17話 母への挑戦
「それで、何か用が有るのではないのか?」
ルーリーがノトリスに話しを促す。
達成感に浸ってダラダラと残っているプレイヤーと違い、NPCであるノトリスがここに残ったのは何か理由があるはずだ。
『ああそうだ! なあアンタ、ちょっとオレと手合わせしてくれないか?』
「それはワシにいっておるのか?」
握りこぶしをルーリーの胸元に押し付けノトリスがそんなことを言い出す。その提案に彼女は顔をしかめた。
『ああアンタだ。あっもちろん手加減はするぞ? この中だとまだマシだからな! いいだろ?』
そんなルーリーの反応をどう解釈したのか、ノトリスは提案を続ける。
せっかく外に出たのに一発で戦闘が終わってしまいつまらない、と。
「……断る。ワシは大人げないことはしたくない」
『まあー勝てない相手に怯えるのはしかたねえか。で? 大人げないってどういうことだ?』
「自分が確実に勝てる。しかも相手はそのことに気づいていない。
そんな状況を利用するのは大人げないことじゃ。お主ではワシには勝てん」
『あ゛あ゛ッ゛? 誰が負けるだぁ!?』
レベル20でダイアモンドマーマンに傷一つ与えられなかったルーリー。
そんな彼女は、自分が倒せなかった敵をたった一発で倒した相手に勝てるという。
その言葉に冗談や挑発のようなニュアンスは無かった。
「……お主が。ワシに、じゃよ」
心底つまらなそうに同じことを繰り返すルーリー。
『ぶっ殺す!!! 裁定者! 出て来い!』
侮辱されたと判断したノトリスは激昂し、システムへ呼びかける。
すると、全身を黒一色に統一し、顔をお面で隠した小柄で性別不祥なNPCがどこからともなく現れた。
呼び出された彼、もしくは彼女が指をパチンと鳴らす。
ルーリーとノトリス二人だけを囲うように赤い輪が出現した。
【システム変更:決闘モードへ移行します。移行完了まで2分】
「……はぁ。やらんと言っておるのに」
「ルーっち大丈夫ー? ダイアモンドを一発だよ?」
近くで話を聞いていて、強制的に移動させられたキュータルとカノエ、二人が輪のギリギリ近くに寄ってきて心配そうな表情を浮かべる。
「ん? ああそれはまあどうでもいいんじゃが……はぁ。最初に設定したタイマーの3時間も過ぎたんじゃぞ? 目覚めた時ワシの体が漏らしていたらどうするんじゃ。お主らもじゃぞ。若いからといって休憩もせんと後が大変じゃからな。
一応マシン側も人間が危機的状態にならんよう設定されておるが、あくまでも最終セーフティーじゃ。
トイレ我慢限界なんて機械から言われ強制ログアウトの刑に処されても間に合わんぞ」
今まで楽しんでゲームをプレイしていた彼女とは一転し不機嫌そうに吐き捨てるルーリー。
苛立ちから口にしたそのアドバイスにはやけに実感がこもっていた。
「……!? それは大変でござる! 一旦ログアウトを!? いやこの戦いを見てから……」
「だからワシはしたくないと」
目の前でこちらを睨むノトリスを見ながら、ルーリーの頭には一年近く前のある仕事での会話が思い浮かんでいた。
自室のモニター越しに交わした女性とのやりとり。
『11番ちゃんのコンセプトはですね! ずばり自信過剰で力押し! でもその力に見合った実力も兼ね揃えたわからせがいの有る娘! なんですよ! 先生!』
『わたしは人に物を教える立場にないから先生はやめてちょうだい。貴女のいう設定と渡された身体データでいくつかサンプルを作るから……そうね、一週間後に提出するわ』
ルーリーこと辰巳火祈の仕事はモーションクリエイターだ。
ゲームや動画に登場する架空のキャラクターへ動きを吹き込むことを生業としている。
この時も担当者から渡された設定集などを元にいくつもモーションを作った。その時に生み出されたいくつものデータ。そのうちの一つが正式採用され、細かな調整を施され今のノトリスとして完成した。
非戦闘状態での立ち方。会話中の身振り手振り。武器の構え方。見た目は違えど、その全ての動きがルーリーの記憶にあるままの姿だった。
彼女は自分が作ったキャラクターへの愛着を持っている。
体の動かし方という命を与えたのは彼女だが、見た目の肉付けや声を与えたのは別の人間だ。
大勢の人間で作り上げた共同作品がこうして、目の前で動いて自分に語り掛けてくることへの喜びがある。
だがそれと戦いたいかと聞かれたら彼女は、はっきりと拒否する。
これから先ぺんおんが正式版へと移行し、いくつものアップデートが入り、ノトリスのキャラクターAIが成長し、彼女が与えた初期状態から脱却した。そこまでいうなら、その進歩の度合いを確かめようと思うだろう。
しかしそれは遠い未来の話しだ。
今は絶対に負けない。自分がどれだけ拘ってお前を作り上げたか。ルーリーはその胸の内を吐き出したい情動に駆られた。
お前はわたしが作った強い子だ。絶対に弱くはない。それなのにこんな観衆の目が有るところでわたしに負けたら弱いって思われるかもしれないでしょ。と。
だが、それをこんな場で言うほど彼女は空気の読めない人間ではない。




