覚悟。そして――
―スパイシー城・宮殿・玉座の間―午前―
「……信じられませんな。よりによって何故にこんなみすぼらしい小娘が……」
一通りの挨拶がシユ女王陛下のもと行われると、そう口にしたのは、杖を左手にしたみすぼらしくハゲ散らかした小柄なジーサンだった。
まあ、身なりは頭皮とは違い高そうな一張羅と見えて。
つか、サッカ様の衣服は経年の貫禄あるそっちの意味での一張羅ですが?
薄っすら充血したジーサンの眼球が、やや右後方に立ち尽くすこっちをガン見していてコワいんですが……。
初見なのに何故か敵対視するヤツって一定数いるよねぇ~。
まったく、やだやだ。
「小娘というと……、わしにも何か不満があるのか?右大臣?」
玉座に座った陛下はそう言って右大臣を睨んだ。
陛下ってこんな顔もするんだと……。
一瞬、陛下の両脇の侍女がビクッとしたようにも見え。
「い、いえっ!そんな事はっ……」
ジーサン図星やん?
「そんな事より、我々両大臣が不在の間に、昨夜から色々と騒動があったご様子で」
ハゲ散らかした右大臣とやらの左側に立つ、中年と思われる長髪色白糸目男が喋った。
「帰城の挨拶も済みましたので、陛下、早速今回の件でお話がございます。まず――」
「――左大臣」
と、陛下が彼の台詞を遮る様に言葉を重ねた。
「言いたいことは分かっておる……。だが、そなたらも半日は早い帰城。急いで駆けつけて来たのだろう?早々にまずはそなたらは旅の疲れをとるがいい」
「しかし陛下っ、これは忌々しき一大事ですぞ!」
杖を震わせながら右大臣が唾を飛ばす。
それを制するように長髪が右手を右大臣へとそっと向ける。
「クバ殿。伝え聞くに陛下は今朝方まで現場対応されていたご様子との事。ならば我々以上に疲弊されておられる……と。わたくしめの思慮が足りなかった。ここは陛下のお言葉に甘えておきましょう」
「むむ……。レヌム殿がそう言うのであれば……。では我々としては配下の者に現状の対応策だけでも伝えておく事にいたしますかのぅ……」
二つの靴音と杖の音が玉座の大扉の向こう側へと消えていき、一気に静寂な空間となる。
間。
そして、
「ふぅ……」
と、陛下の溜息が一つ玉座に消えた。
「サッカ。お互いに一息つきたい所だろうが。わしについて来い」
そう言って、陛下が玉座から飛び降りると、玉座の真下の床が光り輝いた。
―スパイシー城・宮殿・精霊の間―午前―
更に玉座の椅子が黄金色に発光して、後ろにゴゴゴッと動くと、下へと続く階段が覗いた。
そこをシユ陛下とサッカ様、そして主の右肩に乗ったあ~しが下って行く。
物語が物語なら、ボス的な奴が待ち構えているか、強力な武器やアイテムが保管されているんだろうが。
下りきると、眩い光が目に刺さってくる。
目が慣れると、荘厳な空間の中央に白い光の柱があり、キラキラ輝くあの蝶の精霊様が、その柱の中にヒラヒラと浮いて在って。
「ここは……?」
「ここは精霊の間じゃ」
と、サッカ様の問いに陛下が答えた。
「本当は昨晩、風呂上りにそなたに伝えようと思っておったのだが」
シユ陛下がこちら向かって、右手で左腕に装着した金と銀の装飾が施された籠手を外して見せる。
ん?褐色肌に何か痣の様な斑点がある?
陛下はそのまま精霊様の方へと歩んで、その左腕を無言で差し出す。
すると、陛下の傍まで近寄って来た精霊様が顔、いや口の辺りから何か触手っぽい鞭状のモノを出し――
――刺した!
差し出したその腕に!
「え?……だ、大丈夫なんですか?」
「血の契りじゃ」
「血の……契り?」
「わしと精霊様の命約でな。この城を覆う結界の更新と制御を兼ねて日々、わしの血を捧げておる」
精霊様は鞭状のモノをクルクルっと巻き取り引っ込めると、中央の白い光の柱の中へと戻って行く。
「そうなんですね……」
右手に持った籠手を手慣れた手つきで左腕に装着すると、陛下はこちらに一歩近づく。
「わしもそなたに何と言っていいかイマイチ頭が回らんが、一画として生きていく覚悟はあるか?サッカよ」
「覚悟――」
―回想ースパイシー・市街・下水道坑―夜―
「――覚悟。その志はあるのかしら……。ウフフ……」
赤と黄の斑模様をしたローブを着こみ、頭にはとんがり帽子を目深に被った女が嗤った。
薄明かりの魔術の燈火に照らされ、ほうれい線と縦割れの目立つ、紫色した女の口元がほくそ笑んでいる。
一方のサッカ様は、下水道の汚れた壁に背中を預け座り込んでいるクラルさんから目を離せていない。
声を掛けているが反応がないのだろう……。
そのクラルさんは右腕を上腕の辺りから失っており、片眼鏡も潰れて粉々になって、血だまりの中で染まっている……。
クラルさんの執事である白髪紳士から渡されたモノ。
それを右耳に入れると、サッカ様はメイド服を揺らしながら、導かれる様に走り出して――。
右往左往しながら、とあるマンホールの蓋を凝視すると、蓋を外し、ここに入って。
あ~しが続いて飛び降りて来ると、女が背後から気配と共に姿を現した。
「辛いわよー。今ならその辛さ、私がそっくり引き取ってあげる」
その言葉はサッカ様の背中へと投げかけられている。
あぁ、コイツだ。分かる……。
この女のこの気配はクモルだ。
「なんでこんな事を……?」
問い掛ける、あ~し。
少し間があって。
「おかしなこと聞くのね」
と、蜘蛛女。
すると、あ~しの背中から声が聞こえた。
「おかしな事ばっかりじゃないですか!」
その声に振り返るとサッカ様の背中が小刻みに震えている。
「受け入れられないわよねぇ。こんな現実。分かるわぁ~」
こ、コイツはやべぇヤツだわ……。
言葉の裏で嗤ってるのが、ひしひしと伝わって来る。
「あなたがクラルさんの……腕を?」
と、問うあ~しに、
「そうね」
と、あっさり答える女。
「生きてる……んですよね?」
サッカ様が切なげに蜘蛛女に尋ねる。
その主は、白い布に包まれた右腕を抱いている。
「ウフフ。まだ一応ね」
「治るん……ですよね?」
「さあ?どうかしら?」
さも他人事の様に答える女。
間。
「絵……。私の絵が欲しいんでしょ?……」
と、サッカ様。
あえて見なくても察しが付く。
蜘蛛女の口元は嗤っているだろう。
「それがあれば元通りに治してくれますよね?」
立ち上がったサッカ様が女の方へ振り向き、女へと近づいていく。
すれ違いざまに見えた主の背中。
小さく頼りなく見えるが、何故か大きくも感じられ。
「あらぁ?随分物分かりのいい子ねぇ~。私、そういう子好きよ~」
蜘蛛女もサッカ様方へ間合いを詰める。
「でもねぇ。私、自慢じゃないけど欲張りなのよねぇ~」
女の口角が吊り上がった。
「クラルの絵とあなたの絵。両方頂戴ぃ~」
「だ、ダメだ……。そいつの言葉に耳を貸してはっ……」
クラルさんっ!
「だ、大丈夫?……」
と、肩で息をするクラルさんへと振り向く主。
――ズッ。
嫌な音がした。
え?
何かの見間違いだろう……。
蜘蛛女の右手先から伸びた突起物が、サッカ様の腹部を貫き、こちらに向かって顔を覗かせている。
鮮血がメイド服をみるみる赤く染め、突起物の先端からポトポトと滴り落ちて……。
そして、床へと落ちる白い布包み。
「サッカ様!――」
あ~しの声が坑内に響く。
「騒ぐな鶏。まったく……」
「クラル、この娘の命はお前に委ねられている。くれぐれも判断を誤らないことねぇ」
「なんてことを……」
クラルさんのか細い声。
「あぁ。いろいろと考えてる時間はあまりないわよぉ~?注がれ続ける麻痺毒、そうねぇ……このくらいの小娘だと、致死量までおよそ1分もないわよぉ~?ウフフ……」
貫かれたままのサッカ様は、目を見開いたまま立ち尽くして微動だにしない。
ツーっと口元から涎が流れ出て首筋を伝う。
やばい。
死ぬぞ……。
何か手立てはっ?
クラルさんっ――!?
凄く長く感じた。
間。
いや、ほんの数秒だったのかもしれない。
「……分かりました。彼女から手を引いて……くれませんか?」
「そう」
と、蜘蛛女は突起物を引き抜いた。
すると、間もなく硬直したままゆっくりと前のめりに倒れて来るサッカ様が!
あ~しは、滑り込む様にサッカ様の顔面と坑内の床との間に――
「――ぐぇっ!」
と、全身でチキンサンド状態……。
「さぁ、クラル。あなたの絵を頂戴」
間。
「っ……」
クラルさんが苦虫を嚙み潰したような表情をし、ゆっくりとその場に立ち上がろうとする姿が視界の端に映る。
想像に難くない。
たぶんこれ、終わった――。
クラルさんとサッカ様の二人の絵が奪われた後、ここで全員、結局は死寝るやつだわ……。
この世に神様という存在がいるのかどうかは知らない。
だが、そういった存在がだ、あ~しらの物語をここで終わらせようとしているんだ。
要するに、あ~しらの冒険譚に飽きたのか?
故に、このたった六話で死亡エンドにしようとしてる?
ならばせめて、このまま主の枕として眠ろう……。
気のせいか、どこからともなくヒタッヒタッと近づく足音がしてきた……。
そう死神の――
「――キャッ!」
突然、蜘蛛女の叫び声がこだました。
吃驚して目を見開くと、目の前に死神の足が?……
いや、何だろうこのヌメヌメテカテカしている白色の物体は?
「か、かえるぅ~~~!いやぁーーーーーーっ!」
うっせえええ!蜘蛛女!
下水道坑に反響して寝てられねえ!
なんやねん!と首だけ持ち上げると、そこには人間の大人くらいはあるだろう白い蛙が居て……。
「でか……」
と、あ~しが呟くと目が合った。
「ンダー?ココニハ酒ハナイノカ?」
は?
「酒ー。酒ヲケロー」
酒?
何を場違いな!
「何なの?どっから現れたのこのドブ蛙ぅ~!」
まあ確かに。
ファンタジーな物語ではあるっちゃある、下水道で暮らしてて、遺伝子変異で異常に大きくなっちまった個体やろなぁ。
場所が場所なら中ボスでいるやっちゃな。
「ンダー?誰ガドブガエルヤネン?」
え?
ドブ蛙と会話が成立してるよねこれ?
「このシリアスなシーンに邪魔よドブ蛙!気持ち悪いからさっさとどっか行きなさい!」
と、蜘蛛女。
「アー?ソーデッカ」
と、その蛙はパクっとクラルさんの右腕を包んだ白い布包を一瞬で飲み込んだ。
え?
と思っている間に、オレンジ色した伸びる舌でクラルさんの体をクルっと包んでパクっと飲み込んでしまい……。
「な、何を……?」
困惑する蜘蛛女。
蛙は答える素振りもなく、あ~しの上のサッカ様も一瞬でペロリと。
は?
つ、次は、あ~しの番かと覚悟を決める。
……。
……?
……!
飲み込まへんのかーいっ!
「気持ち悪いドブ蛙ね!飲み込んだ物をさっさと吐いて消えなさいっ!」
蜘蛛女のローブの隙間という隙間、袖口やら足下やら首元やら続々と蜘蛛が湧き出すと、四方八方、床から壁から天井からとこっちに向かって来たああああああっ!!!
それを無言で口に運ぶ運ぶ蛙!
蛙の前で蜘蛛が次々と一瞬で消え去る!
まさにイリュージョンっ!
気が付けば、段々と蛙の図体が大きくなって来ているような……!?
いや、デカくなってる!
思わず起き上がって、様子を見つつ距離を取るあ~し。
「何なのコイツ!?」
蜘蛛女も蜘蛛を出すのを止めない。
そして育つ蛙。
やがて下水道抗の天井まで蛙の体が膨れ上がると、天井を突き破って――
――あっぶ!
崩落して降ってくる破片を右に左に避けて、蜘蛛女、そしてあ~しも外へと脱出する。
―スパイシー・市街―夜―
地上に飛び出すと気が付いた。
下水の臭いが今更に鼻腔に感じる。
そして街の喧騒。
デカくなった白蛙は目を一度パチクリすると、ガッと跳躍して、あ~しと蜘蛛女の前にズチャっと着地した。
嫌がってか、蜘蛛女が後ろに跳ねて改めて蛙との距離を取る。
騒動に気が付いた周辺住民だろう。チラホラと集まって来る。
すると、何かブォン……ブォン……と何処からか音が近づいて来て――
――ダァーーーンッ!!!
我々の真横に何か降って来たっー!
えっ……。
なんて言ったらいいだろう。
非常に言葉を選ぶ『物』……。
モザイク処理された巨大なソーセージと言えばそれとなく伝わるだろうか……。
いや……。
それで伝わってしまっても、それはそれでアレなんだが……。
「鶏っ!大丈夫かっ!」
上空から大きな声がしたかと思うと、太刀を片手にしたシユ陛下が蝶の精霊様を伴って傍らに着地した。
大丈夫ではないっす。
このモザイク処理されたブツをどうしろと?
「それは気にするな!我が父のはこんなんではなかったから、ハリボテの体を両断ついでにブッタ斬ったまでよ!それより……お前の主のサッカ、そしてクラルはどうした!?」
「そ、それが……」
「っ!」
と、陛下が睨んだ先には駆け付けた野次馬しかおらず、既に蜘蛛女は姿も気配も消していた。
「逃げ去ったか……」
すると、蛙がモゾモゾと体をよじり始めると、口から半ば糸屑化した沢山の蜘蛛の残骸、そしてサッカ様とクランさんを胃袋ごとガバッと吐き出して見せた!
さっきまでの大きさがイリュージョンか何かの様に元の大きさへと一気に縮む蛙。
か~ら~の~、両手での胃袋清掃……。
半ば糸屑となった蜘蛛は霧散し消えていく。
「おい!大丈夫か!」
陛下が吐き出された二人へと駆け寄る。
「サッカ様!~」
よく見れば、サッカ様のメイド服だけではなく、クラルさんの衣服もドロドロに溶かされていて、申し訳程度の生地しか残ってない。
「クラル様!」
白髪紳士も駆けつけて。
紳士は手に持った紙袋をその場にすぐ置くと、流れるような動きで自身の黒の上着を脱ぎサッカ様、更にベストと白シャツをクラルさんの体へとかけ、上半身はインナーシャツの姿となる。
すると、サッカ様が咳き込みながらゆっくりと目を見開いた。
「わ……わ、わた…し……」
―スパイシー城・宮殿・精霊の間―午前―
「――あります」
そうサッカ様は答えた。
本当だろうか?と、あ~しは……。
「そうであろうな。気のせいか少しだけ顔が変わった気がする」
サッカ様は両手で顔を触って確認し始める。
「そういう意味ではないぞ……いやそういう意味か?……」
「まあなんというか。その妙に似合うその服がそう魅せるのか」
間。
「しかし……なんだ?サッカ、そなたの精霊様?は放し飼いか何かか?」
え?
陛下の視線の先を辿ると、マジかよ……。
白蛙の精霊様がいつの間にかサッカ様とあ~しの後ろでウロチョロしており……。
「いやぁ、正直、私にもよく分からなくて……」
すると、我々の視線に気が付いた蛙様が、
「ンダー?ココニハ酒ハナイノカ?」
と。
をい……。
「蛙の精霊様?何かお探しで?」
「酒ー。酒ヲケ――
――カット!
―スパイシー城・宮殿・客間―昼―
なんやかんやでサッカ様も疲労困憊と見えて。
用意された部屋のベッドに倒れ込むとすぐに寝息となった。
生きている……。
当たり前か。
しかしながら、あの時は終わった――と思った。
その後の出来事。
突然、現れた白い蛙様。
結果として我々あ~しらは救われたのだが。
その後、クラルさんは早々に旅立ってしまった。
別れ際、複雑な面持ちをしていた様に見えたのはあ~しの気のせいだろうか?
蛙様に吐き出された時、すぐには気が付かなかったが、クラル様の右腕はくっついていて。
切断されていたのが嘘であったかのように……。
蜘蛛女の毒のせいもあるだろう。クラルさんは終始、記憶が曖昧な会話であったが、列車から戻って来たのはサッカ様の一張羅を届ける為だったようだ。
その途中で蜘蛛女に襲われて――。
という事だったらしい。
そして、サッカ様が白髪紳士から預かったあの耳のモノ。
普段は白髪紳士の耳の衰えをカバーし、音を聞こえやすくする為のクラルさんの発明品だった。
しかし、クラルさんに何かあった場合、彼の位置情報を音の間隔で知らせる機能も仕組まれていたとの事で、今回のサッカ様のファインプレーに繋がった訳で。
今、あ~しの気がかり……その主、サッカ様――。
クラル様同様に刺傷の傷、そして毒の影響もなく無事と言っていい状態ではあるが。
ただ、疲れているのは想像に難くないというか実際そうであろうと思うのだが、あの蜘蛛女とのバトル以降、口数や、あ~しへのドメスティックバイオレンスがいつもより少ないなーと。
珍しく何かを思い、そして珍しく何かを悩んでいらっしゃる?
それはやはり【一画】という重圧や責任であろうか?
しかし……。
部屋の角で、酒瓶を抱いて寝ている蛙様……。
大丈夫なのだろうか色々と……。
本当に精霊様なのだろうか?w
思う事は色々とあるが、あ~しも空いている椅子の上にヒョイと乗ると顔を肩の羽毛に埋め瞼を閉じてみる。
~第6話・終わり~