0.一つの終わり
初作品です。投稿は不定期ですが月1以上で出そうと考えています。
手を伸ばして、走り出していた。
理屈じゃなかった。考えてる暇さえ与えられなかった。
それでも、バカ正直に身体は動いて、彼女に向かった。おそらく今俺の脳内ではアドレナリンだかドーパミンだかが大量分泌されているのであろう。その証拠に、自分の周りの時間の流れがとても遅く感じる。とは言っても俺自身の動きも一緒にスローになっていて、漫画の主人公みたいに凄まじい速度で動けるわけじゃない。ただ世界がスローになっていく。これから自分を殺すであろう、信号無視をしたトラックのおっさんのイッチャった顔が見えるくらいに。
遡ること数秒前ー彼女とその友達が談笑しながら横断歩道を歩いているのをを見ていた俺は、このトラックがブレーキをかけることなく手奥の赤信号に突っ込むのを目撃した。そして今の場面につながるわけだ。脊髄反射みたいだった。もしおっさんが並外れたドライビングテクニックで急ブレーキに成功していたならば、俺はなんとも早とちりな赤っ恥を晒していただろう。しかし俺の本能は正しく、そんな幸せで恥ずかしい黒歴史はできなかった。それどころか、俺の歴史が今終わろうとしている。
それを頭で理解しているくせに、身体は、いや頭も、走る自分を止めようとしない。間違いなくバカなことをしている。今自分がやっているのは死体を一つ増やしかねない愚行だ。今まで育ててきてくれた人々や俺を気にかけてくれている人々を悲しませる最低の行為だ。
それでも、そうだとしても…‼︎
必死で伸ばした腕は、すんでのところで遂に彼女を突き飛ばすことに成功した。突き飛ばされた彼女は、俺の目の前で前のめりに倒れ、ギリギリ、トラックの軌道から外れた。かわりに、偉大なる反作用の力によって俺はトラックの正面ドンピシャで仰反る。
ゲームオーバー。もはや俺に助かる術はない。
それでも、時間の流れは戻らない。過剰分泌されたホルモンが、不思議な世界を未だ維持している。信じられないほどゆっくりと、でも確かな質量を持って迫りくる鉄の塊を、俺は不思議なくらい冷静に見つめていた。恐怖も絶望も感じない。小さい頃あれこれ布団の中で空想して恐怖した死に様の、どれにも当てはまらないケース。信じられないことに、自分が死ぬという事実をただ受け入れようとしている。でも、それでいい。だって俺の横目には、前に倒れ込むことでトラックを完全に回避した彼女の姿が映っているのだから。彼女は肉片となった俺に感謝してくれるだろうか?…もはやそれすらもどうでも良くなってきた。ただ、彼女を救えたのならそれでいい。彼女が生きているならそれでいい。微かな満足感を覚えた直後、冷たい鉄塊が遂に俺に衝突し、俺−結城 忋は17歳でこの世を去った。
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