兄と「妹」
王太子カールは屈強な体つきをした大男だった。その体つきを見た人々はみな賞賛していた。これで王国も安泰だと。外見だけで安心感を与えるほど威厳があった。一方の妹のオルガは男垂らしの猥らな娘だと忌み嫌われていた。一方でそれなりに美少女の風貌はしていたので、とある国の故事から「傾国の妖女」などと揶揄されていた。
そのオルガの身代わりにされた娘オルガは、はじめての公式な出迎えの仕方の誤りに気が付いていた。でもどうすることも出来ないので冷静な顔をしようとしてが、かえって変な顔になっていた。それにしても本当のオルガってどんな女だったのだろうか? それが気になっていた。
馬車の御者はオルガの行動を見て王太子に対し当てつけでもしているように感じていた。公爵家に輿入れしても男子優位と長幼の序があるとはいえ、オルガにも王位継承権を保持しているので王家の人間として扱われている。そのため貴族の中でも上位のはずなのに、あえて平民と同じ出迎えをするのは王族や大公ではないノルトハイム公爵家に輿入れしたのを不満だという態度を示したのだと。オルガの誤りは悪意あると受け取られた。
一方、カール王太子は内心やっぱりだと思った。目の前にいるオルガは瓜二つであったが、妹ではないとすぐ分かった。妹はいつも兄を見下すような眼差しを投げ掛けていたというのに、目の前の女の視線は困惑と尊敬の念が籠っていた。
この時、事前に予定されていなかった王の使者がノルトハイム家に派遣されたのは、王女オルガの出奔を告白する手紙が国王夫妻に早朝届けられたためであった。何かの冗談だろうと思って先にノルトハイム家に秘密の往復書簡が送られたが、コンラートもそう認める返事があったので確かめにカールが来たわけだ。
「オルガ、問題なく結婚初夜を過ごしたのだろうな? ノルトハイム公爵とは士官学校時代からの同期だからな。今後のことを色々と話をしにやって来たんだ。いいよな?」
カールはオルガにそう言ったが、オルガは首を縦に振ってうなずくだけであった。オルガはこれから起きる事が不安ばかりしか感じられなかった。その表情をカールは読み取ると周囲の者の視線を逸らすために、わざと床の上に持っていた剣を落とした。
「セバスチャン、殿下との会見は水上楼で行うから準備するように」
コンラートはそう指示するとオルガにはこういった。
「そんなに緊張しなくてもいいぞ。兄妹なんだから」
オルガはそういわれてもなお緊張していた。目の前にいるのは次期国王になるのが確約されている王太子だ。こっちは名もない薬の行商人だ。でも何故か懐かしい気がした。なんとなく心が安らいだが、その感情が意味する事までは分からなかった。
一方のカールもそれは同じだった。妹が出奔し身代わりに誰かがいるのを知った時、どんな偽物の娘がいるのだろうかと思った。しかし、目の前にいるオルガは今まで自分に対し厳しい態度をとって来た妹よりも妹のように感じるのだ。こんなオルガだったら良かったのにと思っていた理想像だった。その微笑みに癒されそうであった。
「申し訳ございません。殿下」
オルガはそう言って臣下の挨拶をカールにした。その挨拶だけは上手くいったが、会話は続かなかった。それを見ていたその場にいた多くの者たちは違和感を覚えたが、それがなにかまで分かるものはいなかった。
一同、応接間に移動するとそこにあるソファーに座ると、黙っているしかなかった。ここで話をすればどうしてもオルガの事が漏れてしまうからだ。いまここにいるオルガは身代わりだとバレてはならないから。
「殿下、準備が整いました。水上楼に移動してください」
セバスチャンがそういうまで、その場の空気は硬直していた。秘密を漏らすまいとする当事者たちによって。