母と子と
「可愛いなぁ、こいつ。」
アルマがテントの中でジャガヌートを撫でる。すっかり人間に慣れたジャガヌートも撫でられるのが心地よいのか、嫌がる素振りも見せず喉を鳴らしていた。
「こいつの名前付ける?」
「は?森に戻すって言ってんだろ?」
森の中で初めてジャガヌートに出会ったときは、見殺しにすると言っていたはずのアルマはツヤツヤの毛並みとぷにぷにの肉球の虜に成り果てていた。
「細かい事はいいじゃない。早く元気になれよ〜。」
夜も更けて、その日二人と一匹は仲良くテントの中で過ごすのだった。
翌朝、アルとアルマが焚き火をつけ朝食の用意をしている。
「朝ごはんはミルク煮だよ〜。」
「熱いのは食べられねぇぞ。」
和やかな会話をしながら、朝食を食べる二人と一匹。朝食を終え、動けるようになったジャガヌートとテントの周りを軽く散歩するのだった。
「なあアル兄、名前どうする?」
「好きなの付ければいいだろ。」
「黒いからネロとかどお?」
「まあいいんじゃない。」
そして二日ほど経ち、野生生物の回復力は凄まじくジャガヌートの傷はほぼ塞がり、すでに走る事が出来るまでになった。
そこへパオロが様子を見にやって来た。
「アル君、アルマ君おはよう。ちょっと気になる話しがあってな。」
昨日狩人仲間が森でジャガヌートの痕跡を見つけたというのだった。
「この森でジャガヌートは珍しい、この子とは関係ないかも知れんが、もし雌親だとすれば探している可能性は高いのでな。もし出くわす事があれば素直に返してやるのだぞ。」
「母ちゃん探してんのかな。ネロも母ちゃんに会いたいよな。」
「えぇ〜、このままガンツォ一家で飼ってもいいんだけどなぁ。」
「馬鹿な事を言ってはいかんぞ。アル君、いくらこの子が人に懐いているとはいえ、野獣なのたぞ。野生で生きている物は野生で暮らすのが一番だ。」
「そうだぞアルマ母ちゃんが探してんなら、ちゃんと返さねぇとな。」
「分かってるよ。」
「とにかく、気を付けるんだぞ。」
パオロは狩りの為に森に入って行くのだった。一時間ほど森を進むパオロと仲間達。すると仲間の一人がレンフォの死体を見つけた。それはまだ新しく大型の獣に食べられた後であった。
「これは……、すまない私は引き返させてもらう。」
パオロはその食事の跡がジャガヌートだと確信した。そして急いでアル達の元に戻る事にしたのだ。
その頃、アルとアルマ、そしてネロは昼ごはんの用意していた。
アルはネロの包帯を交換する為にネロの身体に巻いた包帯を外していた。
すると、ネロは何かに気がつき森の方を向く。
「ん?どおした、ネロ」
二、三度鼻を鳴らし、匂いを嗅いだネロは突然森に向かい走りだす。
「おいっ!待てって、」
アルは慌ててネロの後を追う。
ネロは森に入って行った。ネロの向かう先の茂みからは何かが蠢く気配がすると、次の瞬間黒く大きな巨体がゆっくりとその姿を現した。
ネロは、恐ることなくその巨体に向かい進んで行く。
「おーい!ネロ?どこ行った。」
遅れてやって来たアルは、ネロの名を呼び森に入って来たが、その光景に足を止めざるを得なかったのだ。
「うおっ!マジか!」
アルの目の前に現れたのは成体のジャガヌートであった。それは今まで一緒にいた幼体と比べるとあまりにも力強く、正に森の支配者の風格を漂わせた獣だった。
「ネロ!?もしかして母ちゃんか?」
傍にいるネロに気付いたアルが声を掛ける。ネロは久しぶりに会った母親に甘える様に足下に寄り添うのだった。
しかし母親は、突然現れたアルに視線を合わせると、威嚇の表情を表す。
「グルルルルゥッ」
低い唸り声と共に上体を低く構えるジャガヌート
「おい、待て、俺は何にもしねえーーっ!!」
言いかけた瞬間、ジャガヌートは距離にして5m以上を一飛びで跳ねると、アルは押し倒され、地面に仰向けに倒れていた。そして両肩は強靭な前脚で押さえつけられ、身動きが全くとれなくなっていた。
「待て待て待て!ネロ助けろって!!」
アルの目の前には、大きく鋭い牙を剥き出しにした母親の顔が迫る。
ネロが慌てて、母親に飛びつくと、アルを睨みつけていた目線をネロに向けた。
「おーい!アル兄、ネロー!どこだー!」
そこにアルマがやって来る。
「うおいっ!ジャガヌートじゃねーかっ!!」
ネロに促された母親は、その前脚をアルからどけるとアルの傍に座りネロの顔を舐めるのだった。ひとしきり母親に舐められたネロは、地面に転がり二匹を眺めるアルの下に来ると顔を舐めるのだった。
「舌べらザラザラだなぁ。」
そして、二人と二匹はテントに戻ると、ネロと母親にミルク煮を与えた。
「いや、まじで死んだと思った……。」
「俺もアル兄やられたと思った……。」
今だに、生きた心地のしていない二人、少し離れた場所にはジャガヌート親子
ネロのおかげで母親は大人しくしているが、凄まじい緊張感に包まれている。食事を終えたネロがアルマの下にやってくると、いつもの様におかわりの催促をする。そしてアルにはなでなでを求めてきたのだった。
「ネロはいつも通りだな。」
「緊張感ねえなぁ。」
アルの膝の上に乗っかり腹を撫でられるネロを見た母親も、警戒を緩めると姿勢を崩しその場に寝転ぶのだった。
その頃、二人と一匹を心配したパオロは森の入り口付近に戻って来ていた。
だが、その更に奥には、白い巨体とその仲間達もいた。
その群れは、一度逃した獲物と狩りを邪魔をした生物に対する憎悪に似た感情とともに凶暴な意思をはらみ真っ直ぐに彼らを目指していたのだ。
閲覧ありがとうございます。
よかったら、ブクマ、感想などお願いします。




