7.身も蓋もないこの世界
「ーで、俺たちは何から始めればいい?」
ようやっと熱気がおさまってきて、俺はガントに尋ねる。
「最初はギルドに登録だな。流石に口上だけで成り立ってるわけじゃねぇからな」
そりゃそうだ。しかし登録かぁ…。
「俺たち通貨とかもってないんだけど、大丈夫か?」
タダでさせてはくれまい。場合によっては一ヶ月くらいアルバイトしないと…。
「あぁ、本来なら必要なんだがお前さんらは試験を満点でクリアしてるからな。初期装備まで無料にしてやるよ」
マジかよありがてぇ。変なこと考える癖があってホントよかった。
「ねぇ…」
「ん?」
袖を引っ張られそちらを向くと、石神が不満げな顔をしていた。なんだ?まさかそれじゃ足りないとか言わないよな?言い出したら流石にキレるぞ?
「…私、何もしてなかったんだけど」
…なるほど、杞憂だったか。
「いいんじゃねぇか?二人で受験で解答用紙が一つなら片方が満点とりゃあ満点だ。貰えるもんだしありがたくもらっとこう」
「いやでもなんというか気に食わないというか…」
あーもう頑固だな。嫌いじゃないがちょいとめんどいぞ。
「じゃあ貸しにしとくからどっかで返してくれよ。返済方法の制限も返済期限もなし。これでいいか?」
「…わかったわ。あとで利子とかいうんじゃないわよ?」
ふう、どうにか納得してもらえた。
「じゃあ、早速頼む」
石神と話をつけられたのでガントに向き直る。…何やら面白いものを見る目で見られているんだが。
「…なんだよ」
「いや、いいコンビだと思ってな」
どこがいいのかよく知らないが、素直に称賛してくれているらしい。まぁ二人一緒に帰還するのを目指す以上できるだけ二人+αで行動したい。いいコンビなのはきっといいことなんだろう。いやどこがいいのか知らないが。
「ってそうじゃなくて、登録だよ。ちゃっちゃかやっちゃおうぜ?」
「落ち着け。さっきからお前は焦りすぎる。せっかく頭がいいんだからもう少しゆっくり考えろ。登録についても説明があんだよ」
…確かに、少し気持ちがはやりすぎている。六年というタイムリミットがやはり重く感じられてしまうのだろうか?それとも単に早く帰りたいのだろうか。一刻も早く謝るために。…どちらにせよ焦って凡ミスとか一番怖い。
「悪い。少し事情があってな…これからは気をつける。それで?説明ってのは?」
またせっかちになってるぞと呆れながら、ガントは説明を始めた。
「冒険者登録はここで行うんだが、その際ライセンスを発行する。このライセンスには、自分の能力や冒険者登録をした日時あるいは更新した日時が書いてある。簡単に言やあ身分証みたいなもんだ」
ほう、つまりは運転免許証とか保険証みたいに身元を証明することもできるかなり信憑性の高いものらしい。この世界で生まれず、出自が完全に怪しい俺たちにはちょうど必要だったものだ。
「そして大事なこととして…ここには、自分の授かった能力の系統が書かれる」
能力?
「なんだその能力って?空でも飛べたりするのか?」
「そういう時もある」
え?マジで?冗談半分で言ってみただけなんですが。
「この世界に生まれたものは、何か一つ能力を授かってる。それは例えば空を飛べる魔法であったり脚力であったり、炎を操る魔術であったり、剣を振る才覚であったり、傷ついたものを癒すものだったりもする。能力の系統、性能まで千差万別。中には天災すら引き起こせるレベルの能力を持つ奴もいる。変更も追加もできない。それがそのライセンスにはバッチリ記載されちゃうんだよ」
…なるほど。それはかなり重大な情報だ。運転免許証や保険証なんて例えでは生ぬるい。もし覗き見られたり、奪われたりすれば自身の能力はあっという間に筒抜けだ。相性の悪い戦いに引き摺り込まれるかもしれない。
「そういうわけで、その能力に関しては本当に信頼できるやつにしか見せちゃならねぇ。俺にも、ここにいるやつらにも、だ。…まぁ全体を統括する俺は、スキルの名前までは見ちまうことになるんだが。もちろん内容までは見ねぇ。ちゃんと自分で守るんだぞ?」
その言いぶりからすると、不注意な奴が昔いたのだろう。そいつがどうなったかは知らないが。しかし思ったよりやばいな、冒険者ライセンス。スリにも警戒しないと…。
などと考えていると、隣で手が上がる。
「あのー…、例の能力、仲間にも見せちゃいけないっていうのは…?能力を把握してた方が連携とかパーティも組みやすいと思うんですけど…」
…わかって欲しかったなぁ。どうもこいつは少し綺麗に物を見がちだ。気が進まないが、言わなきゃならないことだろう。
「例えば戦いで、味方が相手に生捕にされて、拷問されたらどうする?」
あっ、と石神が漏らす。
「そいつの口からこっちの大勢の人の情報がばらまかれることになる。捕らえられたらってだけじゃない。寝返ったり、酒が回ってうっかり口にしたり、はたまた相手の特殊能力で覗き見されるかもしれない」
そう。いくら味方であっても、自分のことを詳細に教えすぎるのは危険だ。ここは御伽噺や武勇伝のような、ご都合主義の正々堂々とした世界ではきっとないのだから。
「…聞きたくもねぇ現実を聞かせちまって悪りぃな、嬢ちゃん。さっきカイが言ったことは概ね正しい。敵に捕らえられて拷問されて全部喋っちまった奴もいるし、敵の軍門に降った奴も、酒の場で全部喋っちまった奴もいる。特殊能力の中に、人の心を読むって種類のものもある。こっちも敵を捕らえたら情報は洗いざらい吐いてもらう。そのための手段なんざいちいち気にしねぇ」
ガントが申し訳なさそうに、しかしはっきりと言う。仕方がない。あっちもこっちも賭けてる物は命なのだから。
「…そう、ですね。いちいち気にしてられませんよね…」
石神が少し悲しそうな顔をしながら返した。なんだか悪いことをしている気になってくるが、生存競争なのだから我慢してもらおう。
「まぁこいつまでとは言わんが疑うこともちゃんと覚えてくれってこった」
おいなんだその言い草は。会ったばかりのやつに疑り深いやつだなんて言われたくないんだが。…いやまぁあながち間違ってるとも言いづらいんだけど。初対面で本名半分しか明かさなかったし、今だってここにきた経緯やらなんやら秘匿しっぱなしだし。
「…疑いすぎるくらいの方がいいんじゃないか?悪意も策謀も目に入りにくいところにこそ潜んでるもんだろ」
もっと明確に反論するつもりだったのに言い訳くさくなってしまった。なんか悔しい。
「まぁ俺たちのこともすぐに信用してくれとは言わんさ。ただ、こちらはそちらを信用しようと思っている。…いや、その言い方は少しばかり違うな」
頭を掻きながらガントは続けた。
「正直に言えばお前達に期待したいと思ってる。新参者に何をと思うかもしれんが、それくらい切迫してるのさ。藁にもすがるってやつだな」
…なるほど、確かにそれは期待というには少し烏滸がましいのかもしれない。でも、その素直な実情を伝えてくれただけでガントの人柄が見えてくる。
「まぁ…なんだ。その…いつか、な」
なんだか少し申し訳なくなってそんな言葉が口から漏れた。くそ、なんでさっきからこんな歯切れの悪い言葉ばっかりなんだ。別に悪いことはしてないはずなのに。
「そ、そんなことより、ライセンスを発行せにゃならんのだろ?授かった能力とやらも知りたいし、さっさか作ってくれ」
居心地が悪くなって話を無理やり元に戻す。幸い誰からも怪しまれることもなく、ガントも「それもそうだな」と言いながら2枚のカードを取り出した。
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