第八十五話 サンダー将軍
「あれ? 俺は幻覚を見ているのか? 生きたタロウが目の前にいる」
「私もいるぞ」
「ええっ! ララベル王女様ではないですか! お傍付きのミュウ殿と共に、与えられたオアシスが枯れた際に渇き死にしてサンドスコーピオンに食べられてしまったと、バート王国が発表していましたよ」
「あの兄らしい言いようだな。呆れてものも言えん」
「私ももう死んだ人扱いですか。相変わらず扱いが悪いですね」
夕方、砂獣狩りを終えて自宅に戻ってきたサンダー元少佐に声をかけると、彼はまるで幽霊でも見たかのような表情で驚いていた。
実は顔見知りであるララベルとミュウを見たら、さらに驚きの声をあげてしまう。
死んだと聞いていた私たちが生きていて、まったく縁がないはずの私とララベルたちが一緒にいたので余計に驚いたのであろう。
「まあ、ここではなんですので家の中にどうぞ」
外で話を続けていると、私たちの正体を知っている人の目に触れてしまうかもしれない。
サンダー元少佐は、私たちをすぐに家の中に入れてくれた。
「あなた?」
「お茶だけ出してくれ」
「わかりました」
サンダー元少佐は、出迎えた奥さんにお茶を出すように命じた。
彼女は私たちにお茶を出すと、そのまま無言で部屋を出て行ってしまった。
「察しのいい奥さんだな。サンダー少佐」
「ララベル様、元少佐ですよ。ああ、実は元中佐だ。二度と軍に戻れないので無意味ですがね。まあ妻とはつき合いが長いので」
「私とタロウ殿も、ああいう夫婦になれたらいいな」
「あまり言葉を交わさなくても、阿吽の呼吸で分かり合えてしまう。そういう夫婦もいいですね」
サンダー元少佐の奥さんは、彼と同じくらいの年齢であろうか?
特別美人でもないけどブスでもなく、ちょっとほんわかした人に見えるけど、私たちを見てもなにも言わず、お茶だけ出して部屋を出ていってしまった。
夫であるサンダー元少佐と話さなくても、彼の意図を読んで行動するいい奥さんであり、ララベルとミュウも彼女みたいになりたいと感心していた。
「えっ? タロウとララベル様とミュウ殿が結婚?」
「色々とありすぎて、そういうことになったのだ」
「私もですよ」
と言いながら、ララベルとミュウは嬉しそうにサンダー元少佐に左手の薬指に嵌めた指輪を見せた。
「あの兄が、私もミュウも死んだと公表したのであれば好都合。私とミュウ、そしてやはり死んだことになっているタロウ殿は、あの世で一緒になったというわけだな」
「私たちは幸せなので、陛下がどう思うと関係ないですけどね。タロウさんいわく『ボクの考えた最高に格好いい国造り』に忙しいでしょうから」
「なあ、タロウ。どういうことなんだ?」
「詳しい話は今からします。私がリススに向かう砂流船で遭難したあと……」
私は、サンダー元少佐にこれまでの経緯を詳しく説明した。
「はあ? バート王国南西部から極点に国を作った? 『変革者』とは凄いものだな。だが、『変革者』の適性が現れたのがレベル百を超えてからとか。あの王様、人を見る目がないんだな」
「倒した砂獣が消えるという特性は、最初からでしたけど」
それだけだと、最初はいくら砂獣を倒しても無料働きになってしまうので、王様が私を見限っても別におかしくはないのか?
他の為政者たちなら、全員が気がつくというものでもないだろうから。
「砂漠エルフたちが南に集まっているという噂は聞いていたが、まさかそんなことをしていたとは……」
『南西諸部族連合』のある領域はほとんど人も住んでおらず、そこに砂漠エルフたちが集まって国を作ったとしても、それを知って伝える者がいなければ、あの王様も気がつくわけがない。
自称バート王国の領地なだけで、詳細を把握しているわけではないのだから。
「しかも、枯れた海が復活しただと。あの王様に知れたらことだぞ。そうでなくても、中央海が枯れたあとにウォーターシティーを取ったはいいが、いつ黒字になるかわからず、大貴族たちに批判されているのだから」
「だから、サンダー元少佐に会いに来たのですよ」
バート王国は、まずはシップランドを支配下に置き、次はオールドタウンで、最後に自称領地の完全掌握を目指している。
つまり、じきに『南西諸部族連合』の存在が知られてしまうわけだ。
あの王様が、『南西諸部族連合』に対し野心を持たないわけがない。
「そこで、シップランドとは水面下で協力状態にあるのですよ。シップランドを墜とされると、うちも危険になるので」
「うち?」
「ああ、私は便宜上そこのトップなので」
今は、『南西諸部族連合』の大族長カトゥーを名乗っていると、サンダー元少佐に説明した。
「この半年ほどでえらいことになってるな。それで、どうして俺に顔を見せた? 知人にタロウの生存を知られるのはリスクだろうに」
「サンダー元少佐が、わざわざ王都に戻ってあの王様にそれを伝えるとは思わないので」
「そんな面倒なことはしないな。下手にあいつに取り立てられてもな。あいつの取り巻きたちと、大貴族やその縁者たちとの陰湿な政治闘争のスタートだ。このところ王都では、銀の食器がよく売れていると聞くな」
「毒殺ですか……」
「貴族たちは、毒殺が大好きだからな」
銀の食器がよく売れるのは、毒に触れると黒ずむからであった。
あの王様とそのシンパは、大貴族たちと裏で主導権争いをしているわけか。
「そんなわけで、俺はもうあそこには戻らないよ。だから家族も一緒に引っ越したんだ」
「ならば、私の国で将軍でもやりませんか?」
「俺がか?」
「ええ、今から軍人を一から育てるなんて無理なので」
それに、『南西諸部族連合』には人間が非常に少ない。
できれば、砂漠エルフ並とまではいかなくても、それなりに人数がほしい。
だがなんでも受け入れてしまうと、今度は人間同士の内輪揉めや内乱、主導権争いなどが原因でクーデターでも起こされたら面倒くさい。
スパイを入れてしまい、情報がバート王国に漏れたら本末転倒というのもある。
シップランドへの出兵が早まってしまうかもしれない。
そこで、まずはゴリさんタウンの治安維持を担当する軍の運営を、士官学校を出ているサンダー元少佐に任せるという考えを思いついたのだ。
「移動都市を一つ確保しているのですが、人口は千人ちょっと。統治機構も電子妖精任せで、軍という組織がないのです」
治安維持は、元砂賊でハンターをやっている人たちが交代でやっている程度なのだ。
もっとも住民たちは元々アイシャの下にいた連中なので、たまに酒を飲んで喧嘩するくらいだから、治安組織が必要な状態ではないのだけど。
「ただ、人口を増やすのにこれだと駄目なので」
「当たり前だ」
国を作る時、性善説だけではやっていけない。
治安維持のため、どうしても警察や軍隊という暴力装置が必要になるのだから。
「ツテがサンダー元少佐しかいないので頼みますよ」
「……久々に再会したら、えらく軽いノリで重職への就任を頼まれたなぁ……俺も昔は士官学校で、バート王国軍初の平民将軍になりたいなんて夢を見ていたな。それが本当に夢だと知ってからは腐っていた。ハンターの方が稼げるってな」
「サンダー元少佐殿」
「一から一国の軍隊を立ち上げる。大変だがやりがいはある。引き受けよう。あの王様にひと泡吹かせられるかもしれないからな」
「ありがとうございます」
「そういうわけで……なんて呼べばいいんだ?」
「一応私、大族長と呼ばれていますので、それでいいのでは?」
「わかりました。大族長。以後は軍のことはお任せを」
勧誘は無事に成功し、サンダー元少佐は、サンダー将軍としてゴリさんタウンの治安維持と防衛の責任者となるのであった。
私にはさっぱりわからない分野なので、引き受けてもらえてよかったと思う。