NO2
電車の空いた席を取り、すぐにスマホを見ようとしたが、正面に座りスマホをしている女性に惹かれてしまった。
(綺麗だなぁ)
凝視するのも申し訳なく、漠然とそんなことしか考えることが出来なかった。
微々神:電車の席座れたからゆっくりできるよー。
気づけばそんなチャットが来ていた。
☆にゃん丸☆:席取れたんですか!!?いいなぁ……私は立ちです……
可愛い女性を演じるというのはさほど難しいことではない。ネットという顔のない世界では素直で、守りたくなるような雰囲気を醸し出すだけで相手が勝手に女だと解釈してくれる。そこから相手がこっちをどういうキャラだと考えるかは「女である」という前提が必ず残るので、印象さえ植え付けることができればクリアなのだ。微々神:そっち満員なんだねー。都会方面かな?
☆にゃん丸☆:そうですよ‼不公平なので貧乏神さんも立ってください!!!
そうチャットに打ち込むと、先程女性の座っていた席から物音が聞こえた。ふと見てみると、女性がスマホを持ちながら立ち上がりフラフラと電車に揺られている。
(次の駅で降りるのかな……)
興味を無くしスマホを見ると、
微々神:立ったよー。ガラガラだから不審者にしか見えなさそうだけどね。
えっ?と思い前を見る。人の少ない電車、スマホを持ちながら急に立ち上がる女性。
(まさか……ね。)
人生で一度はこういうことがあってもおかしくはないだろう。なんといっても目の前にいる人は女性だ。あの貧乏神の筈がない。
☆にゃんまる☆:今そのチャットのタイミングで目の前の女性が立ったのでびっくりしました!w
と打ち込んだ。
「えっ?」
決して未来の口から発された言葉ではない。スマホに関心を吸われていたが大雑把な位置から考えると……
「にゃん……公…?」
目を丸くした女性がこちらを覗きこんでいた。
終わった。どう考えても。ネットでは顔が見えないから、相手の姿や状況がわからないから嘘八百で貫き通すことができる。だが、今目の前にいる女性は私の嘘を目の前で破った。リアルという目の前で。
「あ」の一言も発せずに唖然とする未来を見かねてか、
「えっと…どこで、降りるの?」
「えっ、あっ、つ、次の駅で」
しどろもどろになりつつ見知った見知らぬ人の質問に答える。
「ぁ…じゃぁ降りるところ同じだ…」
降りるところが同じ。その言葉が耳にはいるや否や、強烈な絶望感に襲われる。今すぐに逃げ出したい。今から否定しても間に合うだろうか。今日だけはやり直したいと天に祈る。だが、ここは魔法とは無縁の現実世界だ。絶対に、奇跡はない。
「もう着くよ。」
と、未来の耳に入った。
「あ、あ、いや、実はもう一つ先でさ、」
苦しい言い訳を続けようと思ったが、最悪の予想が頭を過り続け全く言葉が出てこなかった。俺が男だと言いふらされたら…?そうなれば俺の居場所は無くなってしまう。軽蔑され、無視されるかもしれない。無慈悲な到着アナウンスが聞こえる。
「じゃあ行くね?」
電車の外に出た彼女が言ったその時、
「待って!!」
と叫びながら未来は電車の外へ飛び出した。