メイド服、時々、亀甲縛り
―列車・クラル専用車・前列―朝―
「こっこ……ここの国の出身です……」
サッカ様はまだ脳ミソが起き切ってないご様子で。
その青年は、サッカ様へと更に体を向け、足を組んだ。
「へぇ。するとハーフかな?」
まじまじと顔を覗き込んで来るなぁーおい。
サッカ様は照れくさそうに右手で髪を撫でた。
ストレス反応と思われ。
「ん……?ちょっとキミ。その手、血が出てる!」
「えっ?」
確かに、見ると右手首の小さな傷口はまだ完全に乾ききっておらず、血が垂れた部分だけが乾いて、より痛々しく見えた。
「ちょっと待って」
青年はサッカ様の傷口下の腕をそっと掴む。
そして目を瞑ると、青年のその掴んだ右手が水色に優しく発光した。
癒しの魔術だ。
よくサッカ様のお母様も似た魔術を、幼いサッカ様に施していた記憶が薄っすらとある。
「痛っ!……」
と、突然サッカ様が叫んだ。
だが、青年は放そうとしない。
おいゴラァ!うちのサッカ様になにしとんj……
「くない……?」
青年はそのサッカ様の台詞を聞くと、手を離した。
「すまない。僕の医療魔術は独自でね。そのくらいの小さな傷ならほぼ完治できる。ただ、どうしても治る直前に傷がついた時と同等の痛みがぶり返すんでね」
サッカ様はその右手を見る。
「あ、ありがとうございますっ……」
「うん。あとはその血を拭かなきゃね」
そう言うと、青年は左手でパチンと指を鳴らした。
車内の奥からウィーンと駆動音をさせながら何かやって来る。
そしてビタッと、あ~しらの座席前で止まった。
長かったり短かったり、大きかったり小さかったり、そんな木箱を繋ぎ合わせた……人?の様に見え、その両足には車輪が付けられている。
名付けるならば、まんま箱人間だわ。
「オヨビデスカゴシュジンサマ」
頭と思われる木箱の部位からカタコトの声がした。
木箱がいい感じに声を響かせているみたく、よく響いて聞こえる。
「よく来たね85号。偉いぞ。よぉーしよぉーし……」
と、青年はその箱人間のお腹辺りの箱をナデナデしている……。
「アリガトウゴザイマスアリガトウゴザイマス……///」
何を見せられてるんだ……?
「おっと、85号。お願いがあるんだ。ガーゼに水を塗布して出してくれないか?」
「カシコマリマシタ……」
しばしの間。
箱人間はぐるりと反転してみせると、臀部と思わしき箱の隙間からブブッブブー……とガーゼを吐き出して見せた。
……。
いや臀部っつーかケツだよね?
「ありがとう85号」
そういって青年は箱人間のケツから出て来た濡れガーゼを受け取ると、サッカ様へ。
「これでその血を拭くといいよ」
「あ、ありがとう……ございます……」
サッカ様、そこは「ありがとうございます」じゃないと思いますけど?
そんなあ~しの心の内など知らず、サッカ様は右腕の乾いた血を拭う。
「85号。もう戻っていいよ」
青年の声で再びウィーンと車内の奥に戻って行く箱人間。
「変わった人形?ですね……」
サッカ様が血で汚れたガーゼを畳みながら言う。
「85号は僕の研究テーマの一つでね……。まだまだこれから改良の余地が沢山ある」
そらそうでしょうねぇ。
ケツからまずモノを出すのを最優先で改良しろってば。
そういうのはあ~しだけでいいんだよ。
キャラが被るわ!
「そうなんですか?うちの使い魔よりも全然賢そうで」
……。
「そのスカートの下からこっちを睨んでいるのがそうかな?」
「見えてるんかい!あ~しのこと!」
青年はあ~しがそう言うと、苦笑いして答える。
「ごめん!この片眼鏡で見えているだけなんだ。だからキミが何か言ってるかは聞こえないんだ」
お前もそういう設定かい……。
てか、もうコソコソする必要もないかと、あ~しは座席の隙間で三角跳びすると、サッカ様の膝にうずくまった。
「私の使い魔でニワって言います」
「ニワ……かい。変わった使い魔だね?鶏を模した様に見える」
あの箱人間よりは変わっていないと思うぞ。
すると、あ~しの背中側からググゥ……と音がした。
上を見るとサッカ様が頬を赤らめていた。
そしてもう一つグゥ~と。
「おっと、もしかして朝食はこれからだったかな?」
そう青年は言った。
サッカ様はあ~しを抱きしめる様に顔を隠した。
青年は座席を立ち上がり、通路に立つとサッカ様に右手を差し伸べる。
「お嬢さん、お名前は?」
サッカ様、青年の顔を見つめて、
「……サッカって言います……」
と、小さく呟いた。
「そう。僕はクラル。大したものは出せないけど、隣の後方車両で食事をどうぞ」
サッカ様はその青年クラルの右手を掴むと、あ~しを抱いて席を立った。
―列車・クラル専用車・後列―朝―
案内された後列車のその席は、小さなテーブルで、外の景色が望めた席だった。
てっきり一緒にクラルさんと飯を食いながらどうでもいい話を聞かされると思っていたら、そのクラルは案内するなりさっさといなくなった。
そして、この車内にも見た所では人の気配はなく、車両の奥半分以上は通路以外は塞がれていて異様に狭く感じる。
サッカ様の座る椅子の背もたれに、あ~しが止まっていると、いい匂いがしてきた。
しばらくすると、奥の方からエプロンをした執事服の白髪紳士が料理をワゴンに乗せて運んでくるのが見えた。
その紳士はサッカ様の席に来ると一礼し、ワゴンからテーブルへと食事とスプーンとナプキンを配膳した。
サッカ様の肩越しに覗き込むと、肉らしき物と赤と緑の野菜の入った白いスープの大皿と、小さなパン2個とコップに注がれた水である。
再び一礼すると、紳士はワゴンを押して戻っt……
「あ、あのっ……」
サッカ様が去り際の紳士へと声を掛けた。
それでも去っていく紳士。
「あのぅ!」
少し大きめの声が車内に響いた。
すると一瞬の間があって、ワゴンを押していた丸い背中がスッと伸びると、紳士はこちらを振り向いた。
か細い目をしているが、明らかに「?」という表情だ。
すると、白い眉毛を上に動かし「!」という表情をすると、ズボンの右ポケットから何やら出し、右耳へグイグイっと押し入れた。
「あーすいません。朝の仕事が一段落するとすぐに外してしまうもんで……。見つかるとまたクラル様に叱られますなぁはっはっはー」
「あの……大きい声だしてすいませんでした。食事、ありがとうございます」
紳士はニッコリ笑う。
「いえいえ。珍しいこともあるもんだなと婆さんと話していたところだったんですよ。クラル様がこの列車にお客様を招くなんてねぇ」
「……私、お金とか持ってないんですけど……?」
そんなもんタダ飯に決まってると思うが、妙な所で義理固いサッカ様。
主のそういうとこ好き。
「はっはっはー。お客様、それは魚ではなくて肉ですぞ~」
え?
なんか会話が食い違ってるような気がしないでもないが……大丈夫か?
「あ、ありがとうございます……いただきます……」
紳士は一礼するとワゴンと共に奥へと消えて行った。
しばしテーブルに並んだ料理を見つめると、スプーンを手に取りサッカ様はスープから食べ始めた。
そして、時折、目の前の流れる景色を見やる。
何かを思って考えているのだろう。
あ~しはそれを察して口出ししないのが最善の選択と思って静かに待つ。
あ。
ちなみに、使い魔のあ~しは、人の様に食べ物を食べないわけでもないが、食べなくても別段困らない。
何故かってーと、主の魔力を滴る水の様に少しずつ貰い受けているからである。
それは一般的な食事から得られる魔力供給よりもすこぶる効率がよく、他の誰でもない主の魔力ということもあり、いわば母乳で育つ赤ちゃんのようなものなのだ。
以上、使い魔設定小話でした。
サッカ様の食事が終わって、一息ついた頃。
今度はメイド服姿お婆さんが奥から現れて、サッカ様の前で一礼した。
つられてサッカ様も一礼。
あ~しも一礼。
「お客様。シャワールームの支度が出来ております。こちらへどうぞ」
「……え?」
サッカ様はポカンとした。
そりゃそうなるわ。
飯食ったら体洗えって、どこの異世界の山姥か化け猫だよ。
食うのか?
サッカ様を最後には食うつもりなのか?
「あとクラル様に、お客様のお召し物のお洗濯をと申し使っておりまして……」
……。
なるほど。
見れば土汚れと血痕と納得の汚れっぷり。
一応、この作品のヒロインなのに汚い恰好のままでは……ということですな?
ということで、健全な青少年諸君っ!!!
なんと、一話に続きこの三話でもまさかまさかの……//////
黙っていれば美少女ヒロインの入浴シーンですぞおおおっ!!!
こんなコンスタントにお風呂シーンあるのって、異世界だとクノイチとかいう忍ぶ者とミナモトなんちゃらという……。
――カットっ!――
椅子の背もたれでしばらく待っていると、メイド服のサッカ様が奥から出て来て。
ちょっとなんか照れくさそう。
「サッカ様?そのお姿は……?」
ちょっと間があって。
「……クラルさんにお礼言わなきゃ」
と、言って、先の車両へと歩いて行った。
―列車・クラル専用車・前列―朝―
サッカ様について行くと、最初に飛び乗った車両前方の座席と窓のない空間にクラルさんは居た。
ここは何だろう?
壁にいろんな工具が立て掛けてあったり、大小様々な瓶、小さなテーブルには開いたままの書物、上までびっしりと本や小物が積まれている。
当のご本人は椅子に腰かけ、大きな金属のマスクで顔を覆いつつ、長テーブル上でバチバチと火花を散らしている。
「クラルさん。いろいろとありがとうございました」
メイド服姿のサッカ様が一礼した。
火花をバチバチバチっとしていた彼の手が止まると、マスクを跳ね上げたクラルさん。
「ん?その服……。ばーや……。そうかまだこの列車に残っていたのか……。フッ……」
少しの間があって。
「あ、いや。似合ってますよ(笑)」
をい。
(笑)ってなんだよ?
「ごめん。別に他意はないんだ。ばーやには洗濯するまでの間、ばーやの服でもなんでもいいから代わりの服をと頼んだんだ」
「その……、食事も美味しかったです」
「ああ。それなら良かった。あの二人の料理は間違いないからね」
なんだか会話シーンが続きそうなので、今は片眼鏡のないのをいい事に、あ~しは気になる物を物色しウロウロし始める。
「ここでは何を……?」
サッカ様の問い。
「あーここは僕が模索している所さ。あてのないものをね」
少し間があって。
「……どうして私に……?ここまでしてくれるのですか?」
「そりゃあ勿論。あとで食う為さ」
っ!?
驚いてクラルさんの顔を見るあ~し。
くっそ笑っとるやんけ~。
「……そういう言い草、やめた方がいいですよ……冗談でも」
サッカ様からしたらそりゃそうだ。
あ~しなんか「焼き鳥か唐揚げにすっぞ!」って散々言われ慣れているけどさ。
クラルさんは頭の後ろをポリポリとかいた。
「この列車は僕の列車でね。イウ国から来ているんだ」
「イウ国?ずっと西にあるとかいう?」
「そう。僕の列車というと嘘になるか……。正確にはこの車両と後ろ隣の車両の二両だけがそうで、あとは国々を跨ぐ貨物列車なんだ」
「貨物列車……」
「そう。貨物列車に連結させて貰っている。そうすると多少の自由は下がるけども移動のコストも下がる」
「コスト……?」
あ~しらには聞きなれないコトバですね。
「やりたいことには莫大なコストが掛かる。僕の研究には国にも補助をして貰ってはいるが無限じゃない。最低限のコストで最大限の結果が残せたらってね。そうは思わないかい?」
「あ、はぁ……」
クラルさん、サッカ様にはそういう会話はあんまし……。
――っ!突然の痛みがケツを襲う!
あ~しの内心を知って知らずか、サッカ様はあ~しのケツを自然に蹴った。
蹴られた勢いで羽ばたき、目の前の小さな台の上に乗っかった。
蹴られた理由。
あんまりウロチョロすんなって事だろう……。
「研究って、さっきの箱人間みたいな物のことですか?」
「ああ。まあそれも一つかな。僕の最大のテーマは永遠の命……」
「永遠の……?」
「なーんてね。永遠のモノなんてないよ。でも、普通に生きて普通に死んでいく……。それすらも望めないなんて……変えたいと思わないかい?」
「そう……ですね」
あ~しが飛び乗った台の上には、お香の灰が入った白い小さな器と、褪せかけた写真が一枚立てかけてあって。
その写真にはメイド服を着た笑顔の少女と小さな男の子。
この少女……、年の頃なら今のサッカ様くらいか?
その少女が右隣の小さな男に子に抱き着いて、左拳を少年の左頬にグリグリ押し付けている。
そんな一時を収めた写真。
ん?……どことなくこの小さな男の子……。
「僕のことはそのくらいにして。キミはどうしてこの列車に?」
間。
さてサッカ様、どう答える……。
「逆に……どうして追い出さなかったんですか?不審者以外の何者でもなかったはず……」
逆にキター!
クラルさんは腕組みをし、左上を見あげつつ、
「なんでだろう」
と答え。
続けてサッカ様を見て、
「女神かと思った」
と笑った。
「……えっ?」
サッカ様が頬を赤らめた。
「言うなれば、幸運の女神」
なんか言うとりますよこの人。
「まあそれは冗談として。ここからずっと東に行った国には『袖振り合うも多生の縁』という言葉があってね」
「はぁ……?」
「簡単に言えば出会いは大切にってことさ」
「……ありがとうございます」
間。
「ところで、キミの親御さんは知っているのかい?」
「……」
サッカ様の返答はない。
「……聞いて良いか悪いかどうか迷ったいたけど、後者だったか」
「いないんです……もう誰も」
クラルさんは右手で後頭部をポリポリとかくと言った。
「……そうか。何か当てはあるのかい?」
追われて飛び乗った.
だからそんなものは無い。
「ありません……」
「ここは良くも悪くもレールの上。進めるだけ進んで、止まったらそこでまた考えればいいさ。僕の部屋は汚くてさすがに使ってとは言えないけど、そこの空いている座席で好きなだけ休めばいい。倒せば寝ることだって出来るよ。くつろぎの空間とまではいかないけどね」
「ありがとうございます……」
サッカ様は頭を下げると、背中を向けて座席の方へと戻る。
と、その背中へと向けてクラルさんが言った。
「『旅は道連れ世は情け』ってね。そういう言葉もあったよ。その東の国にはね。明日の昼前には次の停車駅スパイシーに到着するよ」
サッカ様は振り向いて、もう一度一礼すると、やや小走りで座席へと消えた。
あ~しも写真の小さな男の子と、作業を押っ始めるたクラルさんの顔を見て、机からヒョイと飛び降りるとサッカ様を追った。
座席の窓側でサッカ様は涙を頬に伝わせていた。
あ~しは隣の席にちょこんと乗ると、流れる窓の景色と奥から不定期に聞こえるバチバチ音を、ただただ聞いていた。
―列車・クラル専用車・前列―夜―
ここまで小さな駅を何か所か通過した。
気が付けばクラルさんの作業音も彼も居なくなっていたし、しっかりと晩飯も頂戴に預かり。
あと、綺麗になって乾いて戻って来たサッカ様の上着と巻きスカート。
その上着をさっきから借りた針と糸で雁字搦めもとい……ほつれとやぶれを修繕しているサッカ様。
針仕事。
母上様がよくやっておられましたものね……。
サッカ様はあまりにも指を血だらけにするので、見かねた母上様が針仕事を教えるのは諦めた経緯があって。
にしてもサッカ様……。
その縫い方……。
――亀甲縛りかいっ!!!
なんでそーなるのっ!?
逆に芸術点たけぇーわっ!
あ……。
気が付いてハサミで糸をチョッキンした……。
「はぁ~……」
ため息のサッカ様。
「ただで借りた糸とはいえ、そんなにしょっちゅう糸切ってたらもったいないですよサッカ様~」
あ~しの苦言。
「……指に刺すのを避けようとすると、あらぬ方向に縫い進んでしまって……」
それで亀甲縛り縫いが出来るならもはや才能ですわ……。
すると、後ろの方からウィーンと駆動音をさせながら箱人間がやって来て。
あ~し達の席の前で止まる。
「キャクジンコレデネロ」
手渡された毛布。
「あ、ありがと」
受け取るサッカ様。
戻って行く箱人間。
アイツ……、人によって態度変えるタイプかいな?
外面こそあれやけど、中身は案外高性能なのかもしれない。
そして何の前触れもなく車内の照明が消えて暗闇が訪れた。
サッカ様は亀甲縛り掛けの上着とスカートを、前の座席の背もたれの上に置くと、窓のカーテンを閉め、座席を倒して毛布を被った。
その毛布の隙間に潜り込むあ~し。
既に耳なじんだガタンゴトン音と共に夜は更けていく――。
―列車・クラル専用車・前列―早朝―
「お母さん……」
隣から聞こえた微かな声にあ~しは目を覚ました。
誰がお母さんだよっ!
とはさすがのあ~しも突っ込みはしない。
寝言くらい自由に言わせてよってね。
一緒の毛布からあ~しは出ると、一人座席を降り通路をトコトコ歩く。
鶏型使い魔の朝は早い。
カーテンをしていない窓の外は薄っすらと明るい気配。
散歩がてらにまずは隣の車両へ。
……。
隣の車両への扉の前に来たが、当たり前の様に引き戸を開けられない事に愕然とする。
詰んだ。
散歩終了。
鶏型使い魔の散歩は終わるのも早い。
と、帰りかけたあ~しの背中で引き戸がスゥーっと静かに開く音がして。
咄嗟に右座席の方へエスケープ!
見れば、入ってきたのはクラルさんだった。
片眼鏡はしていない。
彼は静かな足取りで奥へと向かって行く。
距離を置いて付いていくあ~し。
別に尾行とかそういう訳でもない。
彼は寝ているサッカ様を横目に、そのまま奥の作業場へと行き、お香に火をつけた。
なるほど。
あ~しはサッカ様の毛布にもう一度潜り込んだ。
―スパイシー駅・構内―昼―
クラルさんに促されて列車を降りると、そこは駅のホームからちょっと行き過ぎた車両置き場で。
「基本、僕らは荷物扱いなんでね。ここからあの駅舎まで少し歩くよ」
線路脇の狭い歩道を歩く我々。
「あ、あのぅ私……」
メイド服も違和感がなくなってきたサッカ様が、先を歩くクラルさんに問い掛ける。
「もし、キミがこの街を気に入ったなら、ここでお別れするもよし。再び僕の列車に乗るもよし。二日居るから実際に見て決めるといい」
―スパイシー駅・駅舎内―昼―
駅舎に入ると一気に何かの香ばしい匂いが鼻腔を攻め立てた。
決して嫌という匂いではないが。
慣れない匂い。
そこは何かの集会が行われているのかと思う程に人!人!人!
荷物を持った人々が行き交いごった返していた。
その中を縫うように進むクラルさんに必死に付いていくあ~しら。
「すごい人……」
サッカ様が呟く。
「この国の最大都市だからね」
クラルさんが背中で答えた。
―スパイシー駅・駅前広場―昼―
駅舎を出ると、そこは広場になっていた。
大きな道を荷馬車や魔動車がホーンを鳴らしながら行き交い、歩道にはタープを広げた露店もひしめき合っている。
そしてやはり人の数で酔いそうである。
だが、そんな事より、視界の奥には絶句するほどの大きな大きな……、
「『スパイシー』だよあれが。この国そしてこの街のシンボル」
「凄い……。まるで海……!」
「そう。海と見紛うくらいとてつもない大きさの湖」
と、一人左へと歩き始めるクラルさん。
サッカ様は依然そのスパイシー湖に見とれている。
クラルさんはその露店の風船売りのおじさんから風船を買っている模様。
しかも赤色、青色、黄色と三つも買いやがったぞ?
すぐに戻って来ると、その風船を全部サッカ様に手渡す。
「目印さ。人混みで迷ってもその三色風船があれば探す分にはね」
完全にお子ちゃま扱いやんけぇ!
「じゃあ、少し歩くけどいいかな?」
「はい」
「目的地はあの美術館」
と、彼が指差した先は湖の上の島だった。
~第3話・終わり~