表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れられた令嬢は空の瞳に恋をする  作者: きゃる
第一章 幸せな今
4/7

あなたの側にいたかった

 白い壁と天井、無機質なベッドは、研究所内に与えられた部屋の記憶。警備は厳重で、逃げることなどできなかった。開発中の怪しい薬で身体を強化された私は、力だけがどんどん強くなっていく。気がついた時には、人の域を超えるものとなっていた。


「この結果には、現総帥(そうすい)も満足されるだろう」

「ああ。もう少し手を加えれば、軍事利用もできるな。高く売れそうだ」


 研究者達の心ない会話に、胸が痛む。

 前総帥の一人娘である私は、ここに来るまで何不自由なく育った。けれど、彼らにとっての私はもはや人ではなく、研究材料だったのだ。


 そんな自分が大嫌い。小さな窓が一つだけの、白くて狭い部屋。切り取られた空の青だけを見て生涯を終えるのかと思うと、絶望が襲う。


「閉じ込められたまま、一生を終えるつもり?」


 自分に問いかけ悲観しては、打ちひしがれる日々。

 しかし、研究所での生活が十年を超えたある日、着替え中にこんなことを考えた。

 

 ――太ももの(あざ)は、特殊な薬を入れた注射針の(あと)。これは、繰り返される実験に耐え抜いた証拠だ。無力? いいえ、今の私はここにいる誰よりも強いはずでしょう?

 

 肩までの薄茶の髪に眼鏡をかけた若い博士が入室し、甘い言葉を(ささや)く。でもそれは、私を(だま)して数々の実験に協力させるためだと、知ってしまったのだ。


 彼は私を利用した。

 それなら私も……彼を利用しよう。


 博士の服からカギを抜き取り騒ぎを起こし、研究所を抜け出した。山中に身を隠し、ある時は走りある時は汽車に紛れ、とにかく遠くを目指す。

 何度も追いつかれそうになるものの、必死に逃げ延びた。


 そして、この街にたどり着く。

 ここの夜は、どこよりもキラキラしていた。

 

 ――都会に(まぎ)れれば、見つからないかもしれない。


 そう考えて疲れ切った顔を上げると、幼い頃に読んでもらった絵本のような可愛らしい建物があった。緑の屋根に白い壁、窓越しに見える温かそうなオレンジの光。中から聞こえてくるのは、楽しそうな笑い声。父が好きだと言ったコーヒーの香りが、表にまで(ただよ)う。


LUCK(ラック)MAY(メイ)館?」


 ここは、幸せだった頃の我が家を象徴しているみたい。懐かしさと憧れの滲む目でボーっと眺めていたところ、ふいに誰かが近づいた。その人の腕の中で、私は急に意識を失う。


 ――なんてことはない。過去の記憶は、私自身が手放したものだった!



 ◇◆◇



鷹花(ようか)! 今、下で聞いた。怪我(けが)はなかったか?」


 息を切らした樂斗(らくと)さんが、血相を変えて飛び込んで来る。

 だけど私は知ってしまった。車なんかに私は傷つけられない、と。


 全てを思い出し、小刻みに震える。

 樂斗さんがそんな私に腕を回し、優しく包みこむ。

 だけど私は、彼にしがみつくことすらできない。自分の力がわかった以上、抱きしめ返す行為は危険だ。私は力を抜くため両腕を(わき)に垂らすと、(まぶた)を閉じた。


「樂斗さん……」

「鷹花、大丈夫だ。俺がずっと側にいる」


 彼の引きしまった身体は温かく、響く鼓動は力強い。爽やかな香りとかすれた声には、胸がときめく。

 けれど、手は伸ばせない。

 いくら彼の気持ちに応えたくとも、呪われた身体がそれを許さないのだ。


 あと少し、ほんの少しでいいから。

 私はただの鷹花として、あなたの側にいたかった。

 どこにでもいる18歳の女の子として、幸せな夢を見ていたかったのに――。




 翌日、私は樂斗さんが非番だと聞き、店長の芽衣子(めいこ)さんに休みをもらうことにした。芽衣子さんは「復帰したばかりなのに、もう?」と文句を言うでもなく、二つ返事で了承してくれる。


 ――昨日の騒ぎがあった後では、お店に出せないからかしら?


 皮肉っぽい考えは、すぐに打ち消す。

 芽衣子さんも樂斗さんも昨日のことには触れず、今朝もいつもと同じように接してくれた。あんなことがあった後なのに、優しい二人は私を奇異の目で見ない。


 記憶を取り戻したことは、まだ内緒。

 お願いだからもう少し。

 このままでいたい。


 私は樂斗さんに、「この前の河原に行きたい」と訴えた。

 勇気を出して自分から、彼をデートに誘ったのだ。樂斗さんは私を怖がる素振りは見せず、嬉しそうに笑ってくれる。


「鷹花に誘われるのは、初めてだな。いいよ。せっかくだから、手を(つな)ごうか」

「いいえ、それはダメです!」


 首を激しく横に振る。

 うっかり力を入れると、彼の手が壊れてしまうかもしれない。薬がない分、研究所にいる時よりも力は弱まっていると思う。だからといって、単なる『怪力』では済まされないことを、私自身が一番よく知っている。私は『化け物』――人と呼ぶには遠い存在に変化しているのだ。


「それならこれは?」


 樂斗さんが、私の小指に自分の小指を(から)めた。彼の優しい仕草に、泣きたくなるほど胸が熱くなる。

 好きな人の隣で感じる、その人のぬくもりと息づかい。それは、白く狭い無機質な部屋に閉じ込められていた私が、長年夢見ていたことでもあった。


「本当にこの前と同じところでいいのか? 他にももっと、鷹花が楽しめそうな場所があるぞ」

「いいえ。私は樂斗さんの側にいられれば、それで…………あっ、いえ」


 思わず本音を言ってしまい、恥ずかしくなって語尾を(にご)す。


「俺もだ。鷹花が笑いかけてくれたら、それだけで頑張れる」

「そんな……」


 耳に心地よい会話。

 今日が過ぎればそれすらも、(かな)わないと知っている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ