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君たちの逃避行について  作者: 黒江 司
4/10

その4 サッカー部 ネコタの場合

この場合俺は誰に何をどうやって伝えれば良いんだ?

一番話さなくちゃいけない相手はもうここにいない。


不思議だよ。どうやってアイツの何かを動かしたんだろう。いつも薄い壁一枚隔てたみたいに核心に触れさせない、そういうところがあって。でもそれを無理に壊す気にはならなかった。押してもびくともしなくて、引くためのとってもついてない。鍵穴のような隙間もないし、とにかく開かずの間だったアイツの心を、どうやって。


熊谷瞬という男は、一体どんな奴なんだ?

なぁ瑞樹。お前が心を許した奴って言うのはさ。


俺は昔から少し落ち着きすぎているところがあって、いつもこうなんだ。全てが過ぎてから、あぁまたしくじった。って気が付くんだ。静観しすぎる癖があるのかな。冷静に物事を捉えようと考えているだけなんだ。相手にとってどうしてあげるのが一番良いのか、親身になって考えているつもりなんだけど、それが、どうして。


瑞樹はそんな俺と似ていた。ほんの少しだけれど。

温厚柔和で優しく人当たりが良いけれど、頑としてブレない芯がある。そのせいか譲れない事には頑なで…それがあの薄い壁の中にあるんだろうって思ってた。

お前の譲れないものって何だったんだろうなぁ。見えないのに、そこに有ることだけがわかる。

あの透明な、何か。


屋上はさぁ、サボるためにあるんだって。なぁ瑞樹、お前言ってただろう?

驚いたよ。生徒会長のお前がさ。そう言われるまではお前の事、クソ真面目ないい子ちゃんだと思ってたのに。

本当驚いたね、…それから嬉しかった。めちゃくちゃ面白いじゃんって、思ったんだよ。

俺勉強はさ、しなくても出来たんだ。昔から要領がよかった。持つべき物は大体持ってた。だからかな、なんだかいつも退屈で。


屋上はいい場所だったんだ。ただじっと時が過ぎるのを待つ。空を見上げて、辺りを見渡して。雲の動き、風の匂い、鳥の声、街の音。

授業は出ないでただずっとそこにいて、サッカーにばかり打ち込んで、先生には怒られまくってた。でもたとえ授業に出ていても、あの時の俺ならその場所が教室の机だったってだけで、やっていることは同じなんだ。授業内容なんかどこか上の空で、遠くの何かに意識を飛ばしてた。

それなら最初から屋上みたいな場所にいた方が都合いいだろ?って、言ったよな、俺。

今思うと本当に訳のわからない理屈だよ。でもお前はそれを否定しなかった。屋上はサボるためにあるって、そう言って一緒に空を見上げてた。

先生たちみたいに俺を注意するんだと思ったのに。屋上は立ち入り禁止なんだ。鍵を細工して外せるようにした事も分かってるんだろうに。何も言わないで、隣にいた。


退屈だと思っていた学校を見る目が変わったのは、その時だよ。

お前のおかげなのに。

こんな男が生徒会長をつとめている学校の何が退屈なんだって、思わせてくれたのはお前なのに。


あれから屋上には滅多に行かなくなって、授業にも耳を傾けて取り組んだ。学校を、学生らしく通う場所にしてみようってさ。まぁ、当たり前の事なんだけど。そうやって少しずつ"今"に慣れ始めたっていうのに、今度はお前がいなくなっちゃうんだもん。ズルいよなぁ。


お前は結局、その透明な何かを見せてくれなかったな。


…いや、俺が見ようとしなかっただけか。


俺はいつもそうだ。

親身になって考えている振りをして、所詮やりもしない事をやれば良かったと嘆いている。


そうだ、そうだな。


なんだよ、瑞樹。またお前に気付かされちゃったな。

俺という人間の、薄っぺらさを。



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