看板娘は怪力娘?
シリアスに挑戦!
よろしくお願いしますm(__)m
鳥のように空を飛べる翼がほしい。
青い空を見ると、胸が締め付けられるように痛むのは、どうしてなのかしら?
「鷹花~、店のすだれを下ろしておいて。今日は日差しが眩しいから」
「はーい」
夏の青空に浮かぶ白い雲。
空を横切る鳥の群れ。
ここでの生活に不満はないけれど、空を見ると感傷的になるのは、どうしてなのかしら?
私の名前は鷹の花と書いて「ようか」。
帝都にある人気カフェ『LUCK―MAY館』で給仕として働いている。袴姿が似合っているとか、真っ直ぐな黒髪と淡い茶の瞳や白い肌が可愛らしいとか。お客さんの褒め言葉は大げさだから、もちろん真に受けてはいない。
店長の芽衣子さんは、茶色のゆるふわ髪で着物の似合う美人さん。面倒見が良く、26歳の離婚経験者。このお店は、彼女が元の旦那さんからもらった慰謝料で開いたという話で……あわわ、内緒だった。
店長には三つ下の樂斗さんという弟がいて、姉弟仲はすごくいい。お店の名前は二人の名前を取って付けられた……と思ったら、芽衣子さんは違うと言う。
「LUCKは幸運で、MAYはあたし。要は、あたしが幸せになれればいいのよ」
サバサバした性格の芽衣子さんは、いつでも明るく前を向いて生きている。だから私は、彼女を尊敬しているのだ。
弟の樂斗さんは、官憲の仕事で今は不在。夜になれば戻って来るが、いろんな女の人が彼を見ると頬を染める。背が高く精悍な顔立ちの彼は、女性にかなりモテるのだとか。
自己紹介が少ないのは、私にはここで暮らす以前の記憶がないから。三年前、お店の前でボーっと立っていたところを樂斗さんに発見されて、保護された。今はここの二階に住み、公私ともに美貌の姉弟のお世話になっている。
「鷹花ちゃん、今日も可愛いね」
「あ、典雅さん、いらっしゃいませ。いつものですか?」
「そう。芽衣子さんの淹れるコーヒーは美味しいからね」
「たまには私が……」
「いや、無理しなくていいよ。鷹花ちゃんはいてくれるだけでいいんだ」
「それでは仕事になりません。ちゃんと淹れますよ?」
「大丈夫かなぁ」
常連の典雅さん、なんだかちょっぴり失礼だ。
「おーい。鷹花ちゃーん。こっちも」
「はーい」
『LUCK―MAY館』は人気店で、午後はひと際混みあう。
私は他の給仕とともにお客様からの注文を取り、お店の中へ。厨房では店長の芽衣子さんとお手伝いの方がコーヒーや紅茶を美味しく淹れたり、パンケーキをふんわり焼いたり。甘い香りに、私までお腹が空いてきたような。
「ふわあ~」
……ってダメダメ。仕事中だわ!
「ありがとうございました~」
帰るお客を見送って、テーブルを片付けようとしたその時――。
「いけない! お客様、お怪我はございませんか?」
持ち上げたお皿を割り、さらに落としてしまったのだ。慌てて謝るけれど、たまたま近くに人がいなくて良かった。それにしても、このお店のお皿はどうしてこんなに割れやすいのでしょう?
「鷹~花~、あんた、また~~」
「め、めめ、芽衣子さん! じゃなくって店長! すみません、わざとじゃないんです」
「それくらいわかっているわよ。お客様が怪我しないように片付けておいてね」
「はーい」
「もう、返事だけはいいんだから」
苦笑しながら厨房に戻る芽衣子さん。
その後姿に向かって常連さんが一言。
「美人だけど厳しいよな。大丈夫、俺はいつでも鷹花ちゃんの味方だよ」
「お気持ちは嬉しいのですが、芽衣子さんはとっても優しいですよ?」
「もっと優しくすればいいのに。鷹花ちゃんが来たおかげで、この店は繁盛しているはずだ。ほら、今日も君目当ての客でいっぱいだろ?」
「そんなことはありません。芽衣子さんのお料理が美味しいからです」
「いーや。誰がなんと言おうと、看板娘の鷹花ちゃんのおかげだ」
他のお客様も頷ずくから、私は真っ赤になってうつむいた。なんだかお皿を割った時より恥ずかしい。
ここの人達は、素性の知れない私を温かく受け入れてくれた。だから、少しでも役に立とうと思っているのに、毎日失敗ばかり。
お掃除したら箒の柄を折ってしまうし、お料理を手伝おうとしたらまな板がパキンと半分に。どうやら私は、普通の人より力が強いみたい。
看板娘なんて、とんでもない!
『怪力娘』と呼ばれても、おかしくないと思う。
明るく振る舞うように心がけてはいるものの、過去の記憶がない、人と異なる自分が怖くて時々不安に押し潰されそうになる。
そんな私に、ここのみんなは優しく接してくれた。
私の変化にいち早く気づいてくれるのは、弟の樂斗さん。官憲のお仕事を立派にこなす彼は、たぶん私よりも年上だ。
だからだろうか?
樂斗さんが私を見る目は、子供に接するように優しい。
私は閉店後の、ゆっくりくつろぐ時間が大好きだ。
綺麗な芽衣子さんの隣で、樂斗さんが長い足を組んでコーヒーを飲む。その姿はカッコ良く、すごくサマになっている。
「――そんなことがあったのか。誰にだってミスはある、気にするな。鷹花はそのままでいい。皿や箒で、値段の高いこの店が傾くわけでもなし」
「あら、帝都では普通の価格よ? この辺は物価が高いから、むしろ良心的じゃないかしら。それより樂斗、言葉は正しく使いなさいね」
「どういう意味だ?」
「鷹花はそのままでいい、じゃなくて、そのままの鷹花がいい、でしょう?」
「なっ……」
芽衣子さんの言葉に、樂斗さんが片手で顔を覆う。
赤くなって怒ってる?
でも、ケンカするほど仲が良いとは羨ましい。だって、私は一人っ子だから……
「……あっ!」
「どうした」
「なあに?」
「思い出しました! 私は一人っ子だったようです」
二人が顔を見合わせる。
重要な情報ではなかったので、がっかりさせてしまったらしい。
「他には? その……以前見た太ももの痣だが。それとなく聞いてみたものの、行方不明の中に該当者はいなかった……すまない」
「正直に、もう一回見たいって言えば? まあ、隠さなかった鷹花も鷹花だけどね」
「違っ」
「うう。樂斗さん、ごめんなさい」
私の右太ももの内側には、赤黒い痣のようなものがある。それだけが、身元を示す唯一の手がかりだ。
話題を変えて、面白おかしく話す芽衣子さん。
一緒になって笑いながらも、私は不安でたまらない。
――自分はいったい何者なの?
うつむく私の頭を、樂斗さんの大きな手がポンポンと軽く叩いてくれた。
「無理に思い出す必要はない。鷹花は、好きなだけここにいればいいんだ」
「樂斗さん……」
不意に胸が熱くなる。
そのままでいいとか、ここにいていいとか。
私は、そんな言葉が欲しかったような気がするの。
「あたし、お邪魔かしら?」
首をかしげる芽衣子さんの横で、樂斗さんが藍色の髪をかき上げる。
「だから、そういうの止めろって。鷹花が嫌がる」
樂斗さんが低い声で言い返す。
嫌じゃない。嫌というよりむしろ……。
火照った顔を見られたくなくて、私は再び顔を伏せた。