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記憶の勇者  作者: 不束
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6.改めて

前回の邂逅で迷惑をかけてしまった方、申し訳ございません。

「え…?」

「…」

石神が困惑しながら俺を見て、老人が無表情になり黙る。

「ちょっとあんた何言ってー」

「不思議に思わなかったのか?」

石神の言葉を遮って問う。

「…何を?」

「たとえば、過疎ってる村にここまでの広い面積にわたる田畑が存在してること、俺たちが遠目にようやっと見えた位置にいた老人が顔を上げてチラ見しただけでこちらの存在に気づいたこと、老人はこんなに香りの強い茶葉を使って珍しいという旅人をもてなしているのに声をかけてくれていた他の村人がやけに今静かなこと、旅人もろくに来ない村で農作業に明け暮れる老人が王都の近況を普通に知っていること

…どれをとっても違和感だらけだ」

「う…」

言われてみれば、という顔で記憶をひっくり返しているらしい石神。まったく…こんなあからさまなのに早々に引っかかってたんじゃ『偉業』なんか達成する前に騙されておっ死ぬぞ。

「さて…ではこれらの辻褄を合わせていこうか」

さっきから黙っている老人ーかどうかも怪しい人物に俺は語りかける。

「畑の面積に対して村人が少ないのは村人が大量にいなくなったか、最初からいなかったから。あんたが俺たちに気づけたのはあんたの視力が、あるいは他の感覚がかなり優秀だから、もしくはそもそも俺たちがあそこにいるのをもともと別の方法で知ってたから。王都の近況を知っているのは知らせてくれる誰かがいるか自分自身が頻繁に訪れているから。そして村人がやけに静かなのはー」

家を取り巻くような人々の気配を感じながら俺は言う。

「あんたがこうしてもてなしてる間に人々がこの家を取り囲んでいるからだ」

「ーフッ」

俺の言葉を最後まで聞いてから彼は笑って見せた。

「よく気づいたな、兄ちゃん。そのウェルカムドリンクに手をつけなかったのもそう言うことかい?」

「あぁ。こんな強い香り、何か入ってるけど気にしないでくださいと言ってるようなもんだ」

石神がギョッとした顔で手の中にあるお茶を見る。まぁ石神が俺を睨んでたおかげで飲んでいなかったのは幸いだ。でないとあとで面倒なことになりかねない。

「じゃあもう一つ当ててもらおうか」

随分と意地の悪い顔をしながら、老人…いや、老人の姿をした誰かは続けた。


「俺たちが何しようとしてるかー当ててみな」


表情通りの意地の悪いクイズだ。まぁ、その質問がヒントになっているのだから意外と意地が悪いわけでもないのかもしれない。


「…随分と親切なことですね、こんな経験を積ませてくれるなんて」

俺の答えを聞いた彼はニッと笑ってー

「お見事!」

指を鳴らした。途端に家のドアを開けて周りにいた人々がワッと歓声を上げながら入ってきて、

「すごいな!俺普通に騙されたのに!」

「生意気で気に食わねーな!もうちょっと素直に騙された方が可愛げあるぞ!」

「全部見抜いたのは君が初めてかなぁ!よろしく!」

賞賛されながら詰め寄られて俺が押し潰されそうになり、石神が口をぽかんと開け、いつのまにかそこにいた壮年の男がガッハッハと笑っていた。 





「改めて初めましてだな、冒険者ギルドの長をやってるガントってもんだ」

ほとぼりがさめた後、老人ーたぶん本当は壮年の男性はようやっと自己紹介をしてくれる。

「ユウキ カイだ改めてよろしく」

「こっちこそな」

握手を交わし、本当の自己紹介を終える。

「そっちの嬢ちゃんもな。イシガミ ツナグだったか?」

「は、はい。イシガミです」

未だ整理がつかないのか慌てたように握手する。頼むぞホント。

「で、冒険者ギルドってのは冒険者を管理する団体ってことでいいんだよな?」

ちゃんとした挨拶も済んだことだし話を次に進める。なんせタイムリミットがある。

「おう。クエストの斡旋をしたり、報酬を支払ったりな。まぁ最近はさっき言った通り、魔王軍に侵攻されてるってんでクエストもどうしてもそれ関連のもんばっかだけどな」

「…それは相当逼迫してるな。取り敢えずなんか初心者でもーぐぇっ!」

早速クエストの斡旋をしてもらおうとすると石神に横腹を突っつかれた。いや突っつかれたって言うかこれどつかれたって言う方が正しいなこれ。変な声出たじゃねえか。

「私の理解を置き去りにしないで。後タイムリミットがあるからって焦りすぎ。もうちょっとゆっくり行かないと大事なこと聞き逃すわよ」

不満そうな顔で石神が叱責してくる。…まぁ焦りすぎて情報を掴み損ねるのは確かにまずいし、二人で帰るのが理想なんだから石神が情報を取得して理解することも重要だ。

「わかったよ。で、どこから説明すりゃあいい?」

「ごめん、なんであんな試すような真似したかってのから全部」

マジかよ。めんどい。

「…思ってもめんどいって顔しないでよ、悪かったわね理解が遅くて」

あ、顔に出てたか。悪いことをした。

「カイ…確かにお前説明不足がすぎると思うぞ…」

ガントまで石神の肩を持ってしまった。もとはといえば石神があんな面倒なことを…まぁいいか、減るもんでもない。

「じゃあまずはあれがガントたちによる試験だったってわかった理由からか…。まずこの畑、幻術か何かだろ?」

「正解。ホントどこまでわかってんだオメェ」

「ストップ。もう理解が追いついてない」

まぁこれに気づいてたら理解が追いついてるわな。

「家と人の数に対してどう考えても畑の面積が大きかったろ?しかもどの作物もしっかりと実ってるときた。本物の畑ならつい最近まで手入れをしていた誰かがいたはずだ。でも明らかに人手が足りない。じゃあ手入れをしていた人たちはどこか旅行にでも出たのかといえば、これだけの実った食物をこの少人数に任せて旅行に行くなんてあり得ない。見るからにこの人数が捌ける収穫量じゃない。だったら畑は偽物でしかあり得ない」

そう。俺が最初に感じた違和感はこれだ。よくよく考えてみれば不自然極まりない状況を見て、嫌な予感がした。

「見事なもんだなぁ。ここまで正確に言い当てられたのは初めてだ」

まぁ試験だって知らなきゃこんなのどかな風景普通スルーするわな。いつも無駄なことを考えてばっかりいるような奴じゃなきゃキツいだろう。変な癖も役に立つものだ。

「畑が偽物となれば、今自分達が見せられているものが間違ってるってこと。だったら幻術か何かかなって思った。そしてそんなことをしている理由を考えれば…」

「…いやでも、それじゃ普通は自分たちを騙して殺そうって輩かもって思わない?」

もっともだ。しかしー

「なら、なんでわざわざ声をかけた?」

「え?」

俺は本物にしか見えない目の前の金色に輝く稲穂を見ながら言う。

「この精度で幻術を見せれる奴だぞ?わざわざ騙し討ちなんてしなくても俺たちを殺したり拘束したりするのは簡単だ。仮に犯人が、『のどかな村に油断して村人に騙されて囲まれてそれで絶望する人の顔を見るのが好き』

なんて奴だったとしても、結局騙すつもりならあの不自然極まりない幻術を見せたり、香りの強すぎるお茶をわざわざ出す理由がわからない」

そう、あまりに杜撰すぎた。

「老人も俺たちを遠くから正確に視認してくるし、ろくに外に出ないってわりには最近の情報にやけに詳しい。矛盾してる」

まるで気づいてくれと言わんばかりに所々にミスが見受けられる。だからこの演出は、騙すためのものでありながら気付かれるために作られているとわかった。

「不自然な幻術も、妙に五感の鋭い老人も、香しすぎるお茶も、気づかれるために見せたなら納得がいく。じゃあ何故こんな手の込んだ間違い探しをさせているのか?その一番しっくりくる答えが、試されてるから、だったんだ」

まぁしっくりくるからと言って正解だとは限らないが、大方のあたりは付けれた。そして極め付けはー

「ほんでもって最後に、自分たちの目的を俺たちに当てさせようとした。それで試されてるって確信したんだよ」

そうでもなきゃ聞かんからな、そんなこと。納得したか?と問うように石神に視線を向けると、

「…なるほどね。確かに、それしかないわね…」

少し歯切れ悪そうに答える。…まぁ、なんとなくわかる。あとでちゃんと説明しよう。

「じゃあ次、冒険者ギルドだの魔王軍による侵攻だのどういうこと?」

「どういうことと言われてもなぁ…」

言葉通りの意味なんだが。

「じゃあまず冒険者ギルドって何?」

そっか。石神はそういう知識に疎いことを忘れていた。

「この世界の、冒険者ってものをやってる人に報奨金を支払ったり、働き口を与える組織のことだ。ちなみに、冒険者ってのは探検家とは違って武装して魔物なりなんなりを倒す人々のことをいう。歴とした職業だ」

ゲームとか小説で読んだ知識のまま話してしまったが…。取り敢えずこんな説明でいいだろうか?という顔でガントの方を向くと、頷いてくれた。よしよし。

「えっと…お伽話の戦士たち…みたいな?人たちの活動を支援する所なのね?で、その討伐対象が最近は専ら魔王軍ってこと?聞いた感じその魔物の王が率いる軍勢っぽいけど…侵攻されてるってことは劣勢なのよね?」

お、理解が早い。まさにその通りだ。

「冒険者や軍が頑張ってるものの徐々にって感じだろうな…たぶん。まぁ端的に言って結構やばそうだから、俺たちもそれに加勢しようってことだ」

ガントの口ぶりからして、魔王軍討伐の依頼が大多数を占めるようになってから時間は浅くないのだろう。それでも侵攻されてるってことは抵抗虚しく押されていると…。しかもさっきガントは中央でも軍を増設していると言っていた。それほどに切羽詰まっているらしい。

「本当に理解が早くて助かるな、さて早速だが…」

ガントがまた指を鳴らすと、実っていた稲穂も長閑な風景も藁葺の家も消え去りーなかなかに広い木製の建物の中に俺たちはいた。ここが冒険者ギルドか。結構ちゃんとした建物じゃないか。まぁもちろん、さっき見せられていた偽の畑よりは明らかに狭く、しっかり移動も誘導されていたんだなぁと実感する。

すごいなと言おうとして、前を向いてみると、そこには、無害そうな老人ではなく目の下に大きな傷の残るいかにも歴戦の戦士といった風貌の壮年の男が立っていた。

明らかに戦争を経験しているその風貌は、先ほどの老人とは似ても似つかなかった。…そうか、あれも幻術なんだった。

ギルド本部に変わった場面で、ガントは続けた。

「ここで俺たちの力になってくれやしねぇか?情けないが現状のままじゃあいずれ敗北する。お前ら二人が現状をひっくり返せるなんて期待をかけるわけじゃねぇが…それでも俺たちは諦められねぇ。最後まで抵抗したい」

続けてガントは頭を下げて、

「頼む」

そう言った。続くようにしてその場の一同も頭を下げる。

なるほどな…今更俺たち二人なんかを巻き込んでも戦況は変わらず劣勢。敗北すれば抵抗した俺たちは生き残ってもまず間違いなく打首だ。死ぬとわかっていて首を突っ込んでくれる奴などそういない。…彼らは隠すこともできただろう。あの精度の高い幻術をもって俺たちに甘い言葉を囁き、冒険者にさせることだってできただろう。それでもこうして傷ついた顔を晒し、頭を下げて頼んでいる。


俺はそこに彼らの誇りを見た気がした。


それにどの道、この世界で『偉業』を成し遂げるために俺たちはやってきた。断るなんて選択肢は最初から存在していない。

だったならー

「やらせてくれ」

俺は彼らよりさらに深く頭を下げて言う。

「一緒に、この世界を救わせてくれ」

彼らにだけ頭を下げさせるわけには行かない。だって俺たちは、この世界を愛しているわけじゃない。元の世界に戻るために彼らと共闘しようと言うのだ。利用していると取られても否定はできない。彼らは彼らの誇りのために、俺たちは俺たちの世界のために共闘しようと言うのだから、その関係は対等でなくてはならない。彼らが頭を下げて頼んだのならこちらは頭を下げて受け入れねばならない。ガントは頭を下げる俺を見て一度驚いたあと、もう一度笑って手を差し出してきた。

「冒険者ギルドへようこそ!」

俺は頭を上げその手を握り返し、その続きを言う

「これからよろしく!」

周りからまた歓声が上がり、また俺は押しつぶされ、石神は呆れたような顔をして、ガントはまた笑いながら俺と一緒に押しつぶされていた。

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