襲撃
修正版です
軍施設のモニターとその他計器類のひしめく部屋そして居並ぶ屈強な軍関係者の中、そこに似つかわしくないその少女型ヒューマノイドは笑顔でミハエルの横に立つ。
その言動は見た目通りの少女の物で、軍事兵器とは真逆の存在感を醸し出していた。目の前の出来事のあまりのアンバランスさに、アサヒは間の抜けた声を出てしまったのだ。
そしてミハエルはアサヒの質問に答えるのだった。
「彼女は世界初の複層ニューラルネットワーク型CPUが搭載されたAIなのです。焔の管制用AIは焔本体にありますが、こちらのボディとはオンラインで常に統合されていますから同じネェルと言えます。」
「えっと……、これ意味あるの?」
「はいもちろん。こちらのネェルはネットワーク育成の為のボディなのです。GPUとCPUの多層型チップによるニューラルネットワークの演算能力は今までの物より格段に高いのですが、いかんせんネットワークの構築には実際の経験を積ませるしかありません。要するに子育てと同じなのです。ですがその成長率は経験値が上がるほどに高くなりますので人間と比べると断然効率がよく、限界値は人の比ではありません。」
ミッチーが説明している隣で、ネェルは得意げに小躍りをしアイドルの様にステップを踏んでいた。しかし陽気なネェルに反してアサヒは怪訝な表情でミッチーに問うのだった。
「実際の経験って、ネェルに戦闘をさせるのか?」
「いえ、ネットワークを育成するのが目的なので一般作業や人と同じ様な生活をさせております。さらにネェルにはアームズの管制だけでなく、例のBHキャノンの管制も行わせる予定です。」
アサヒはミハエルの説明に更に疑念を抱くのだった。
「なぁミッチー、何をするつもりなんだ?」
ミッチーの言動に嫌な予感を感じたアサヒは事の真意を確かめるつもりで問いただすのだった。しかしその時緊急アラームがモニター室に鳴り響いた。
「中佐、第四格納庫が襲撃を受けている模様。内部と外部から同時にです!」
「敵戦力と所属はどこだ!?」
「擬装されて所属はわかりません!戦力は外部にアームズ三機編成が三部隊計九機、中隊規模。内部は武装歩兵多数、こちらの詳細はわかりません!」
コロニー反対に位置する一般の港に併設する形でそこには軍港があった。アサヒ達が模擬戦を終えモニター室で会話している最中、その港が襲撃を受けているという報せが飛び込んできたのだ。
「……まずいな、ケラウノスはどーなっている?」
「退避行動中です。守備隊を三部隊計九機直掩に当たらせます!」
「分かった。先ずはケラウノスの防衛を最優先にしろ。情報は随時報告!全戦力であたれ!最悪格納庫は破棄して構わん!」
「おい、ミッチーここも時間の問題だろ!それに民間人の避難はどうするんだ!?」
ミハエルは事態の収拾の為に命令を下す。しかしアサヒは民間人はもちろん仲間の心配をするのだった。
「警察に任せます。大尉はネェルを連れて焔でコロニーを離れてください。」
「いや、何か俺にもやれる事はないか?民間人の避難ぐらいならやれるぞ。」
「焔とネェルも優先事項なのもご理解いただておりますよね大尉。今なら無傷で避難できます。」
「それはそうだけど…。」
「そして、万一ケラウノスが奪取されたら被害は甚大になります。なんとしても阻止しなければなりません。」
「ケラウノスってなんだよ!?」
「BHキャノン搭載艦です。試験中とはいえ稼働可能な状態なので最優先防衛対象です。」
「とは言え、警察だけじゃあ民間人の護衛は無理だろう!?」
「申し訳ありません議論している時間はありません。なにより今指揮権は私にあります。」
「……。」
ミハエルの出した答えは軍人として正しく理想論ではなく現実論であった。今は多少の犠牲を払ってでも新兵器は死守せねばならず、その後に起こるであろう惨劇を想像したアサヒは何も言えなくなるのだった。そしてミハエルは更なる命令を下す。
「至急焔の武装解除!すぐに出せる様にしろ!足も使えるならば出せ!大尉はネェルを連れて行って下さい。早くっ!!」
事態は深刻だった。アサヒは議論の余地なくモニター室をあとにし、ネェルを連れ焔へと乗り込んでいった。
アサヒたちが襲撃の一報をうけた少し前、アル達チェン運送のクルーたちも港周辺の異変に気付いていた。
民間船の港は第一から第三で、第四格納庫と隔壁を挟んで隣に位置していた。そして始まった襲撃の爆音と振動は港全域に響き異常事態を告げるのだった。
「おい!何が起きてんだ!?」
緊急アラームが鳴り響き、そこにいたすべての作業者に緊張が走る。隕石の衝突や事故ならば速やかに関係各所が動くはずだが、立て続けに響く爆発音と細かな震度、そしてスラスターを瞬かせる連合軍所属のアームズを目にしたアルは今起きている事象の深刻さに気がつくのだった。
「やべえぞこりゃテロでも起きてんな。」
「アサヒさんがいない時にまずいっスよ。」
ピーターがアルの言葉に反応する。ライドスーツの操縦はニコル以外の全員ができるのだが戦闘の経験などはもちろん無い。そして今の彼らには近隣のコロニーに退避する以外に手立てはなった。しかし彼らの貨物船を護衛できる者がいなかったのだ。
「みんな居るな。こんなとこでグズグズしてたらやられるだけだ、準備でき次第逃げるぞ!」
幸いアサヒ以外のクルーは荷役作業を終え一旦フェイロン内に集まっていた。アルは係留されている支持アームが外すと、フェイロンのスラスターからプラズマの炎が上がる。
そしてフェイロンが港出口に向かおうとしたその時、目前にある虚空に火線が走った。次の瞬間連合軍アームズが爆散しその残骸を四方に撒き散らしていく様が見えた。そして瞬く間に戦域は拡がっていき港の出口付近もすでに連合と襲撃者との交戦状態になっていた。
「クソッまじか!?だが行くしかねぇ!みんなスーツの用意しとけよ!」
「パパ……。」
「ヤバい死にたくないっスよ!」
戦争の記憶の薄いニコルとピーターは怯えてきっていた。そして火線が衰えた瞬間アルは覚悟を決めてスロットルを開き最大加速で弾幕の隙間に滑り込んで行く。
振動と爆発音が響く港を飛び出したフェイロンはアームズ達が飛び回る戦闘空域を横切る。そこかしこで戦闘の光が瞬き、その後方ではフェイロンに続き何隻かの民間機が飛び出して来るのだった。しかしそのうちの何隻かは流れ弾の餌食となり爆光を爆ぜさせていた。
襲撃者の規模から近くに母艦がいるはずだったが、アル達はそれに出くわさない事を祈るしかなく、とにかく戦闘宙域を離れるために近くのコロニーに向かうのだった。
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