見えない関係
寛大な心でお読みください。
「あの二人さっきから一言も話してないし、目も合わせないわよ」
「知らないの?有名よ。いつ婚約破棄するかって噂」
パーティー会場で口さがない人達の興味を引いているのは、深緑の髪に明るい水色の瞳でにこやかな微笑みを絶やさない伯爵子息のセバン・ガリラヤと
藍色の髪に明るい紫色の瞳で硬い表情の伯爵令嬢のヴィーダ・ボストークのカップルである。
二人は婚約しているのであるが、その仲は良好なようには見えない。
まず、二人はダンスをしているが目線は合わず、令嬢は明後日の方向ばかり見ている。
また踊り終わっても一言も話しはしない。しかもヴィーダはすぐにセバンの元を離れてしまった。
一人離れたヴィーダに話しかける令嬢が一人。どうやら友人らしく楽しそうに話している。ヴィーダは先ほどまでとは打って変わってよく喋っており、ずっと黙っていた姿が嘘のようだ。
これでは二人の関係について噂されるのも仕方ないだろう。
二人は結局一言も喋らず、パーティー会場を後にした。
二人は同じ学園に通っており、同じクラスである。そこでもまた二人が喋っている姿を見たことはない。
誰とも喋らないわけではない。ヴィーダは友人と楽しそうに喋っている姿をよく見かけるし、セバンも無口ではあるが喋りかけられれば答える。
お互いにだけ喋りかけたり、話したりしないのだ。
「セバン、ボストーク嬢とはどうなんだ。皆心配してるぞ」
やはりクラスの友人達も二人があまりに話さないので心配しているようだ。男子生徒がセバンに話しかける。
「問題ないよ」
「問題ないわけないだろ。お前いいやつなのに何で話しかけないんだよ。案外ボストーク嬢も待ってると思うぜ」
「そうかな」
「女子は今日の家政の授業でお菓子作るらしいから、欲しいって言えよ。チョコ好きだったろ」
「そうだね」
「…絶対言わないやつじゃん」
セバンの変わらぬ態度に友人も呆れ気味である。
4、5人のグループでお菓子を作っているようだ。その中でヴィーダは楽しそうに材料を混ぜている。
「美味しくできるといいわね。楽しみね」
「そうね」
「味がバニラとチョコレートから選べるみたい。どっちにしようかしら」
「私はチョコレートにするわ」
どうやらヴィーダはチョコレート味のマフィンにするようだ。
「ねえ、ヴィーダはガリラヤ様にマフィンあげないの?私は一応婚約者に渡すわよ。」
友人の言葉にもヴィーダは曖昧にほほ笑んだだけであった。
型に流し、オーブンに入れようとしゃがんだ時、いきなりヴィーダが立ち上がった。
「ごめんなさい、オーブンを触ってしまったみたい。保健室に行ってくるわ」
「大丈夫?私も一緒に着いてくわ」
「すこし掠っただけだから一人で大丈夫よ。途中なのにごめんなさい」
「あとは焼き上がりを待つだけだし気にしないで。早く保健室行って」
ヴィーダは一人保健室に向かうのだった。
女子が家政の授業の間、男子は剣の授業を受けている。
しかし、その雰囲気はどこか浮ついている。どうやら女子にお菓子をもらえるのではないかと期待をしているようだ。
模擬剣で打ち合う中、一人の生徒の剣がすっぽ抜け飛んでいく。先ほどセバンと話していた男子生徒に当たりそうだ。
今にも当たるかと思われたとき、セバンが模擬剣を掴んで止めた。
「セバンありがとっ、って怪我してんじゃん」
「軽く打っただけだから心配ないよ」
「いいから保健室に向かうぞっ」
男子生徒が無理やり保健室にセバンを連れていく。
保健室に向かうと、ヴィーダが薬を手に塗っていた。二人の仲を知っている男子生徒が気を聞かせて話しかける。
「ボストーク嬢も怪我をしたんですか」
「オーブンに触れてしまって。でも問題ないですわ。セバンも大丈夫そうで良かったわ」
「そうなんですか。こいつ俺を庇って怪我したんです。でも少し手のひらを打っただけで済んでよかったです」
二人が話している間にセバンの手にはシップがまかれ、手当てが済んだようだ。
「私、授業に戻りますね」
「俺らも戻ります」
ヴィーダと別れ授業に戻る道中、セバンは男子生徒に怒られている。
「なんで一言も喋らないんだよ。自分の株を上げるところだろ。ボストーク嬢の心配もしないし」
「問題ないから」
「またそれか。…そういえば、俺たち二人で行ったのに何でセバンが怪我したって分かったんだろ」
「…そうだね」
怪我をして、男子生徒に怒られているというのにセバンは幸せそうに笑っていた。
伯爵邸の庭でセバンとヴィーダがお茶をしている。親睦を深めるために定期的にお茶会をしているのだが、二人が仲良く喋ることはない。
相変わらずヴィーダは明後日の方向を向いているし、セバンは何も喋らない。
その様子を見ている影が2つ。セバンの両親が二人の様子を見て相談しているようだ。
「魔力の相性がいいからと、婚約させたはいいが相性がこんなに悪いとはな…」
「そうですね。このままではお互いに不幸ですわ。うちから言い出したことですけれど、婚約解消して頂きましょう」
「ボストーク伯には謝罪せんとな…」
執務室で夫妻が何やら苦悩している。そこにヴィーダが入室してきた。どうやら両親に呼ばれたらしい。
ボストーク伯が言葉に詰まりながらも話す。
「…ヴィーダ、セバン卿のことはどう思っているのだ」
「…婚約者です」
「そうではなくてな。…なんというか婚約についてどう思っておるのか聞きたいと思ってだな…」
「あなたったら、はっきりお言いになって。ガリラヤ伯から婚約解消の申し出があったのよ」
はっきりしない父親に代わり、母親が話し始める。
「正直言うとありがたいと思ったわ。だってあなたたち全く話さないのだもの。私達だってヴィーダに不幸な結婚はさせたくないわ」
「了承の返事をする前にヴィーダの意見を聞こうと思ってだな。…どう思っているのだ」
両親の言葉にヴィーダは驚いているようだ。少し悩んでから口を開く。
「私はセバンと結婚したいと思っています。…出来れば話し合いの機会を持ちたいのですが」
「ヴィーダがそう言うのなら、そうしよう…」
両親は心配そうな表情で了承するのであった。
伯爵邸の一室に伯爵子息のセバン・ガリラヤ、伯爵令嬢のヴィーダ・ボストークとその両親達が集まっている。
重々しい雰囲気の中、ガリラヤ伯が話し始める。
「今日集まっていただいたのは、セバンとヴィーダ嬢の婚約についてなのだが…。こちらから婚約を申し込んでおいて申し訳ないのだが、二人の婚約を解消して頂きたい」
ボストーク伯が話し始める
「私も娘を不幸にはしたくない。しかし娘が婚約を解消したくないと言っておってな。…セバン卿の話を聞かせて頂きたい」
「…私もヴィーダ以外の人と結婚するなど考えられません。」
セバンの言葉にヴィーダ以外の皆が驚く。その中で父のガリラヤ伯が答える。
「全く話さず、目も合わせない。お世辞にも仲がいいなんて言えないだろう」
「話さないのは話す必要がないからです」
「…どういうことだ?」
意味の分からないことを言うセバンに不審そうな顔をしてガリラヤ伯が聞き返す。
「私とヴィーダは話さずとも意思疎通が出来るのです。…ヴィーダ」
「…そうなんです。私達はお互いの考えが話さずとも分かるんです。魔力の相性が良いからか、原因は分かりませんが。物心ついた時にはこのような感じでした。…セバン、今私が考えていることは?」
「“全く、すぐ私に喋らせて”だな。…ヴィーダ、私の考えは?」
「その通り。セバンの考えていることは…知らないっ」
ヴィーダは急に赤くなったかと思うと明後日の方向を向いてしまった。
「“ヴィーダは今日も可愛いし、美しい。こんな婚約者を持てて幸せだ”だよ」
「…私が黙った意味ないじゃない。恥ずかしい」
二人のやりとりを見ていた両親達だったが、我に返りセバンとヴィーダに確認を取り始める。
「一言も喋らなかったのは?」
「声に出していないだけでずっと話しています」
「目が合わないのは?」
「…セバンがずっと甘い言葉を言ってくるから恥ずかしくって」
「すぐに離れるのは?」
「だって全て筒抜けなんですもの。距離があれば聞こえにくくなるので」
「私は全部知って欲しいし、全部知りたいのに」
「そういうところよ」
確認作業が終わり、両親達はぐたっと脱力している。
「…婚約は継続ということで」
「そうですな…」
二人の婚約は無事に継続されるようだ。
「あの二人さっきから見つめあって。…ダンスを何曲踊っているのかしら」
「いつ婚約破棄するかって噂だったのに、どうしたのかしら」
パーティー会場で口さがない人達の興味を引いているのは、伯爵子息のセバン・ガリラヤと伯爵令嬢のヴィーダ・ボストークのカップルである。
二人は見つめあいダンスをしながらも何やら話している。
「ヴィーダ、今日のドレスもとっても似合っているし。私が送った首飾りを着けてくれて嬉しい」
「なんで口で喋るのよ」
「婚約破棄間近なんて言われてるのは許せないからな」
「だからって、こんなに踊らなくても…」
「ヴィーダの態度も噂の原因の一つなんだから、ちゃんと私を見てて。今日はどこにも行かせないから」
「…善処するわ」
どうやら二人はしばらくこのまま踊るようだ。
仲睦まじい様子に噂もそのうち無くなるだろう。
ヴィーダは火傷していません。
セバンの痛いって声が聞こえたので保健室に向かいました。
拙い文章を最後までお読みいただきありがとうございました。