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あれから何時間たった?
引きずられるように城の地下牢まで連れてこられ、牢屋の中に放り込まれてから今まで床に這いつくばって泣いていた。
そのうち喉がヒリつき、泣きすぎて頭が痛くなった事で現実に引き戻され、仰向けに寝転がり牢屋の天井を見ながら、ふとそんな事を思った。
体はあちこちぶつけたようで、痛みがあったが、それよりも心の方がひどく痛かった。
あれだけ泣いたのに、心の痛みは和らぐどころか更に痛みが増してくる。
ザカリーが死に、夫のメイソンはどうなったのかわからない。
そして、自分はいつ殺されるのか……。
悲しみ、不安、恐怖が私の心を押し潰す。
ルカ……なぜ私をこんな目にあわすのだ。
私は亡き父に恥じぬ立派な君主になろうと、今まで必死にやってきた。
ザカリーやレジナルドおじ様に助けてもらいながら、良い国に私は導いてきたつもりだ。
なのになぜ?
ルカに言われた言葉が頭を巡る。
『それがわからない貴女だから、国が滅茶苦茶になったんだ!』
国が滅茶苦茶とは、一体何がどうなっているのかわからない……私は何かを間違っていたのか?
そんな事を考えていると、足音が聞こえ1人の男が私の牢の前で立ち止まった。
ロウソクの灯りでぼんやりと浮かぶその男の顔を見れば、ルカだった。
「姉上、落ち着きましたか? 食事を持ってきました」
そう言って、牢屋の鍵を開けてルカは中に入ると、食事が乗ったトレーを私の足下に置いた。
ルカの顔を見れば悲しみや恐怖の思いよりも、怒りがこみ上げてくる。
ザカリーを殺したと言ったルカ、私の幸せを奪ったルカ……怒りが全身を駆け巡り、牢屋から出て行こうとするルカの背中に、食事の乗ったトレーを思い切り投げつけた。
「なぜザカリーを殺した! ザカリーが何をした! ザカリーはお前などに殺されていい者ではない!」
掠れた声でわめく私を無視して、ルカは投げつけられて床に転がった木製の器を、淡々と拾っていた。
「答えろ! なぜザカリーを殺したんだ! なぜ私が捕らえられなければならない! 私が一体何をした!」
ルカはフゥーと息を一つ吐くと、真剣な眼差しで私を見た。
「姉上、今この国の状況がお分かりですか?」
「ザカリーやレジナルドおじ様のおかげで、民は豊かになり、その証拠に肥え太った者もいると聞いている」
ルカは私の答えを聞いて、呆れたように言った。
「いったい、いつの話をしてるんですか? 今、民は飢えています。姉上が投げたこの食事も今の民にはご馳走だ。柔らかいパンも、野菜がたくさん入っているこのスープも……」
「嘘だ……こんな質素な食事がご馳走なわけがない! 民が飢えている? それでは、城の食事がいつもと変わらないのはおかしいではないか! お前は私を騙そうとしているのか?」
そうルカに問いかけると、ルカは牢屋の鉄格子を殴りつけた。
ゴンっと鈍い音が静かな地下牢にこだまする。
少し曲がった鉄格子を見て、私は息を呑む。
「姉上は愚かだ! ルエンダ侯やカナリエンシス王に騙されていたとまだ気付かないのか! カナリエンシス王国は戦争をせずに、このストリクタ王国を乗っ取る計画をしていたんだぞ!」
「そんな馬鹿な……レジナルドおじ様はずっとこの国が豊かになるように支援してくれていたんだ! 14で女王に即位した私は政治を全く知らなかった。だから、ザカリーがカナリエンシスの国王であるレジナルドおじ様を紹介してくれて……」
「考えろ! おかしいじゃないか! 普通に考えて小国の宰相ごときが大国の王をなぜ紹介できる?」
「ザカリーが言っていた。レジナルドおじ様とは旧知の仲だと……」
「くそっ! いったい、いつからこの計画は進められていたんだ! 俺もレオ王子に出会うまでは無知だったから人の事を言えないが……」
悔しさなのか怒りなのかは分からないが、ルカは歯を食いしばると、私に背を向け、何度も何度も鉄格子を殴り続けた。
「俺は姉上だけは助けたかった! 俺が辛い時に何度も助けられたから……でも、もう引き返せない!」
ルカの顔は見えないが、泣いているのか肩が小刻みに震えていた。
「レオ王子は姉上を処刑する決断を覆してはくださらない……姉上は昔の俺と同じ、ただ無知なだけだと言ったんですがね……でも、今話して分かりました。姉上は過ちに気づかないぐらい毒されていたとね。レオ王子は正しかった」
ルカは袖口で顔をグイッと拭いて、私の方に振り向いた。握り締められている拳には血が滲んでいた。
「ストリクタ王国女王 イザベラ・ストリクタ! お前は明日、斬首刑に処す!」
最後にそれだけ言ってルカは牢屋を後にする。
私はルカに言われた言葉達の意味を瞬時に理解できなくて、動く事ができなかった。
もう頭の中は滅茶苦茶だ。
それでも、すぐに理解できた事は、私が明日死ぬという事だった。