2.無知の罪
何もないところから爺さんが現れた。
神社の神主っぽい格好の。持っているのは、幣ではなく杖だが。
今までの物語を見ずに前の文を読んだら、クスリでもやってるんじゃないかと思われかねないが、起こってしまったものはしょうがない。たぶん今置かれてる状況とかからすれば少し変なこと、ぐらいの感覚だ。やだもう感覚が狂い始めてる。爺さんは俺たちを交互に見ると、少し驚いた顔をして、
「おぬしら、心中でもしたのか?ここに今時一緒に現れる奴らなど珍しいぞ?」
と言ってのけた。どうやらこの空間の支配者的存在らしい。少なくとも、俺たちより遥かに深くここについて知っているようだ。
「心中なんてしてないわ。なんでそんなことを急に言い出したの、お爺さん?」
まだ状況を理解してない石神がもっともな質問をする。今まで起きたこと、さっきの『心中』という発言から鑑みるに…。
さっきの仮説の答え合わせもかねて、俺がその質問に答えさせてもらおう。
「たぶん、この空間に2人以上が存在するためには、ほぼ同時、ほぼ同位置で互いが死なないといけないんだろうさ」
これがたぶん一番簡単な答えかな?もっと詳しくいうと、おそらく俺が轢かれる直前に、この石神繋は、町田友里と話しながら横断歩道を渡っていて、町田は俺の決死の行動によって生き延びたが、その横にいた石神は俺と同じくトラックに轢かれ、ほぼ同時に死んだ。そしてほぼ同じ時間、ほぼ同じ場所で死んだ俺たちはおそらく個別に分けられることなく、同じ空間に意識体として転送された。
後半は俄には信じがたいSF的仮説だが、俺たちの体が透けていて、まるで死人のようであることや、俺と石神しかこの空間にいないことを考えれば、もはや妄想とも笑い飛ばせない。そもそも、この狭いのか広いのか、暗いのかそうでないのかわからないこの空間が科学的、常識的に受け入れにくいものなのだから、今までの常識やら知識はあてにならないだろう。そう考えつつ、じいさんの反応を伺ってみると、爺さんが俺の言葉を聞いてほぉ、ともらしてくれた。どうやら当たりらしい。ここはやっぱり、基本1人専用なのだ。
「その通り。ここは死後の魂のあり方を決める『決断の部屋』。天国に行くか、生まれ変わるかの選択をする場じゃ。ただ、肉体の滅びた魂をここに呼び出すというシステム上、ほぼ同位置、同時刻に複数人が死ぬと、それら全てが一緒にここに来ることがごく稀にある。ちょっと前までじゃったらさっき言った心中やら戦争で割と頻繁にあったんじゃが、平和主義の憲法を作った後、日本ではこういう事態は全く稀有になった」
そりゃ今の日本で大概の人は死ぬタイミング、場所を誰かと共にすることはないわな。今の世では心中は美談ではなく狂行だ。俺だってそんな理由で死ぬのはまっぴらごめんだ。しかし附に落ちない点でもあったのか、石神が爺さんに質問する。
「えっと…。確かに私は事故に巻き込まれたし、その時後ろにこいつがいたかもしれない。けど、少なくともそれ以上に近いところで、私は友達と話してたの。その子はどこへ行ったの?」
あーっと…。これに関しては俺が説明すべきなんだろうな。助けた以上、責任は持つべきだ。
「お前と話してた町田を、俺が突き飛ばして助けたんだ。それで俺は死んだ」
我ながら最小限の言葉での回答。国語の試験なら満点の模範解答だな。
…そして、もう一度心の底から安心する。もうここに来て5分は経過したが、彼女がここに来る気配はない。それはつまり、あの事故で死んでいないということだ。もし死んだのなら、位置、時間的にここに来るはずだ。つまり…俺のやったことは、無駄じゃなかった。実際に口に出したことで改めてそのことを実感でき、あの時と同じように、微かな満足感に浸っていると、横から
「……ウソ…」
と言う、弱々しい声が聞こえた。しばらくして、ようやくそれが石神の声だと気づく。普段の勝気な声のイメージが強すぎて、一瞬わかんなかったわ。
ていうか、ウソって…何が?間違いなく俺は町田の身代わりになることに成功した。それはこの状況がしっかりと裏付けている。ウソなわけはないが…。
そんなことを考えていると、神主風爺さんが
「成る程のぉ…。お主、なかなか酷なことをしたのう」
と、悲しそうな、痛ましいものを見る目を俺に向けながら言った。
は?どう言うこと?確かに俺がやったのは誰かの身代わりになるという、偽善じみた行動だったかもしれない。それで満足している俺をみて、爺さんが悲しくなるというのはまだわからなくはない。我ながら、小説じみた恥ずい思考でもあったし。そんなのを何人も見てきただろう神様らしきこの爺さんが「またか…。」と憐むのは不自然ではない。
しかし、「酷なこと」というのはどういうことだ?俺は勝手に彼女の身代わりになることを選び、勝手に死んだのだ。俺が死んだところで、彼女にはなんの影響も及ぼさないはずだ。少なくとも、俺が死ぬことも、俺が助けたことも、彼女にとって酷なことであるはずはない。
「…鈍感もこうなると有罪になるのかのぉ」
いろいろと考えていると、爺さんが横からそんなことを言ってきた。鈍感?何か見落としたことがあったか?そのようには感じない。
必死に頭を巡らせてその言葉の意味を考えていると、石上がいきなり掴みかかってきた。
えっ、ホントになんなの?
なんでここで暴力的な行為に繋がるの?そんなに俺が身代わりになったのが気にくわない?
困惑しながら石神の方を向くと…石神は、怒ったように泣いていた。
…いや、なんで?俺こいつに何もしてないよね?したといえば喋ったぐらいで、それで癇癪起こされたらいよいよ付き合い方がない。泣かれたことでさらなる混沌に陥っている俺をみて、石神は業を煮やしたように、信じられないことを俺に告げた。
「ユウは…ユウは!アンタのことが、好きだったのよ‼︎」
思考が、停止した。
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