3.ハッピーエンドの為に
意味がわからなかった。
いや、石神の言葉を脳が認識しても、否定している。
わかりたくなかった。
だって、それを理解してしまったら、今さっきまでのことすべての辻褄があって、同時に、自分がしたことの愚かさ、残酷さを否応なく理解してしまうから。
唖然として立ち尽くす俺に、石神はなおも続ける。
「あの子はね…!口を開けばいつもあなたのことだった!聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐに!純粋に!アンタに恋してたのよ‼︎あの事故の時も…!」
やめろ。
やめてくれ。
それ以上言わないでくれ。
どれだけ責めても…足りなくなる。
「あの事故の時も、アンタの話だったのよ‼︎英語の授業で一緒にペアになってくれたとか、わかんないとこを察して引き受けてくれたとか、そんな些細なことでも欠かさず話してたのよ‼︎それに夢中になってる時に…」
「やめい」
爺さんが遮った。
「すでにこいつはわかっとるわい。言うな」
……その通りだった。全てわかってしまった。自分がどれほど浅はかであったか、自己中心的であったか。
彼女が迫り来るトラックに気付けなかったのは、俺のせいだった。俺が振られることに怯え、踏み込まずに、なあなあの関係を続けてきてしまったせいで。
また、俺が自分に向けられた好意に微塵も気づかず、暢気に接していたせいで。彼女は俺なんかのことを考えるために視覚と聴覚を疎かにし、トラックに気付けなかった。
しかも、それだけで終わらなかった。俺は、さらに取り返しのつかぬことをしている。
今彼女は、どうしているだろうか?
泣きながら救急車を待っているだろう。彼女にとって、大事な親友と、片思いの相手が致命傷を負っているのだ。しかも片方は、自分を庇って。心優しい彼女は、きっと自分を責める。自分がのろけていたせいで、親友と俺は犠牲になったと。
想像して頭が拒絶する。
違う…
違うんだ…
そんな風に抱え込む必要も、苛まれる必要も君には…‼︎
…そう彼女に伝えることはもう俺にはできない。
彼女は自分を助けてくれた相手に礼を言うことができない。大切な人たちを失った苦しみを、そばで分かち合うはずの親友ももういない。ただ1人、自分だけでその贖罪と向き合わなければならなくなった…。
『酷なことをしたのう』
今ならわかる。的を射た言葉だった。唖然と驚愕が簡単に絶望と後悔に移り変わっていく。
俺は勝手に自己犠牲と言う名の自己中心的な救済の愉悦に浸り、救いたかったハズの彼女を傷つけるだけ傷つけてのうのうと今ここにいるのだ。そのことに、ついさっきまで気付けなかった。…しかし気づいた今も、もう取り返しはつかないのだ。もう謝れない、やり直せない、築き直せない。
死人に、口はないから。
この時初めて俺は、「死」ということの冷徹さの一端を見た。
これが死なのだ。
この失われた命は、もう二度と還らない。そのどうしようもない事実を突きつけられ、俺はただただ絶望するしかなかった。膝から力が抜け、崩れ落ちた。死んだ時にすら流れなかった涙が頬をつたう。世界から色が消えていき、思考を放棄ーーしようとした時、爺さんが信じられないことを言った。
「…もし、そなたらが死んでいないことにできるとするならば、その選択肢を選ぶか?」
俺は意識を取り戻した。
そして幻聴でなかったか確かめるように問う。
「今なんて言った」
「死んだことを無かったことにする方法があるとすれば、それを選ぶかと聞いた」
幻聴じゃなかった。
「できるのか?」
「わしが聞いておるのは、選ぶのかどうかじゃ、たわけ。無論、世界の大前提を捻じ曲げるそれは困難を極める。その上でおぬしは、神に、自然に抗う『無かったことにする』選択肢を選び、それらを敵に回す覚悟があるのかと聞いておるのじゃ」
…つまりは、どんな努力をしようとも、決してそれが神様に認められない、むしろ疎まれるということなのだろうか…。
……だとしても、そんなのは選ぶまでもない、というか最初から用意された選択肢は1つしかない。
「選ぶ。たとえ自然と神様に睨まれようが、報われない困難な道であろうが、それさえ無かったことにできるのなら、俺に選択肢はそれしかない」
そうだ、それしかない。こんなところで絶望して蹲っている場合ではない。
世界に色が戻っていく。…随分と早い回復だな、俺。でも帰れるというのなら…
俺のまんま、帰らないと。
俺がそう答えると、爺さんは続いて、石神にも問う。
「そちらはどうする?」
「……あの子が死んだ理由の一端は私にもある。ここでこいつ1人におしつけて自分だけ終わるってのは嫌。それに……私もあの子の所に帰らなきゃ。あの子、静かすぎて友達が少ないのよ…」
爺さんは俺たちの回答を聞いて、すこしほほえんだ後、真剣な顔で、その方法について話し始めた。
「この制度ができたのは、つい最近ーーと言っても、わしらにとってのつい最近じゃから、そっちの世界の時間に直すと、30年ほど前になるかの」
そうやって、爺さんは話し始めたー
「世界というのは、ここひとつだけではない。他の世界ーいわゆる異世界は無尽蔵に存在し、1つの条件を除いてそれぞれが何かしら違う。
その1つの条件とは、『生き還り』が無いことじゃった。
『もしこうだったら、あいつは死んでいなかった』という世界はあっても、『もしあいつが生き還ったら』はありえない。
そんな甘っちょろいもんとして『死』を儂らは与えたつもりはない。風邪や骨折程度の扱いではない、絶対的な命の終わりがなければ、世界は回らぬ。世界がバランスを保つためにも、死は必要じゃ。
その考えのもと、今まであらゆる世界は流転してきた。神々も自分の持つ世界をそれぞれ管理し、その行く末を見守っておった。
しかしそれを、業務と割り切れないものたちが現れた。神がその世界を管理するということは、神がその世界の親となるも同然じゃ。親からすれば、その世界のあらゆる住民も、その世界の概形そのものも、かけがえのない子供であるとも言える。それが崩壊しそうだということになれば、どうにかして救いたくなる神も現れてくる。
その数は膨大な年月をかけ、少しづつ膨らんでゆき、やがて無視しがたい割合を占めることになった。
情に負けた神達は、妥協案として崩壊しそうな世界に別世界から条件付きで人を送る制度を作った。もちろん、簡単な条件では死が蔑ろにされ、世界のバランスが狂ってしまう。じゃから正直、その条件を満たすのは難しいなんてものでは無い。制度は作られたばかりだと言うのに、『一部の情に負けた神達を納得させるための形だけの制度』という認識が既に我々にも定着しているほどじゃ。
実際のところ、施行されてからそちらの世界で約30年、クリアしたものはおらぬ。今では、その制度のことを説明しない神すら多い。それでも、先程の質問に即答できたお主には可能性を与えよう。その満たさねばならぬ条件とはー」
さんざん焦らされ、ついにその条件は伝えられた。それは、本当に無理難題と言わざるを得なかった。
「滅亡しそうな世界線で、偉業と判断される働きをする事じゃ」
忌憚ない意見をお待ちしています。