ファンの一族
第三部終了です。
第四部はしばらく間が空いてしまいますので、まずあらすじを投稿します。
フィルモア王都カルナの城の周りには貴族などの暮らす地区がある。
王都カルナはクバルとは違い、比較的富裕層が多く貧民街はなく、特に城の周辺は有力な貴族と豪商の屋敷があった。そのどれも規模が大きくそして庭などがあり、数は少ないが城同様に壁で覆われおり、一目で金持ちの屋敷なのだと伺う事ができた。
そんな地区の外れにある、他と比べると小降りな屋敷にレイモンドは訪れていた。
「コンコンッ」
「失礼致します」
「入れ」
レイモンドがドアをノックすると、中から初老の男性の返事が聞こえた。
部屋には侍従が一人控えておりドアを開きレイモンドを招き入れると、侍従は奥の部屋へと姿を消すのだった。
レイモンドが部屋に入ると、薄暗い部屋のそこだけ窓からの陽光が当たる執務机の椅子に座る男の姿が正面にあった。
「ジャクリーヌ久しいな」
「ご無沙汰をしておりました」
男は執務机の椅子に座ったまま、顔を上げレイモンドに抑揚のない声で話しかけてくるのだった。
「腰を掛けなさい」
「失礼致します」
男は机の前にある大きな三人掛けのソファにレイモンドを促すと、レイモンドはソファに腰を下ろす。
「何やら珍しい物を持って来たとか、教皇様への献上品か?」
「はい、面白い人物がおりましてその者が作った菓子でございます」
「そうか、だが私が聞きたい事はその様な事ではないのは理解っているな」
「はい、存じております」
窓からの光の具合で表情が分からない男に向かって、薄い笑顔でレイモンドは答える。
「まあよいジャクリーヌ、君を呼んだ理由はそんな事ではない……」
「?」
男の声に先程の世間話とは違う色を感じたレイモンドは少しだけ眉を動かし男を伺うのだった。
そして部屋の奥から侍従が現れると、お茶をレイモンドと男に差し出した。男は一口お茶を飲んだ後軽く息を吐き口を開いた。
「此度の討伐の件、フィルモアの意向が大きく関わっておる。大国の威信とやらだ」
「はい」
「しかしそんな物は些末な事。だがバハモスは我々元老院を目の上のたん瘤とでも思っておるようだ。それは聖教会いや教皇様へも同じ。卑しい野心が強い男だ。今は亡き父アモスの言葉もあやつは聞く耳を持たぬそうだ」
「バハモス様はヴィザンツの兵力そして技術力に懸念を抱いていらっしゃる様子。その為に今回の討伐にてヴィザンツをお選びになったかと理解しておりますが」
「その通り、我々もそれで諸々丸く収まれば良いと考えておる。しかし、あやつはその後を考えておる様だ」
「……その後、ですか」
男は魔族討伐の話しと、そこに関わる各国の思惑について語るのだった。
「我々がもっとも憂慮せねばならんのは秩序の崩壊だ。それは一王国の都合などはもちろん、全てに優先される事案だ」
「現状に満足しておられないバハモス様は危険だとおっしゃる」
「そう。それを話し合う為に元老院を招集する。……そしてフィルモアの件含めて御前会議を開く」
「なんと、教皇様もおいでになられるのですか」
レイモンドは教皇の名を聞くと驚いた顔で言葉を返すのだった。
教皇はクライス聖教会の最重要人物で、この世界全ての住民の信仰の対象であった。
彼はクライス聖教会が始まった時より今日まで生きており、人を超越した存在で現人神であると人々から神格化されているのだった。
そしてその人物が姿を見せるのは非常に稀な事であった。
「それほど今が大事な時期だという事だ」
「では、シアンもお使いになるので?」
「そうだ、万が一があってはならんのでな。場合によっては暴君の首も刈り取るつもりだ」
「それとジャクリーヌ、君に見せたいものがある。明日の会議の後、例の場所に来なさい」
「畏まりました」
レイモンドはソファから立ち上がると、未だに表情の見えない男に少し大袈裟な身振りで腰を折り頭を下げると、恭しく挨拶をするのだった。
「で、君はこの後はバハモスに会いに行くのか?」
「はい、バハモス様からも仕事を賜っておりますので」
「ヴィザンツか……、バハモス同様我々も気にかけねばならぬ国だな」
「ヴィザンツの技術はこの十年あまりで飛躍的に上がっております。ですがトリニティはもちろん、フィルモアにも及ばないモノかと」
「君がそう言うのであれば、そうなのだろうが忽略に扱う訳にはいかんな。例の商人が頭角を表してからはあの国は変わった。現国王女帝ギリィの腹案は計りかねる。如何なる情相にあっても我らが秩序の守り手であらねばならんのだ」
男はその時初めて感情を少し覗かせ、語気を強くしレイモンドに語るのだった。
「はい、我らは教皇様の影となり世界の安寧と秩序を守る為に存在しております。時代の節目毎に我らが常に世界の平衡を保って参りました。今までも、そしてこれからも」
そしてレイモンドは、そんな彼の心中を読み取ると彼の満足する言葉を並べるのだった。
「ふむ。君の言う通りだ……」
そして、ひりついた空気の流れる部屋に突然ドアをノックする音が響いた。
「コンコンッ」
「誰か?」
「お祖父様。シャルロッテでございます」
男の問いにまだ若い女児の声で返事が返ってくると、部屋の空気は次第に元に戻っていくのだった。
「……うむ、入ってよいぞ」
「失礼致します。ジャクリーヌ様がおいでと伺いまして、ご挨拶に参りました」
開いたドアの向こうには、まだあどけなさの残る少女が侍女と一緒に頭を下げながら立っていた。
「これはこれは、シャルル様ご無沙汰をしておりました」
「ジャクリーヌ様!ご機嫌様。お久しぶりです。お会い出来てシャルルはとても嬉しゅうございます。しばらくフィルモアには滞在されるのですか?また異国のお話しをお聞かせ下さいっ」
煌びやかなドレスを纏ったシャルルは、レイモンドの姿を見ると、ソファへと駆け寄ってくる。そして満面の笑顔を浮かべ、レイモンドにおねだりをするのだった。
すると男は椅子から立ち上がると、シャルルの下へ歩み寄り、目尻に皺を寄せその頭を撫でながら口を開いた。
「こらこらシャルル、レイモンド卿は遊びで来ておるわけではないのだぞ。ほどほどにしなさい」
「はーいお祖父様。でも今からは私とのお時間でよいでしょう?だってジャクリーヌ様がいらしてからずっとお祖父様が独り占めしてたんだもん」
「まだ時間はございますので私は構いません。お祖父様がよろしければですが。ご所望の異国の事をお話し致しますよ」
「シャルル、レイモンド卿のお許しが出て良かったな。さぁ大事な話しの途中だ。終わったら部屋に寄ってもらうから下がりなさい」
男は和やかな顔をシャルルに向けると、先程とは別人の様な優しい声で話すのだった。
「は〜い。ありがとうございますお祖父様。それではお茶を用意してお待ちしておりますねジャクリーヌ様。お祖父様大好きっ」
「シャルル様、今日は珍しいお土産もございますので楽しみにお待ちくださいね」
「本当っ!?嬉しいっ!シャルルはお部屋におりますので必ずおいで下さいね」
「はい」
ジャクリーヌがシャルルに告げると、男は好々爺の表情を浮かべ頷いて見せると、シャルルは満面の笑顔で部屋から出て行くのだった。
「ふむ邪魔が入ってすまない。ジャクリーヌよ」
「やはりお孫様には、その様なお顔をされるのですね」
ひと時の穏やかな空気は、瞬く間に霧散すると、男は先程と同じ感情のない声でジャクリーヌに答える。
「これでも、まだ人間のつもりだ。いや人間だからこそ負わねばならん責任がある……」
「……」
「ジャクリーヌ、私は君を高く評価している。フィルモアとヴィザンツ、両国の動向にはくれぐれも注視してくれ。それとヴァル・キルマでの件も併せて、どんな些細な事も見逃す事のない様にしろ。今日はもうよい、明日待っておるぞ」
「はいガリュース様、それではシャルルお嬢様の部屋に寄らせて頂きます」
「すまんな」
ジャクリーヌは、再び大袈裟に挨拶をすると部屋を後にした。
ガリュースはレイモンドが部屋を出るのを見送ると、窓から外の景色を眺めながら「ふう」と小さなため息をもらした。
「リーガル、こちらへ」
「はい」
そしてガリュースは先程お茶を淹れた侍従を呼ぶと、振り向き彼に問いかけるのだった。
「ジャクリーヌをどう思う?」
「トリニティへの忠信は真かと」
「では、クバルの件は?」
「どうやら不測の事態があった様です」
「そうか珍しい事もあるものだな」
「左様ですね」
「リーガルよ。あやつの能力は常人のそれとは逸しておる。そして私がそれを高く評価しているのも事実。だが、私はジャクリーヌの腹の底が読めぬ」
「彼は道化を演じて見せてはおりますが、本質を誰よりもよく理解しているように思いますが……」
「確かに、各国の王家、要人への対応も抜かりない、能力も充分、我が後を継ぐに充分ではあるが、何故かあやつに狂気を感じるのだ。我らの存在意義を理解しておるふりでなければよいのだが……」
「彼は元より強い意志を持っております。そして信念の下に行動しておりました。今もそれは同じかと」
「そうか……」
「我々の存在は表には出せぬモノ。元老院でも一握りの方々しか詳細は知り得ません。そんな我々は常に狂気と隣り合わせです。そしてそれを強い信念と理想で御する事が我らの命題にして宿命と心得ております」
「うむ、リーガルの申す通りだ。私も老いたか……」
「万が一の為に私がおります」
リーガルの言葉を聞いたガリュースは、すでに冷めきったカップのお茶を一口飲むと、再び窓の外に身体をむけるのだった。
そして身内にのみ晒すじっとりとした空気と共に後悔にも似た言葉をリーガルに投げかける。
「すまんな。呪縛に囚われた家系故にお前にも業を背負わせてしまった……」
「承知しております」
「兄シュエンの事を恨んではおらんのか?」
「………」
「すまん」
リーガルは無言を返事として返すのだった。
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