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酒の肴は『あおどりな恋』が美味いですわ!~悪役令嬢・天才聖女・勇者の幼馴染、深夜に集まる有名令嬢三人組の飲み会記録~

作者: ゆいレギナ

 それは、とある王国の公爵家の邸宅。

 月に一度、淑女の寝室がとても賑わう夜がある。


「あ~、今日も葡萄酒が美味しいですわぁ~」


 その寝室の主、アルディラ=フォン=ティーダ十九歳は美少女と謳われる公爵令嬢だ。赤いたおやかな髪。気品と華やかさのある気の強そうな碧眼の瞳。常に自信に満ちた言動をし、その自信に恥じない知性と胆力のある淑女。そんな彼女の人生一番の楽しみが――月に一度、三人で深夜に行われるこの飲み会だった。


 彼女たちは同級生だったとか、親が旧知の仲だとか、特に名の付く関係性ではない。

 ただ生きているうちになんとなく出会い、なんとなく仲良くなり、なんとなく定期的に会うようになった。ちなみに三人に深い交流があることを知る者は少ない。だって、ただただ月に一度こうしてアルディラの部屋に集まって、酒を呑んでいるだけなのだから。


 敷いて三人の共通点を挙げるとすれば――皆、ストレスが多いということ。

 

 アルディラは公爵家の長女だ。去年までは王太子と婚約を結んでいた――が、卒業パーティで白昼堂々王太子から『婚約破棄』を言い渡されてしまった。理由は、平民の少女との『真実の愛』の愛に目覚めてしまったから。もちろん平民が次期王妃になることは認められないため、なんと彼は自ら廃嫡を進言し、(しがらみ)のない自由な身分になってしまった。王位は次男が引き継ぐことになったのだが、次男も当然婚約者がおり、しかも他国の姫である。それを急に反故にはできないとして、アルディラには多額の慰謝料で手打ちとされてしまった。


 それから一年――日々見合いを続けているが、なかなかいい伴侶に出会えずじまいだ。

 その理由の一つが、彼女が『悪役令嬢』という悪名のせいである。在学中、平民なのに王太子に不躾に付きまとう彼女をその都度注意していたのが『イジメ』と捉えられてしまい、いつからか『悪役令嬢』と呼ばれるようになってしまった。


 その噂は今やあらゆる尾ひれがついて……今日も年上のお見合い相手から『アルディラ女王さま~、今度は僕を躾けてください~』とハァハァされてしまうまでに。なので、こちらからお断りさせてもらった次第である。


「あらあら、悪役令嬢さま~? 十代のあなたがお酒を飲んでいいの?」

「ふんっ、白々しい。最初にわたくしにお酒を勧めてきたの、聖女であるあなたじゃない」

「うふふ。だってあなたがあまりにやさぐれてたんだもの。だいじょ~ぶ、飲酒についての法律は教会発の法案だから。神の御子である私の許可は、神の許可よ~?」

「ご都合主義な神様にかんぱーいっ‼」


 そうして赤らみ始めた顔でグラスを向ければ、聖女であるセリーナ=ステラ=スコールも嬉しそうに「かんぱ~い」とお猪口を重ねてくる。


 この小さい酒坏の中には、ワインよりも強い米から作った『清酒』という酒が入っているという。東国の島国から取り寄せている品物だということだが『あなたにはまだ早いわよ~』と飲ませてもらったことがない。ちなみに『清らかな水』だから聖女も飲んでいいという言い訳は、セリーナ以外誰も信じていない。


 そんな焼酎をクイッと飲み干す聖女は、聖女の中でも最高位『(ステラ)』の冠位を賜っている王国一の聖女である。聖女は世界中に蔓延る魔物が街に入らぬよう結界を張るのが主な仕事であり、その一番の要である王都を守護しているのが、この若き天才聖女セリーナなのである。


 まっすぐの銀の髪。誰もが息を飲む薄氷色の瞳。儚さの髄を集めたガラスのような美貌の聖女のストレスは――語るまでもないだろう。その堅苦しい立場に嫌気が差しているのである。彼女も最初は深夜に一人で深酒をしていたのだが、やはり一人は寂しく……ひょんなことで出会ったアルディラをこうして酒飲みの道へと手招きしたのだ。その悪童ぶりを……彼女はまるで後悔している素振りはない。


「それにしても、今日はベルちゃん遅いわね~。約束忘れちゃったかしら~?」

「あの子に限ってそれはないわよ」

「じゃあ……魔物にやられちゃったとか……?」

「それこそナイナイ――」


 と、わざとらしく怯えた素振りをするセリーナを、アルディラが笑い飛ばそうとした時――部屋の一部の空間が歪む。そして、その歪みから一人の女性が現れた。


「ごっめ~んっ‼ あたしの可愛いヒイロがさぁ、まだ早いっていうのに魔狼(フェンリル)の森に突撃しちゃって~。ちょっとレベルの高い魔物駆逐してたら遅くなっちゃった~」


 肩より短い紫色の癖毛。気の抜けた同色の垂れ目。しかし担いだ戦斧には真っ赤な血がべったりと付着して……上質な絨毯にバッタリ赤いシミを作ってしまった彼女はケラケラと笑った。


「あ、ごめん。血を落としてくるの忘れちった」

「うふふ、今日は何匹くらい倒してきたの?」


 そう聞きつつ、セリーナは指をパチンと鳴らす。すると血塗れの彼女も、そして絨毯も一瞬で綺麗になった。結界と同様聖女の十八番である浄化の術だ。本来は風呂や洗濯代わりに使う安い術ではないのだが、セリーナ曰く『便利な物は使わないと損よ〜』とのこと。


 ともあれ、そんな奇跡に今更アルディラもベルも驚かない。いつものことだからだ。なので、普通に世間話を続ける。


「ん~、A級以上だけだから大したことないよ。十五匹くらい?」


 世の中に魔物が蔓延る以上、冒険者がいて、ギルドがあって、冒険者の中でもSSランクという、特に突出して優れた人物を『勇者』と呼ぶのだが……そんな話はまたの機会にするとして。

 A級のモンスターは人が一年豪遊できるほどの懸賞金がかかっている。それほど強いモンスターは普通はたった一人で倒せる者こそ『真の勇者』。だが、ベルは勇者どころか冒険者登録もしていない、ただの『勇者ヒイロ』の幼馴染。

 しかしそのヒイロ自身はベルが倒した分も自分の手柄にしているようで……実際はBランクにも届いていないのでは、と二人が思っているのは内緒である。


 ともあれ、これにてようやく三人集まった。


「さて、みんな揃ったことで『あおどり』始めましょうか! 今日は誰が話す?」

「じゃあ、わたくしがいこうかしら」


 青い鳥の寓話をご存知だろうか。

 その世界に居もしない『青い鳥』を探して、幼い兄妹が冒険する物語である。そんな寓話を元に、いつまでも現実を直視できない『ダメ』で『クズ』で『ろくでなし』な人のことを指す言葉だが……ここでは恋話のことを指す。


 だってこれでもこの場の三人は王国トップクラスの淑女なのだ(一人は違う意味だが)。いくら酒の肴にそんな『ダメ』で『クズ』で『ろくでもない』話が適切だろうと……品位に欠ければ淑女失格。


 なのでいつからか、『これからは青い鳥のような話……特に恋にまつわる話が多いから、略して『あおどりな恋』と呼びましょう!』ということになったのである。


 そして、今日の話題提供者アルディラは葡萄酒の入ったワイングラスを回しながら、「はあ」とため息を吐いた。


「実はね……こないだ元婚約者がやってきたの――」



 ※・※・※・※・※・※・※



『僕とヨリを戻してはくれないかっ⁉︎』

『お断りします』


 それは、薄汚い男だった。

 くすんだ髪からはゴミ溜めのような匂いがするし、肌もテカテカ汗ばんでおりました。そのくせ太っているわけではなく、むしろ頬はげっそりと。洋服も元は上質なものだったのでしょうが、全身ヨレヨレの煤だらけ。お髭もまばらに生えてますわ。そんな浮浪者あるまじき方が、我が家の客間でドンッとテーブルを叩きました。


『ど、どうしてだ⁉︎ 僕のことを愛していたんだろう!』


 こいつは何を言っているんだか……。

 そもそも、こんな汚い人を我が家に入れて欲しくはなかったんだけど……そこはメイド長。それこそ赤子の頃から見てきた少年の哀れな姿に、思わず同情してしまったんだとか。婚約破棄をされた時は、誰よりも一緒に憤慨してくれたんだけどね。


 ……まぁ、この失態は人としてあまり責められないわね。

 だからといって、わたくしが()婚約者である方に温情をかける筋合いはないのだけど。


『殿下……ネルファルドさん(・・)は『真実の愛』を見つけたのではなかったんですか?』


 相手は元王太子とはいえ、今は自ら望んだ平民。わたくしは公爵令嬢。

 なので、本当はタメ口以下の話し方をしてもよろしいのでしょうが……敬称を変えるだけでも抵抗出てしまうのは、わたくしの育ちの良さ、ということにしておきましょう。


 だけど、彼は十分にショックだったみたい。


『僕のことを『さん』付けなのか……』

『平民の方に対して、何か問題でも?』


 わたくしの言葉に『ぐぐぐ』と奥歯を噛み締めつつも、彼はメイド長が出した紅茶を飲めば、見たこと無いくらい至福そうな顔をする。たしかにあなたのお好きだった銘柄ではあるけれど……そこまでですか?


 え? 一週間禁酒した後の酒はまさに天に昇る気持ち?

 そんな聖女セリーナさんだけ――と、話が逸れましたわね。そんなことより質問に答えてくださらないの? とわたくしがお尋ねすれば、彼はボソリと呟きました。


『…………捨てられた』

『すみません、お声が小さくて聞こえづらいですわ』

『だから……捨てられて……』

『あらあらどうしましょう。ネファルドさんは庶民の食事が合わずに失語症になってしまったのでしょうか? これは大変おもしろすぎるから是非町医者のご紹介してあげますわ。出世払いができるかは直接交渉してくださいましね』


 もう、ベルさん。笑いすぎよ。もちろんわざと聞こえないふりをしたに決まってるじゃないですか。だって、あんなに豪語して他の女性と結ばれておいて……一年経ったか経たないかですよ?


『だから! 捨てられてしまったんだっ‼︎』


 それで捨てられる『真実の愛』とか、一体どれだけお安いものだったんでしょう。


『ところできみ、おもしろいからなどと言っていなかったか?』

『あら、気のせいですわよ』


『おもしろいから』ではなく『おもしろすぎる(・・・)から』、と申したのです。

 さらっとシラを切りつつ、わたくしはにっこりと微笑みました。


『それで、真実の愛に見限られたネファルドさんは公爵家の令嬢にどのようなご用件で?』

『だから、ヨリを戻して――』

『爵位もない平民の方が、公爵家の長女と結婚ができると?』


 何度も自分で『公爵令嬢』と連呼、我ながら痛かったですわ。でも、このたびに悔しそうな声で『ぐぎぎ』と鳴くからおもしろくって仕方がなかったんですの。


 だけど、元殿下さんは、震える声で熱弁しようとなさるから、


『き、きみこそが真実の愛で結ばれていた相手だと、ようやく気が付いたんだ』

『……それでわたくしが喜ぶと、本気で思ってたんですか?』


 わたくしが真顔でお尋ねすれば、彼はポロポロと泣き出した。

 あらやだわ。これじゃあまるで、わたくしが虐めているようじゃない?


 ――だから貴族の矜持ノブリス・オブリージュとして、わたくしは哀れな平民に施しをしてやることにしましたの。


『ねぇ、ネファルドさん。今日帰る場所はございますの?』


 だって見るからに浮浪者ですから。きっと住む場所もないんじゃないかと思いましたの。

 あの女性に捨てられてから、どんな生活をしてたんでしょうね。敢えて聞こえないようにしていたんだけど……あとで調査しなくっちゃ♡


 あぁ、もう。自然と口角が緩みましたわ。


『納屋で良ければ、お貸ししますけど』

『ほ、本当か⁉︎』


 寝室を納屋で喜ぶ元王太子とはこれ如何に。

 ぜひ国王陛下方にも見せて差し上げたい。でもお見せしてしまったら、情けをかけたくなってしまうのかしら。王族とはいえ、血の繋がった家族ですものね。……ふふ、お二人もやっぱりそう思うでしょう? それじゃあ、つまらないって。


『あと使用人らのもので宜しければ、お風呂もお使いください。食事も朝と晩は用意します』

『ど、どうしてそこまで⁉ やはり、きみも僕のことを――』

『もちろん、あなたが我が家の使用人として働くつもりであれば、ですが』


 残念ながらわたくし、慈善活動をする趣味はございませんの。

 なので当然のご提案としたのですが、ネフィルドさんは不服なご様子。


『ぼ、僕が、使用人だと……』

『働かざる者は食うべからず、という言葉をご存知ですか?』


 ネファルドさんは『殿下』だった頃、ご趣味がございました。異文化について触れるのが大好きな人だったのです。特に東方の文化は特にお気に召したようで、わたくしにもキラキラした目で語ってくれましたわ。


 ……二度と、あの頃には戻れませんけど。

 わたくしは誰かさんと違い、前を向いてニコニコしていれば。彼も固唾を飲んでから、両手を膝に付き頭を垂れた。


『よ、宜しく頼む……』

『はい、宜しくお願いいたします。でも、おいおい言葉遣いも改めてくださいね。あなたは新米使用人になるんですから』

『……はい』


 え、セリーナさん。本当に過去を気にしないなら、こんな男追い出せって? でも――わたくしは『悪役令嬢』ですから。知らない場所で痛い目遭っただけじゃ、面白くないと思いませんか?




 ちなみに調査の結果。

 ネファルドさんが泥棒猫……失敬。真実の愛で結ばれた恋人から捨てられた理由は単純でした。


『だってあの人、なんにも出来なかったんだもん』


 そりゃあ、王太子としてはキラキラして見えたかもしれませんが。

 平民として頼りになるかは、全く別問題だと思います。


 恋人さんは町のパン屋の娘さんでしたから。当然ネファルドさんも跡取りとしてパンを作らされたようですが……まるで才能がなかったようです。下積みとして雑用させようにも、当時のネファルドさんはイキっていたようで、口だけが達者だった様子。そうして将来のお義父様にボコボコにされている情けない姿に、恋人さんの方から『もういい』と見限ったようです。


 こうして捨てられたネファルドさんは大見得切って城を出たため、帰る場所もなく。あちこちでさらに惨めな思いを繰り返しながらも、すがる思いで我が家に辿り着いたようでした。




 そんな苦労を重ねた人に対して、わたくしは言い放ちます。


『罰として夕食は抜きとします』

『どーしてだ、僕は一生懸命働いただろう⁉』


 たとえ元王太子殿下であろうとも、使用人としての能力はとても低いものでした。だっていくら五カ国が話せようが、新米使用人に来客の相手をしてもらうことはあり得ませんし。経理等書類仕事が得意だろうとも、それこそ公爵家の腹の中とも言える帳簿を来たばかりの方に見せるわけにはいきません。


 なので必然的に、ネファルドさんに任せるのは力仕事や雑用ばかり。お料理経験も掃除、洗濯経験もない以上、できることといえば、薪割りくらいだった。


 朝から日暮れまで、彼の成果は薪が軽く山になった程度。もちろんずっと見ていたわけではないけど、特にサボったりした報告は受けていない。別に初日から成果を期待もしてないから、仕事の出来に文句があるわけでもないけれど。


 どんなに抗議されようとも、わたくしは使用人らの食堂の中で抗議を覆すつもりはなかった。


『だってあなた、ヨハンさんに『ご苦労』と言いましたよね?』


 今は一日の終わりの食事時。ネファルドさんだけでなく、他の皆も夕食を楽しもうとしております。その時間を邪魔するのは申し訳ないけど……ここには庭師のヨハンさんもいますし。『そうなんでしょ?』と視線で尋ねれば、ヨハンさんはこくりと頷いた。


 それに、ネファルドさんはますます憤る。


『それがどうした⁉ 一日働いたからには、仲間に労りの声を掛けて何が悪い⁉』

『あなた、ご自分の身分を本当に把握していらっしゃいますか?』

『なんだ、新人はむしろ積極的に挨拶をするべきではないのか?』


 その心がけは殊勝ですが……かける言葉が違うのです。

 ヨハンさんは年齢五十九歳。もううちで働きだして三十年……わたくしの生まれる前からお世話になっている方なの。そんな人に『ご苦労』なんて……。通常、自分と同じ立場や目上の方の労う言葉は『お疲れ』ですわ。『ご苦労』の方が畏まって聞こえるかもしれないが、こちらは目上の者が下の者に対してかける言葉。


『そうですわね、『お疲れさまでした』と声をかけるのが適切でしたわね』


 今までは王太子として臣下にかける言葉は『ご苦労』で良かったのかもしれませんが、いかに温和で、小さい頃にうちの庭から勝手に薔薇をとってはわたくしにプレゼントして『仕方ありませんなぁ』と肩を竦められてしようとも――あなたはもう、ただの新米使用人なのです。


 わたくしの指摘に『しまった!』と青ざめても、もう遅い。吐いてしまった言葉は、どんなに後悔しても戻ることはないのだから。


 だから、わたくしは彼がニコニコと嬉しそうに運んでいた夕食のプレートを取り上げる。


『なので、罰として今日の夕食はなしとさせていただきます! 宜しいですね?』

『……了承――いや、承知いたしました』


 唇を強く噛み締めたネファルドさんは、しずしずとテーブルに付いていたヨハンさんの傍に行き、『その節は大変失礼致しました』と頭を下げてから、食堂を去っていく。その惨めな背中にヨハンさんも、他の使用人らも何も声をかけることはできず――




 そして、その翌日も。わたくしは彼の夕食を取り上げましたの。


『どうしてだ⁉ 今日はきちんと『お疲れさまでした』と声をかけたぞ! ついでにこの場へも新米らしく一番最後に来た‼』

『先程、洗濯係のアイネさんの臀部を舐めるように見ていたというのは本当ですか?』

『なっ⁉』


 わたくしの指摘に、ネファルドさんは慌ててプレートを受け取ろうとしているアイネさんを見やる。

 ……ちなみに彼、入職二日目にして使用人三十数名の名前を全員覚えているという。挨拶時にきちんと『〇〇先輩』と名前も呼ばれたと報告を受けていましたわ。


 え、思ったよりも有能じゃないかって?

 そりゃあ、伊達に王太子はしていなかった、ということなのでしょう。昔から公務についてはわたくしよりも真面目な方でしたわ。……その代わり、少々私生活の方で若気の至りが出てしまったようですが。あ~ベルさんのヒイロさんと一緒ですか。それについては……うーん、とりあえずこちらを話してからに致しましょう。


 ネファルドさんは気まずそうに眉根を寄せるアイネさんを何か言いたげに見据えるものの、すぐにわたくしへと向き合いました。


『誤解だ! 僕はただ、彼女がやまほどの洗濯物を運んでいたから手伝おうかと悩んでいて――』

『だったらすぐにそう掛ければよかったじゃありませんか』

『だが……僕の格好は薄汚いだろう。せっかく彼女らが綺麗にした物を、僕が再び汚してしまうんじゃないかと……』


 そりゃあ、一日中薪割りに勤しんでいれば、夕刻には汗臭くなっていてもおかしくありませんわね。

 本当のところでいえば、そんなわいせつ行為の申し出など受けていませんの。むしろアイネさんからは『ジッとこっちを見て、仲間になりたそうな野良猫みたいでしたよ』なんて微笑ましい報告を受けてたんだけど……それを了承を取って、曲解させていただいたってわけ。


 そんなセリーナさん。「あくしつ~♡」と嬉しそうに両手を叩かないでくださいまし。悪質でいいじゃありませんか。わたくし、婚約破棄された挙げ句に『悪役令嬢』なんて悪評も被ってしまったんですよ?


 だからちょっとくらい、腹いせする権利はあると思いますの。


『言い訳なんて男らしくありませんわね! これに懲りたら、己の立場を再度確認したらどうでしょう?』

『…………はい』


 そして、ネファルドさんは前日と同じようにわたくしと、アイネさんに『不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした』と謝罪してから、しょげしょげと食堂を出ていく。


 その情けない背中に、わたくしだけが口角を上げていた。



 

 そして、その翌日も。そのまた次の日も。

 適当な理由を付けては、彼の夕食を抜かせていた。そんなに食事を抜いて、彼は倒れないのかって? 大丈夫よ。連日こんなやり取りをしていれば、料理人たちも同情して朝食を多めに注いでくれているようだし、メイドたちからもおやつの時間にお菓子のおすそ分けをもらっているようだわ。……そうなるよう、普段よりも多めにメイドたちへの差し入れを増やしていたりもするんだけど。


 ……もうっ、セリーナさん! そんなに嘲笑わないでくださいまし⁉

 別にわたくしは彼が同情を受けることによって居心地が良くなるよう配慮しているのではなく、本当に嫌がらせをしているだけなんですから! ただ……わたくしが雇った以上、過労死なんてされたらわたくしの人材管理能力を疑われてしまいますから。彼が死なない程度に復讐をしている、ただそれだけなんですのよ?



 そんな細やかな嫌がらせを続けていたある日。彼が両手を見つめながら、作業の丸太に座ってため息を吐いていましたの。


『あら、サボってますの?』


 それに、彼は慌てて『ち、ちがいますっ‼︎』と腰を上げますけど……きちんとわかっておりました。その後ろに隠した手、慣れない薪割り作業で細かい木の破片が刺さってしまってるんですよね? 肌自体もガサガサだし、血豆も潰れて見るに堪えないですわ。


 わたくしは『それなら結構』と踵を返すフリをして、少しだけ振り返りました。


『ただ聞き齧っただけの話なんですけど、炙った針で患部を抉るようにすると棘が取れやすいそうですよ?』


 それではまた、と今度こそわたくしはその場を後にして。




 ――もう、セリーナさん。わたくしが結論を話す前に言わないでくださいまし。

 案の定、その日の夜も更けた頃。お貸ししている納屋に赴けば、ネファルドさんはヒックヒックと鼻を啜りながら眠っておられでした。明かりで照らせば、その手元には針が落ちてましたわ。御手も血だらけで……本当にわたくしの助言(笑)を実践なさったご様子。


 ……かわいそ~って、ベルさん。本当に家庭教師の授業をサボって裏庭で遊んでいた後、その教師の先生から教えてもらったことなんです。まぁ、今となっては授業をサボらないようにするための子供騙しだったとわかっておりますが。


 それなのに、どうしてこの方は自ら己を痛めつけるようなことをしているのでしょう? そのくらいの知識、あなたならおありでしょうに。もしもわたくしが助言したから、とかだったら……本当に愚かですわ。


『新米の使用人風情にそんな忠誠心、求めていませんわよ』


 そう吐き捨てて、わたくしは持ってきていたクリームを取り出す。蜂蜜がふんだんに入っている保湿剤ですの。たくさん塗れば寝ているうちに皮膚が柔らかくなって、自然と棘も出てきてくれるはずですわ。傷口にも染みずに怪我の回復にも良いだろうと酒好き聖女様に聞いたので、間違いないはずです。……そうですわよ。あの時お尋ねして薬を分けてもらったのは、このためですわ。


 それを、彼を起こさないようにそっと。たっぷりと両手に塗りつけて。

 わたくしは静かに『おやすみなさい』とその場を後にしました。



 

 翌日。


お嬢様(・・・)、聞いてくださいっ!』


 この呼び方も、わたくしが指導させてもらったもの。呼ばれるたびにちょっとだけ気分がいいんですの――なんてことは今はおいておいて。ネフィルドさんはわたくしを見かけるや否や、嬉しそうに両手を見せてきます。


『昨日はご助言ありがとうございました! お嬢様のご助言を実行したら、一晩でこんなにも手が綺麗になりました!』

『そう……良かったわね』

『お嬢様の愛のチカラですね!』

『それはない』


 わたくしの躊躇いのない拒絶に途端、肩を落とされていますけれど。

 その日も、その次の日も。彼は毎日泣きながら針で手を抉っているようでしたから、今もこの数週間、彼が爆睡している間にクリームを塗るため、納屋に忍び込む生活を続けておりますの。


 わたくしに騙されているとは知らず、毎朝嬉しそうに手を眺めている元婚約者を見るのがとても愉快で、わたくしは―――



 ※・※・※・※・※・※・※



「――再び愛の炎が再燃してしまったと」

「どうしてそうなるんですの⁉」


 お猪口に口を付けながらニヤリと笑うセリーナをアルディラが即座に否定すれば、横からジョッキでエールを飲むベルがくつくつと笑う。


「いやぁ~、さすがにあたしもそう思うかなぁ~。あれでしょ? 昔と違うみずぼらしさと、それでもなお真面目な態度に母性本能がくすぐられちゃった的な~。わかるよ~、あたしもそうだもん」

「ロクでなし製造機のあなたと一緒になさらないでくださいまし⁉ わたくしはただ、昔の男を顎で使うようになったとご報告したかったのです!」


 それに、アルディラは口を尖らせる。

 だって今もたまに、イチャモンつけて夕飯を抜かせていますし。針で手が綺麗になるなんて迷信を信じさせ続けてますわ。嫌がらせの日々を楽しんでいますのに、と。


 だけどその不満を呑み込んで、彼女は二人に感想を求めた。


「で? 今宵のわたくしの『あおどり』な話はいかがでしたか? 積年の復讐を継続中ですわよ、というご報告も兼ねていたのですが」

「三十点。元サヤエンドなんて安易なエンディングは誰も求めてないわ」

「あたしは五十点くらいかなぁ~。今までのお見合い話も面白かったけど、今日のが一番『お幸せに』て感じだし」


 ――だから元サヤでもハッピーエンドでもなく、復讐譚ですの‼


 この集まりはいつも、話の終わりには採点をするのが恒例だった。基本全員激辛採点である。その理由が――


「というわけで、今日もめでたく罰ゲームね~! 現物を見に行きましょうか~」

「りょうかーい。じゃあ防音結界よろしく。あたしは空間繋げるからー」


 二人はるんるんと口笛でも吹きそうな様子で立ち上がる。そして言うのと同時にチートな魔法を繰り広げ始めて……。


「アルディラも空間転移くらいできるようになったら? そしたらもっと色んな場所に集まれるのに」

「いやいや聖女さま。普通は魔法の才能があろうとも、賢者クラスじゃないと空間転移なんてできませんから」


 空間転移なんて禁術も、もちろん完全防音の結界も。それを安々とやってのける聖女と勇者の幼馴染という彼女の飲み仲間に手を引かれ――アルディラは一瞬で、見覚えのある納屋へと躍り出た。


 ――そう、話の面白さが六割を超えなかった時の罰ゲームとして。

 今から直接、話のネタになった男を鑑賞するのだ。


 もう夜も遅いから、件の男はぐーぐーイビキをかいて藁の上で丸くなっていた。小綺麗……とまでは言い難いが、元の見た目がいいせいか浮浪者のような不潔感はない。そんな男の手は、今日も赤い点々が魔法の光に照らされていた。


「ほらほらアルディラさま~。今日も愛を込めて治療してあげないと~」

「恨みしかありませんわよ」


 アルディラはそう鼻を膨らませながらも、持参していたクリームを優しい手付きで塗り伸ばす。その光景をニヤニヤと見下ろしていた二人だったが――セリーナがぽんと両手を叩いた。


「そうだ。今日も神からの有り難い啓示を授けて差し上げましょう~」

「はあ⁉」


 アルディラは慌てて振り返るも、これもいつもの流れである。ベルは慣れた様子で「持ってきてるよー」と筆を取り出していた。この筆、ベルがどこかのダンジョンで手に入れたインクなしで書けるという魔法の筆である。便利なようで、かといって驚くほど有り難みがあるわけでもない代物だが……インクも落ちやすいことから、こんな悪戯には大重宝している逸品である。


 ちなみにこうした『魔法道具』を発見した際には、教会に寄贈するのが習わしなのだが……かの大聖女がこうして使っているのだから、何も問題はないのだろう。


「それでは、さらさら~っと」


 そうして寝入った青年の頬に書かれた一言に、アルディラは絶句する。



 そなたが願い続ければ、それは必ず叶うだろう



「ちょっと待って! これで延々に元サヤを望まれたらどうしますの⁉」

「さあ~? あなたが絆される前に、ちゃんと他にイイ男を見つければ問題ないんじゃないかしら~?」

「それはそうかもしれませんが……わたくしのお見合い苦戦具合を承知で言ってますわよね⁉」

「んふふ~。次は来週でしたっけ? どんなお相手なのか、今からとっても楽しみね~。私も神様に成功を祈っておきますわ~」

「うわぁ! 絶対こいつ信用なりませんわっ‼」


 そんな感じでわちゃわちゃ揉めている二人を見つめながら。

 実はこの中で一番年上のベルが小首を傾げる。


「というかさ、アルディラちゃんはこの人とどうなりたいの?」

「え?」


 その問いに、二人の小競り合いはピタッと止まって。アルディラは顎に手を当てた。


「……そうですわね」


 そうして三拍ほど考え込みながら、ゆっくり話すのは。


「こう……結婚式に参列していただいて。軽い祝いの言葉のお返しに引き出物をお渡しするような関係になりたいですわ。引き出物も軽く焼き菓子くらいで」

「なんだそれ?」

「もうちょっとお酒を飲みながら、詳しく聞きましょうか」


 こうしてぐーすか眠りこける青年を置いて、三人は再びアルディラの部屋へと再度空間を渡る。

 楽しくも『あおどり』な夜は、まだまだ当分終わりそうもない――――




 そして翌朝。

 アルディラがいつもより少し遅い時間に、荒れた部屋で目覚れば、


「見てくれ! 神は僕を見捨ててはいなかったんだっ‼」


 という嬉々とした男の声が聞こえたらしいが……彼女は二日酔いと戦っていたので、今の所はそれどころではなかったという。



《酒の肴は『あおどりな恋』が美味いですわ!~悪役令嬢・天才聖女・勇者の幼馴染、深夜に集まる有名令嬢三人組の飲み会記録~ 完》





本作を最後までお読みいただきありがとうございました!

こちらのお話は連作短編みたいに、この三人それぞれの恋バナを書いていきたいな~というネタでして、ぐだぐだ感が年末年始っぽいなと思ってひとまず短編として出してみたものになります。


実際に連載するとすれば、春以降になると思うのですが……

その時の参考にしたいので、ぜひ感想や評価(下にある「☆☆☆☆☆」を好きな分だけ押して「★★★★★」に)していただければと思います。


また現在、短期連載&長期連載している作品もございます。もし私ゆいレギナの作品を気に入っていただけましたら、広告欄の下にリンクを貼っておきますので、そちらもお読みいただけれると嬉しいです。


4月には『100日後に死ぬ悪役令嬢は毎日がとても楽しい。』という作品で商業デビューも決まっております。もし宜しければあなたのお気に入り作家の一人に加えてくださると大変光栄でございます。


重ねてになりますが、最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

本作が、皆様の楽しい年明けの一助になれることを願って

ゆいレギナ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性たちのカラッとした性格と楽しそうな飲み会、いいですね(*´ω`*) 元殿下の純粋さ(無知っぷり)素直さがいじらしくて幸せになって欲しいと思ってしまいました。 またいつか他の女性たちのお…
[一言] どうこう言っても好きなんすね(笑)
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