ガラスの靴は誰のもの?
とある国で、王子様の結婚相手を探すために盛大な舞踏会が開かれました。王子様はそこで素敵な女性と出会いましたが、彼女は十二時になると逃げるように王子の前から姿を消してしまいました。長い階段の上に、ガラスの靴を一足だけ残して。
「この靴が履ける人が、僕の運命の人だ」
そう思った王子様は早速、街の広場に出て女性たちにガラスの靴を履くよう命じました。
ところが。
「嫌だわ。ガラスの靴なんて固くて痛そうじゃない。それに転んだら、破片で大怪我をしてしまうわ」
「足が見えるすけすけの靴なんて、裸足と一緒じゃない。日焼けしちゃうし、爪先まで人に見られてしまうなんて恥ずかしいわ」
女性たちはそう言って、誰もガラスの靴を履こうとしません。それに怒った王子様は、たまたま近くにいた一人の女性に無理やり靴を履かせようとしました。すると男の人が現れて、王子様を女性から引き離します。王子様が靴を履かせようとした女性は、その男の人の奥さんだったのです。
「だいたい、結婚したい相手の顔も覚えていないなんておかしいじゃないか。あんなに豪華な舞踏会を開いたのに、肝心の王子がそんなだと意味がないぞ」
男の人がそう言うと、様子を見ていた街の人々も口々に王子様を非難し始めました。
そもそも、王子様は国の人から徴収した税金を使って暮らしています。その王子様が大規模な舞踏会を開いたということは、それだけ国の人が払った税金を無駄遣いしてしまったということです。
次第に街の人たちの声は大きくなり、王子様に「帰れ」と言う人まで現れました。
「うるさい、うるさい! 僕はこのガラスの靴を履ける、美しい女性と結婚するんだ!」
王子様はヒステリックにそう叫び、腕を振り上げました。その途端、
ガッシャーン
「あ」
王子様は手を滑らせ、ガラスの靴を落としてしまいました。ショックで膝から崩れ落ちる王子様を見て、街中の人が大笑いします。
王子様のプライドは、ガラスの靴のように粉々に砕け散ってしまいました。
笑いの渦が巻き起こる人々の中、一人の少女がそっとその場を離れました。長い靴下で自分の足を隠したその少女は、痛む足を引きずりながら歩きます。
少女は毎日、お母さんに家事の手伝いをさせられています。でもそれは、少女をいじめているわけではありません。少女が大人になってもしっかり生きていけるよう、子どもの時からきちんと訓練させているのです。灰をかぶったその姿は、少女にとって頑張った証。だから、少女は灰かぶりの姿でもちっとも恥ずかしくありませんでした。
「お父さんが『いつもいい子で頑張ってるから』って言って舞踏会の招待状をくれたけど、あんまり面白くなかったなぁ」
いつも働いている少女のために、と少女の両親はドレスとガラスの靴をプレゼントしてくれました。それで少女は姉と一緒に舞踏会に参加したものの、ガラスの靴はとても動きづらくて王子様とのダンスも楽しくありませんでした。
やっぱり私は、ガラスの靴なんかいらないや。
そう呟いて、少女は優しい家族が待つ小さな家へと帰っていきました。