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君たちの逃避行について  作者: 黒江 司
9/10

その9 軽音楽部 コテツの場合

『今日は一緒じゃないのか?』

大地が言った。

「うん」

俺の頷きに少しだけ首を傾げた彼が、

『珍しいな』

とこぼした。


「そういう日もあるよ」

『そうか』


俺は、良くも悪くも大地のこういう潔さが好きだ。何で?どうして?なんて台詞はほとんど彼から出てこない。けれどそれが時々、無関心に思える時があって、そういう時は大体、俺が突っ掛かる。それを大抵いなすのが彼の得意技で、右から左へ流すように、のれんに腕押し糠に釘。そうして衝突を避けてきた彼は、ついこの間俺に目に見える刃を向けた。俺はそれが悲しくもあったし、同時にほんの少しだけ、嬉しくもあった。


『元気がないんだ』

「光?」

『竜。光もそうなのか?』

と片眉をあげる彼に、あぁ、そっち。となんとなく気まずい。


「いや、今光の話してただろ」

そう言って誤魔化して、

「竜どうかしたの?」

と聞けば、

『わからない』

と答える。


「元気無いんだろ?」

『きっと』


きっと、とは何だ。唐突に切り出しておいて。

大地は時々、酷く曖昧な表現をする。優しい奴なんだ。嘘をつかない。でも本当に時々、こうやってぼんやりとした答えを吐き出して、俺は混乱する。


『光は?』

「え?」

『光は?』


同じ言葉を二度繰り返すだけの彼は、それ以上何も言わないつもりらしい。


「言えない何かが、あるんだろ」

諦めたように俺が言えば、

『竜も』

と寂しそうに笑った。


『虫の良い話だな』

彼は呆れたように言って、

『自分だけ他人の気持ちを知ろうとするなんて』

と自嘲した。


彼は多分、熊谷瞬と知り合いだったことを言わなかった自分を少なからず責めている。自分で彼に詰め寄っておいてこんな事を言うのはおかしいけれど、その自責の念を俺のせいで抱いたのだとしたらいたたまれなかった。


「ごめん」

『…何?』

不意に出た謝罪に白眼を大きくした彼は、

『虎徹が謝ることじゃない』

なんて言葉をかけてくるんだから胸がいたい。


「俺が土足で踏み込みすぎてたんだよ」

『…そうかも知れない』


申し訳なくなって出た言葉をまるで否定しない彼に、「おい」と弱気な不服を申し立てると、


『でもそれがお前の良いところだろ』


と笑った。


「そうかな」

『そうだよ』


校門を揃って出ると、彼がぼんやりとした声で言う。


『竜は、溜め込みすぎるところがあるから』

「うん」


暑い日差しは日暮れと共に少なくなって、代わりに夜風が吹き始める。随分日が長くなったな、なんて言う彼の声を聴きながら、ぼそりと呟く。


「-光さ、今日歌いに来なかったんだ」

『そう…』


「光はさ、」

『うん』


「俺に何も言わないんだ」

『…うん』


俺の言葉を邪魔しないようにゆっくりと答えてくれる彼の声が、赤く染まり始める街に落ちる。


「でもわかるんだよ」

『うん』

「時々、何かを言いかけるような顔するんだ」


ヒグラシの涼しい音。あぁ、夏だ。


「でも、何も言わないんだ」


『光は、』


日が落ちる。


『お前の事、大切に思ってるんだよ』


「…うん」


彼の声は深みのある声だ。俺の洞窟に響くような低い声とは違う、優しくて深みのある声。言うつもりの無かった思いが、ぽつりぽつりと零れていく。


『お前の事も、竜の事も、俺の事も。きっと竜もそうだ』


「…うん」


『だからもし光や竜が動けなくなった時は、俺達が側にいてやれば良い』


「大地」


迷いの無い、凛とした姿の彼が、俺を見る。


『でも人の気持ちに土足でズカズカ踏み込むからな虎徹は』

突然浴びせられる悪口に、

「大地は言い方がキツい」

と反射的に返すと、

『俺は事実しか言わないんだ』

そう言って笑った。


『大事にしているものって、どうして大事なんだと思う?』


「え?」


『大事なものを、大事だと思った理由だよ』


「大事だと思った理由…?」


まただ、大地のぼんやりとした投げかけに首をひねる。何を大事だと思ったかによって、理由は違うような気もするが、なんにせよ好きだから、が先行する気がする。


「好き、だからかな」

『うん。それが全てだと、俺も思うよ』


大地のぼんやりとした答えが、ヒグラシの声に飽和した。


「そう、かもね」

『まぁ次は直ぐに踏み込まずに、』

「相手の気持ちを考えて、から?」

『うん。でもお前のそういうまっすぐなところは、見習わないと』


微笑む彼の顔。ぐ、と世界が回りだしたような気がした。


「大地、なんか、変わったな」


きっとそれは、彼の世界が、変わったせい。俺の知らなかった彼の周りが、動き出したせい。


「俺を誉めるのなんて珍しいじゃない」


俺の言葉は夏の夜に浮かんで、


『言っただろ』


見上げる視線が挑戦的な彼は笑う。


『俺は事実しか言わないんだ』


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