その3 弓道部 フクモトの場合
へぇ、変わったこともあるもんだ。
それが第一印象。
瑞樹の愛の逃避行について。
僕にとって彼は仲のいい友人だ。けれど今はそうでもない。正確には、そうでも"なかった"らしい。だって彼がこんな風になるって、僕は一言も聞かされていないもの。
でもだからって怒ったりはしない。人は誰でも、胸に抱えた秘密がある。それを知られると自分の中の何かが音をたてて崩れて、二度と元に戻せない大事な大事な秘密。
瑞樹もきっとそれを抱えていただけ。今の僕と同じように。
猫田はどこかに行ってしまった。まぁどこか、と言っても多分屋上だろう。あいつは僕とはちょっと違うから。これは瑞樹についての話だけど。
猫田と瑞樹は何て言うか、漫画やドラマでいうとこのロマンチックな出会い方をしているから。
一方僕は、ホント単純に、一年からずっと同じクラスだったってだけで。瑞樹は一年から生徒会に参加していて、当たり前のように生徒会長になった。たまにうちの部に顔を出しては、僕の行射姿を見つめてた。
心の奥に秘密があったって、僕にとっての瑞樹はいい奴だったから、関係無いんだけど。だから教室の中に君がいないのは、やっぱり寂しいよ。
完璧だと言われていた君が最も完璧にこなしていたのは、秘密を隠すこと。もしかしたらそれを隠すことで、完璧を護っていたのかも知れないな。
いつまでたっても静かにならない教室。それもそのはずだよ。君がここにいないんじゃ。
教壇に立つ気配のない先生達は、今頃鼻先を突き合わせて会議でもしているの?無法地帯と化した僕らの居場所は誰がどこにいてもおかしくない状態で、どよめきばかりが蠢いている。
今日はそこそこいい天気で、あぁ、こんな何でもない日に限って何かが起こるんだなぁなんて考える。
一年生と逃避行、ね。うーん、いいね、さすが瑞樹。君の中の何かが爆発でもしたのかな。
漫画のヒロインみたいだ。いやヒーローでも良いんだけど、どっちかっていうと君はヒロイン。
漫画やドラマだと救われる方。隠していた秘密、核みたいな何かが爆発して-
いや鷲掴みにされたのかも。ともかく君の中で何か世界がひっくり返るほどの大事件が起きて、今こうやって皆も騒いでる。
それにしたって自分の奥底に隠していたものを暴かれて解放されるなんて、本当に漫画やドラマみたいだね。世界に選ばれし者だけに起こり得る出来事。核が狙われるとイチコロ、なんてさ。敵に討たれたら取り戻せないんだ。
でも、味方に討たれたらどうだろうね。瑞樹、君を絶対に裏切らない人がその核を見付けたとしたら。
もしそうなら、君は。
全てから解放されるのかな。
それが、それがもし今の状態ならね、そうならね、瑞樹。
それでいいと思うんだ。
愛の逃避行でも何でも、やっちゃってよ。他人なんか省みないでぶっ飛んでみてよ。皆それを真似してみたくなる。心の奥にしまった核をさらけ出したくなる。君たちみたいに。
でも残念ながら僕は、その核をさらけ出せないんだけど。
僕もね、隠し通さなくちゃいけない秘密があるんだ。
でもそれを隠し通せるほど、僕は器用じゃないんだよ。
毎日ね、あの的に向かって矢を射ると、ほんの少しの心のブレでもすぐにバレてしまう。揺らいで、その行く先を変えてしまう。だから僕の心は、いつでも一定じゃなきゃ。
あの子が僕を見つめている視線に気がついても、その矢の飛んでいく先は、あの的の中心でなくちゃ。あの子の下がったハの字の眉が目の端に写っても、僕は穏やかでいなくちゃ。
気付いちゃいけない。可愛い後輩なんだ。だからこそ-
瑞樹、僕は、君ほど強くない。
秘密があっても、それすら秘密にして、核なんて最初から無いことにするよ。
そうして今日も、弓を引く。
瑞樹、僕は無理だったけど―
おめでとう。君はきっと、選ばれたんだ。