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35話 止まれないボスロード



「ふむ。自分の体では初めてのバフじゃから少し試すか」

『初めてなんだから気を付けろよ母上!』

「ちゃんとついて来るんじゃぞ?」


 全身から青いモヤのようなエフェクトを出しながらルーリーが呟いた。

彼女はノトリスのモーションデータを作っている時にこのバフについての説明も受けている。

この強化状態は飢えた竜の姫ノトリスの代名詞となるように作られた能力で、その分開発側からの動きへの要望も多かった。

なのでルーリーもこの状態への理解は深い。


 ルーリーの視界では自分のHPがかってに減っていくのが見えており、そのゲージの横に上下二つの10という見慣れない数字もあった。

どちらも10だったのは最初だけ、下の10は毎秒減るカウントダウンで今は5と表示されている。


 このカウントが0になるとバフを受けている者は大ダメージを受ける。

数字を戻すには敵を攻撃すればいい。敵に攻撃が当たると数字が6回復する。

そして数字が回復するタイミングでHPも少し回復してくれる。


 上の数字は敵に攻撃が当たる度に1減る。

こちらが0になるとその時攻撃した敵に摂食ダメージが入る。


「リラックス、リラックス、リラックス。っふ!」


 ルーリーが走り出す。一歩一歩で進む距離が普段の倍は違う。

別ルームの見えない誰かを攻撃している触手たちを避け本体へ向かうルーリー。

青いモヤ、黒いチャイナドレス、オレンジの甲殻、ルーリーが走り抜けた軌跡には、三色の綺麗な線が残っていた。


 レイドボスは全てのルームから攻撃先のプレイヤーを選び、その人物が居る地点へと攻撃を行う。

この時、対象プレイヤーが居ないルームではボスが何もない空間へと攻撃しているように見える。


 ただ、外しているように見えるだけで攻撃には当然当たり判定があるので、うっかり目標ポイントとボスの間に入れば普通に攻撃を受ける。

攻撃対象が数千から数万人規模の中から選ばれるせいで、プレイヤーが自分に攻撃を集めるタンク系アーツを持っていても効果は無い。

ゲームに慣れたプレイヤー達が手こずっている根本的な原因はそこにあった。


「ノトリス! ついてきておるか?」

『ハハハッ! 遅くて追い抜いちまうとこだったぜ!』


 ルーリーは邪魔な触手を避けつつ走っている。カウントが減りすぎないようたまに蹴りを挟みながら。

一方ノトリスは自慢の巨大包丁を振り回し、一直線にボス本体を目指していく。プレイヤーを同時に何人も跳ね飛ばす太い触手でも特殊NPCであるノトリスの前では発泡スチロールと同じ、腕を軽く振るだけで目の前の障害全てが吹き飛んでいく。


 基本スペックの差に文句を言いたげにしていたルーリー。彼女は少し尖らせていた口を開き、ノトリスに注意を飛ばす。


「本体じゃ! 来るぞ!」

『任せろ! ぶっ飛ばしてやる!』


 エリア中央でとぐろを巻いていたボスの体。その先端の目玉が付いた部分が体の肉に埋もれた。

本体攻撃の前兆モーションだ。この後すぐにあのとぐろのどこからか巨大な白ちくわが飛んでくる。

だが今回は彼女らの方ではなかったようだ。バカでかい体で隠れた向こうからドォーン! ドォーン! ドォーン! と質量がぶつかる音が鳴っている。


『今がチャンスだぜ! 母上! 俺が真っ二つにしてやるよ!』

「ああまて! この後反対にも飛んでくるパターンがっ!」

『どりゃああああッ──ぐわああああああああああ』

「ノトリス!? あほぅ! だから待てと!」


 今がチャンスと一気に距離を詰めたノトリス。彼女はその勢いのまま跳躍し愛包丁のタイライギルを構え、とぐろから発射された白ちくわを正面から食らった。

 ドォーン! ちくわと共にノトリスが闘技場の端まで飛んでいく。だがルーリーにノトリスを見送っている暇はない。このターン、あと二発同じものが飛んで来るせいだ。


 ドォーン! ドォーン! 無事残りの二発を避け、本体との距離もかなり近づいた。

突発的な行動の割にはここまでうまく行った。ルーリーは心の中で自分を褒めた。

だが全く落ち着くことはできない。このレイドボスに台風の目などはなく、近くが一番危険なゾーンなのだ。

なぜなら、エリア全体を攻撃し続ける触手の全てはこのとぐろと繋がっているから。当たり前だ、触手はファンネルじゃない。


 一本ずつ動く触手ならよけやすい。だが複数本まとめて動くとそれはもうちょっとした壁だ。

気分はリズムゲーム。多すぎる触手の中を器用に動き続けて立ち止まる暇がない。


「たどり着いたのは良いが……これどうするのじゃ」


 可能な限りノトリスのバフ効果で触れる範囲の触手に割合ダメージを与えるルーリー。だがそのバフもすぐに終わってしまう。

「あいつさえそのままいてくれればなー」

ルーリーはため息をはいて素の口調でぐちる。


 ノトリスさえ着いてきてくれていればやりようはいくらでもあった。でもここにはいない。

彼女が自主的に向かってくる事を期待するのはよくないだろう。彼女はあくまでもNPC。

たまたま会話が成立しなんとなくここまで連れてこれたが、今どうなっているかわからない。


「ウダウダいってもしゃーないのじゃ。よっし! 登ってみるか!」


 ルーリーは触手の一本に飛び乗るとそのまま上を走った。そして、すぐにとぐろの上にたどり着く。足の裏で感じる白いとぐろは厚いプラスチックの様な感触だった。

パチチチッ! パチチチッ!


「いつっ!? なんじゃ!? ああこれが髪の毛か。ここでも止まれぬのじゃな」


 とぐろのうえは触手の攻撃があまり来なかった。そのせいもあってルーリーは少し足を止めていたのだが、体に小さなダメージ判定が発生。ダメージを受けたところを見ると甲殻と防具(チャイナドレスはそれなりに防御能力がある)の隙間に赤い針が刺さっていた。

ここまで走りっぱなしで無意識に避けていた、ボスの髪の毛攻撃だ。


「休憩は頂上までお預けじゃな」


 ルーリーは再び走り出した。


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