘違いしてるみたい」

「そのストーカーの事務所か出版社に乗り込んじゃえば?」

 もちろん、冗談のつもりだった。ところが紗英は、真面目な顔で呟いた。

「そうだなあ……。兄貴がいつもお世話になってる探偵事務所の人たちに、お願いしちゃおっかな」

 本当にやりかねない口調だった。

 紗英の意外性には、いつも戸惑わされる。でも、そのような部分こそが紗英の魅力であり、憎めない部分だ。

 ワインの魔力で思考が緩慢になった頭で考えていると、紗英が「そうだ」と声を上げながら、膝の上に置いたセカンドバッグを手に取った。

「忘れてた。今日はお祝いだったね」と言いながらバッグの中から取り出したのは、淡いブルーの可愛い包装紙に包まれた小さな立方体だった。

「はい。これ、プレゼント」

 莉子は、予想もしていなかった突然の展開に驚きながらも、促されるままに紗英の手から包みを受け取った。

「ここで、開けていい?」

 紗英は、いたずらっ子のような目で莉子の目を見つめ返して、黙ったまま頷いた。莉子はリボンをほどいて、包装紙を丁寧に広げる。中から現れた小箱を開けると、金色に輝くブローチが姿を現した。

 小さな鳥籠を象ったブローチだった。中央の止まり木には、小鳥が止まっている。紗英は、ほっそりとした右手をテーブル越しに伸ばした。輝く瞳を莉子に向けながら、細く白い人差指でブローチの右端を指さす。

「籠、開けてみて」

 よく見ると、右側には小さな蝶番が取りつけられていて、籠が開く仕組みになっている。左側の小さな出っ張りを指に引っかけてゆっくり開くと、中からもう一羽の小鳥が現れた。翼を広げて、今にも飛び立とうとしている小鳥だった。

「私のお父さん、輸入雑貨も手がけててね。扱ってる商品の中から見つけたの。莉子に似合うと思って選んだんだけど、どうかな?」

 紗英が不安そうに、莉子の様子を窺った。

「うん、とっても可愛い。嬉しい。有り難う」

 お世辞ではない。本心だった。莉子は、さっそく胸につけると、満面の笑みを返した。

 ――素敵。

 その日、莉子と紗英は、時間を忘れて語り合った。

 幼い頃の思い出、初恋のエピソード、そしてグループの将来……。

 束の間だったが、兄のことも忘れた。

 莉子にとって、人生最高の一日だった。

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