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忘れられた令嬢は空の瞳に恋をする  作者: きゃる
第二章 切り離せない過去
6/7

恐るべき真実 1

フィクションです。

実在の人物や建物、地名とは関係ありません。

「ここに隠れていれば、当分見つからないわね」


 私は今、縦浜(たてはま)のレンガ倉庫に潜んでいる。研究所で同じように薬の投与を受けていた、かつての仲間に会うためだ。離れてだいぶ経つけれど、彼は元気でいるかしら?

 思いは過去に(さかのぼ)る。


 ◇◆◇


十一といち、十五歳になったって本当ですか?」

「ああ。十四とよはまだ、八歳だろ。おねしょはしてないか?」

淑女(しゅくじょ)に対して失礼ですよ。それに私の名前は、鷹の花と書いて『ようか』。数字で呼ばれるのは嫌いです」

「嫌いも何も、それがここの規則だ。逆らえば、いくら十四でも罰を受けるぞ。薬の量を増やされて、苦しくなるのは嫌だろう?」

「それは、そうですけれど……」


 研究所に押し込められてうつむきがちの私に、食堂で顔を合わせるたびに話しかけてくれる少年がいた。坊主頭で綺麗な顔立ちの彼は、名を「十一(といち)」という。十一は気さくで話上手、真っ白な頬に真横に三つ並んだほくろが特徴的だった。おとなしかった私は、明るい彼に段々心を開いていく。


 遠くの村で人買いに売られた十一は、九つの時に研究所に買われたそうだ。その割には暗さを感じさせず、屈託(くったく)なく笑う。


「うちは兄妹が多いから、口減らしのため仕方なかったんだ。でも、そろそろ外で稼いで独り立ちしたいな」

「外で? そんなことができるのですか?」

「ああ。前にも、いつの間にか姿を見かけなくなった者がいる。大人達の話によると、外に出て働いているらしい。俺の希望は色町だ。上手くいけば給金をたんまりもらえて、いい思いができるぞ」

「色町?」

遊郭(ゆうかく)とか花街のこと……って、子供にはまだ早かったよな」

「子供扱いしないでください。自分だって、まだ子供のくせに」

「はは、違いねえや」


 冗談めかしてからかうくせに、時折寂しい目をする十一。彼は妹からの手紙を肌身離さず持っていて、私に自慢する。


「お前も結構可愛いけんど、お小夜(さよ)には負ける。兄ちゃん思いのいい子なんだ」

「……そのようですね」


 もう何度目になるかわからないやり取りの後、いつものように彼の手元を(のぞ)き込む。

 たどたどしい文字が並ぶ黄ばんだ紙は、何度も読み返したせいか、くしゃくしゃだった。十一は妹の姿を私に重ねているようで、二人きりの時も「鷹花」と言わずに「十四」と呼ぶ。響きが「小夜」に似ているからだろうか? 結局訂正するのを諦めて、私は彼の好きに呼ばせることにした。


 ちなみに遊郭では、遊女の他に男性も働いているのだとか。もちろん十一に聞いた情報で、本物を見たわけではない。確かに彼なら愛想が良くて顔もいいから、外の世界でも立派に勤められそうだ。


「十四、俺はいつかきっとここを出る。自由を手に入れるんだ!」


 一人っ子の私にとって、七つ年上の十一は頼もしい存在だった。兄がいればこんな感じだろうかと、考えたこともある。

 けれど十一は、私の知らないうちにここを出たらしい。ちょうど新しい薬が身体に合わず伏せっていた時だったので、私は彼に「さよなら」も言えなかった。


 それからの私は、再び口数が少なくなった。「成功した」と喜ぶ研究者達の手によって、狭い部屋に隔離されてしまったから。食事は部屋で一日二回、移動範囲はここと研究室との往復だけ。同じくらいの子供はもとより、被験者である仲間の姿を見かける機会もなくなった。




 日々は流れ、「化け物」と呼ばれることにも慣れたある日。

 研究所を逃げだそうと決めた私は、博士の部屋に忍び込んで鍵を探す。机の上をあさっていたところ、(すみ)でバツを付けられた大量の書類を発見。それは顔写真の()られた個人の資料で、番号や身体的特徴、投与された薬の名前や結果が細かく書き込まれていた。

 その瞬間、十一の言葉が恐怖とともに(よみがえ)る。


『前にも、いつの間にか姿を見せなくなった者がいる。大人達の話によると、外に出たらしい』


 ――本当に? 大きくバツが付いているけれど、()()()()()()()


 ふと、以前聞き流した研究者達の会話が脳裏に浮かぶ。


『十まで一人、超えると二人、か』

『ああ。この調子で行けば、二十を超えたら三〜四人は残れるかもな』


 もしその数字が私達に振られた番号で、「残る」が「生き残り」を意味しているのだとしたら?


 震える手で書類をめくる。

 バツがないのは、今のところ「八尋(やひろ)」だけ。

 私が十四で彼らの話が正しいとすると、十の位はあと一人?

 

「…………ああ!」


 私は思わず声を発した。

 それは、十一の紙にバツが付いていなかったからだ。もちろん私の名前にもバツはない。

 十一の顔写真のずっと下には、『縦浜、レンガ倉庫管理』の朱色の文字。これが現在の様子を示すものならば、彼はまだ生きている!


 ――研究所を無事に逃げ出せたら、会いに行こう!


 そう硬く決意したのに、帝都で記憶を失くした私は温かなカフェで幸せな時間に浸っていた。自分と同じ目に遭った者のことなど、これっぽっちも考えずに。

 山奥の施設では、恐らく今も研究が続いている。鷹束(たかつか)の名の下に、政府の協力を得て人体実験が繰り返されているはずだ。これ以上犠牲者を、「化け物」と呼ばれる力を持つ者を、出すわけにはいかない。

 

 とはいえ、研究所の警備は厳重で、いくら私が化け物なみの力でも一人で立ち向かうのは無謀だ。


 だけど二人なら? 

 十一は私の計画に賛同し、協力してくれるだろうか?


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