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忘れられた令嬢は空の瞳に恋をする  作者: きゃる
第一章 幸せな今
5/7

また会う日まで

「……いや。正直に言うと、もっと多くを望んでいる。鷹花(ようか)さえ良ければ、近いうちにその先へ――」


 少し照れながら、樂斗さんが未来を語る。

 だけど私は一緒になろうという申し出に、(うなず)くことはできない。彼の望むその先に、私はいないから。


 私は素手で車をとめた。

 そのことを聞いたはずなのに、彼は私の身を真っ先に案じてくれて。

 ――だからこそ、私はここには居られない。


 叔父の所有する研究所は権力者達と繋がっており、人体実験を平気で繰り返す。政府の依頼を受けて研究している(ふし)もあり、その存在は脅威(きょうい)だ。私と関わる者は、危険な目に遭うだろう。


 だから、離れよう。

 私の大切な人達を巻き込んだり、傷つけたりしないためにも。


「鷹花、暗い顔してどうした? あくまでも俺の希望で、無理強いはしたくない。ゆっくり考えて返事をしてくれ」

「……わかりました」


 この場で返事ができたなら、どんなにいいだろう。


『私もあなたが好きです。ぜひお嫁さんにしてください』


 そう、胸を張って言えたなら。

 あなたの隣にいたことで、私は幸せな夢を見た。

 このままともにある未来を――。

 けれど夢は所詮夢で、本来は望むべくもないことだ。


 (こぼ)れ落ちる涙を悟られまいと、私は唇を噛んで上を向いた。

 澄やかに晴れた青空を、一羽の鳥が横切っていく。


「トンビか。珍しいな」


 空に向かって伸ばされた、たくましい彼の腕。

 その腕を眩しい思いで見つめた私は、同じように手を伸ばす。太陽の光が指の隙間から差し込んで、輝いて見える。


「綺麗……」


 思わず()らした私の横で、空色の瞳が笑みを(たた)えた。


「今頃気づいたのか? 俺はとっくに知っていたぞ。手だけじゃない、鷹花はどこもかしこも綺麗だ」

「えっ……?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 樂斗さんは、私が自分を褒めたと思ったの?


「ええっと……」

「鷹花、好きだよ。身も心も綺麗な君と、この先もずっと一緒に生きていきたい。それが俺の素直な気持ちだ」


 答えに迷っていると、樂斗さんが真剣な表情で私を見下ろした。

 スッと通った鼻筋と整った顔の輪郭、涼やかな目元と(きら)めく空色の瞳。私の空はここにある。愛しい人の姿を、心に焼き付けておきたい。

 溢れんばかりの想いを閉じ込め、私は無理に笑って見せた。


 楽しい時間はあっという間。

 気づけば夕暮れで、そろそろ帰る時間だ。

 川の水面は以前と同じくらい、キラキラしていた。けれど私の心は全く異なり、悲しい思いを抱えている。


「このまま、時が止まればいいのに……」


 小さく声を発すると、樂斗さんが苦笑する。

 私の願いはただ一つ。

 叶うことならあなたの隣で、普通の女の子として普通の暮らしがしてみたかった。


「……鷹花?」


 名前を呼ばれて見上げると、樂斗さんの端整な顔が近づく。

 私はそっと(まぶた)を伏せた。

 この瞬間の喜びと胸のときめきを、いつまでも覚えておきたくて。


 私はこの日、愛しい人と初めての接吻(キス)をした。




 夜半に降った雨は、早朝には止んでいた。

 そのせいで周囲には、霧が立ち込めている。

 これなら霧が、姿を隠してくれそうだ。

 私は袋に入れた小さな鈴を取り出して、次いで『LUCK―MAY館』を振り返る。


「さようならも言わずに、ごめんなさい」


 そっと(つぶや)き、背を向ける。

 未練は断ち切らなければならないとわかっているのに、彼にもらった鈴だけは、どうしても手放せなかったのだ。お守り代わりに胸元にしまい、歩みを進める。

 

 ここからは、私一人の戦いだ。

 逃げるのではなく、立ち向かうため。

 広い空を、いつの日か笑顔で見上げられるように――


 そして全てが終わったその時は、大事な人達の住むこの場所へ、空色の瞳のあなたの元へと帰りたい。


 叶わない恋でもいい。

 あなたが私を忘れても、今度は私が覚えているから。あなたと同じ街に暮らして、あなたと同じ空が見たいの。


 また会う日まで。

 あなたはどうか、元気でいてね。



 *****



 二ヶ月後――。

 夕方前のこの時間は閑散(かんさん)としているので、店長のあたしとしてはゆゆしき問題だ。あの娘がいなくなってから、こんな日が多くなってきた。


「芽衣子さん、さっきの話の続きだけど……。鷹花ちゃんは、誰にも内緒でいなくなったんだよね?」

「ええ。思い詰めた様子だったから、そっとしておこうと言ったあたしがバカだったんだけど」

「芽衣子さんでも間違うことがあるんだな。で、弟くんはそのあとを?」

「そう。どうしても彼女を探すんだって、官憲をあっさり退職したの」


 ――鷹花がいなくなった後の、樂斗の行動は素早かった。辞表を出した翌日に、自分の刀と革袋を(かつ)いでここを出て行ったのだ。

 その日、玄関まで見送りに出たあたしは、弟と言葉を交わす。


『どうしても行くの?』

『ああ。鷹花を守ると約束したから』

『きな臭い匂いがするけど、それを承知で?』

『もちろん。彼女を一人で泣かせるわけにはいかない』


 決意を秘めたその顔は、我が弟ながらカッコ良かった。


『それなら気をつけて、としか言えないわ。あとはここで帰りを待っている、としか』

『そうしてくれ。彼女と行き違いになっても困るから』

『まあ頑張りなさいな。そういえば、その鈴……鷹花とお(そろ)い?』


 鷹花は桃色だったが、樂斗は水色の紐のようなものを付けていた。二人が初めて出かけた翌日に、彼女が嬉しそうに見せてくれたから、しっかり覚えていたのだ。


『ああ。こんなことなら、もっといいものをあげれば良かったな』

『それは帰ってからのお楽しみ、ね。男なら、好きな子は生涯大事にするものよ』

『離婚した姉貴が言うと、妙に説得力があるな』

『うるさいわね。いい、一人で戻って来るんじゃないわよ』

『心得た。それじゃあ』


 刀に結んだ鈴が、ちりんと小さな音を立てる。

 一切の迷いなく旅立つ弟に、あたしは笑顔で手を振った――。


「まっ、そんなわけよ。あたしはまた、すぐに会えると信じてる。さ、そろそろ混むから、ひやかしは帰った帰った」


「ひっどいな。常連客が店の名前が変わった理由を聞いただけなのに」


 あたしは「ふふ」と笑って店の外に立て看板を出しに行く。この時間のお薦めは、あの子の好きな果物たっぷりのパンケーキ。


「鷹花、みんなが帰りを待っているのよ? あんたを『化け物』と言った車の持ち主は、こっちでとっちめておいたから。あなた達、今頃どこにいるのかしらね」


 店の看板にはこう記されている。


LUCK(ラック)YO(ヨウ)(かん)』――樂斗と鷹花に幸運を。


 空はどこまでも青かった。

もちろん全てフィクションです(^^ゞ。

相変わらずの亀更新ですが、よろしくお願いいたします。

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