第五十二話 砂漠エルフの常識
「初めまして、私はキリンさん族の族長ビタールです」
「妻のクシャナです」
翌日、今度は私たちがキリンさん族の移動都市に案内された。
船で上陸し、族長の屋敷に案内され、そこで族長夫妻から挨拶をされる。
族長は二十代後半くらいであろう。
エルフということもあり、線は細いがかなりの美男子であった。
奥さんも美人であるが、まあこの世界だとドブスという扱いである。
「ゴリラ族の族長カトゥーです」
「本当に人間なのですね」
「ええまあ」
族長に悪気はないのだが、私は人間で初めて移動都市を再稼働させた人間だ。
珍しいのであろう。
「ですが納得しました。あなたは、『変革者』ですね」
「よくわかりますね」
ここは否定してもいいのだが、いきなり嘘をつくと相手の信用を失うかもしれない。
それに、どう考えてもバート王国と砂漠エルフたちの関係は良好ではないはず。
私を売ることはまずないと思い、私は正直に自分が『変革者』であると告げた。
「隠さないのですか?」
「隠しても意味がないと申しましょうか……。族長は私をバート王国に売るつもりがあるのですか? 新しい王の歓心を買うために」
「いえ、あの新王は危険なので。どうも噂を聞くと、あの新王は自分の理想がすべて実現する。なぜなら自分は絶対に正しいからだ、という性格をしているようですね」
「ええ……『僕が考えた最高に格好良いアイデア』を実現しようとしていますね」
「なるほど。その言い方はとてもフィットします。彼に対する警戒感は、シップランド、オールドタウンの上層部も感じています。我々砂漠エルフとて、彼らバート王国が主張する領地を認めたら、追い出されるか従うかの選択を迫られるわけで、あの新王は余計なことを考える困った人なのですよ。ゆえに、我々があなたの情報を、新王に伝えることなどあり得ないのです」
「なるほど」
完全に信用はできないが、今のところは特に危険視する必要はないか。
「あなたが『変革者』だとわかるのには、もう一つ理由がありますけど」
「もう一つですか?」
「あなたは、私の妻を見ても顔を顰めない。人間にとって、私の妻は耐えがたいドブスなので。我々砂漠エルフからすると、人間こそ酷いドブスを美人だと言ってチヤホヤしていて意味がわからないといいますか……とても趣味が悪いと思いますね。ですがあなたは、私たちと同じ女性の美醜に対する判断をお持ちだ。違いますか?」
「それは事実ですね」
砂漠エルフの女性に対する美醜の判断は、私のソレとまったく同じだ。
この世界の人間からしたら私は変わり者なのだろうが、きっと様々な世界に住むすべての人間の基準から言えば、この世界の人間の方が変わっているという判断になるはず。
将来そのことに、この世界の人間が気がつくことはあるのであろうか?
「我々は人間によりオアシスを追われ、苦労して移動都市の再稼働に成功し、これを住処としています。恨み言を言うつもりはないですし、我々も移動都市内のみでの生活なので、刺激を得るために交易もしますが、人間は我ら砂漠エルフの女性を見ると、あからさまに同情の視線を向けます。『可哀想に。あれだけの美男子なのに、あんなドブスを連れて』と。私たちは逆に、『よくあんなドブスを連れているな』と思ってしまうのですが、いい大人がそれを露骨に顔に出したり、ましてや直接言ってしまうなどあり得ないわけでして……」
私には、ビタール族長の気持ちがよくわかった。
この世界の人たちは、ララベルたちをドブスだと言ってバカにするが……特にこの世界の美女に多い……逆に、私からすれば『お前が言うな!』状態である。
だが、それを常識ある大人が口にしてはいけないし、そもそも誰も理解してくれないはず。
と思ったら、砂漠エルフたちは私と同じなので仲間ができたようで嬉しかった。
「カトゥー族長、私たちは同じ価値観を持つ者同士。仲良くしましょう」
「そうですね。私はこれまで孤立していると思っていました」
ララベルたちをドブスだとバカにする、私からすればクリーチャーたちの相手は、精神を削るばかりで疲れていたからだ。
サンダー少佐とシュタイン男爵くらいであろうか。
私が親しみを感じたこの世界の人間の男性は。
「気持ちはわかりますよ。ところで、面白い話があるのです。私が、カトゥー族長を『変革者』だとわかった原因の一つでもあります」
「面白い話ですか?」
「この世界って、人間だけがおかしいと言いますか……人間が一番数が多いですし、砂獣の価値観はわからないので、この世界の一般的な常識だとみんな思っているようですが……」
「あきらかに矛盾がありますよね。なぜ男性の美醜の判断と、女性のソレは正反対なのか」
本当なら、エルフは男女共に醜い種族だと思われなければおかしいはず。
それなのに、男性は全員が美男子で、女性は全員ドブスという風に評価されている。
この差はなんなのだと、私も思っていた。
「人間は気がついていないようですね。いや、それを知ってもおかしいと思わないのです」
「知ってもですか? もしかして!」
「ええ。実は、昔のグレートデザートの人間は、砂漠エルフと同じ価値観を有していましたよ」
つまり、普通にララベルたちが美しいと思う状態であったと。
「ある日を境にということですか?」
「はい。実は、大昔にバート王国以外で召喚された『変革者』が、女性の美醜の判断を正反対にしてしまう装置を発動させたのです」
女性の美醜の判断を逆転する装置。
しかも、効果があるのは人間だけというわけか。
もの凄い装置を考えるものだ。
「この『変革者』の名前は伝わっておりません。凡そ五百年ほど前なのに、なぜか名前が伝わっていない」
自分の名前を残さないよう、この件でも工作したのかもしれないな。
「なのに、不思議なことに彼の日記が残っているのです。その日記は、なぜか交易の代金を支払えなかった商人が、代金の代わりに我らに渡してくれたのですが、そこにはとんでもないことが書かれていました」
「とんでもないこと?」
ビタール族長によると、その『変革者』は優れた研究者だったそうだ。
今、この世界で使用されている魔道具の類の大半が、彼によって発明されたらしい。
「そんな彼には愛する妻がいました。決して綺麗とは言えない方だったそうです。ですが、彼は気立てがよく研究者である彼を献身的に支える妻を愛していたそうです」
ところが、そこに余計な口を挟んだ者たちがいた。
優れた研究者である彼を、仲間に引き入れたい王族や貴族たちであった。
「簡単に言うと、『そんなブスは捨てて、うちの綺麗な娘を嫁にしろ』というわけです。彼は激怒したそうです」
いきなり別の世界から呼び出され、この世界のために貢献しているのに、人の私生活にまで口を出すのかと。
自分が気に入っている妻を捨てろだなんて、お前らは何様なんだ! というわけか。
大きなお世話で、それは怒って当然だと思う。
「あとはわかりますよね? そういう装置を開発して稼動させたんですよ」
ただ、その『変革者』も砂漠エルフには迷惑をかけられないと思ったようだ。
装置が効いているのは人間のみであり、それが今でも続いていると。
「その装置は、今でもこの世界のどこかで稼働中というわけです」
「人間は、その装置の存在に気がついているのですか?」
「わからないのです。日記を持っていたのは人間の商人でした。彼がその内容を読まないはずがないと思うのですが……こちらの文字で書かれてましたしね。でなければ、私にも読めなかったわけでして……。問題が問題なので、内容を世間に公表するのを憚ったのかもしれませんし、日記を読んでもその事実に対してなんら思わないことも、装置の効果かもしれません」
女性の美醜の判断を逆にされたところで、メリットとデメリットの比率になんら影響はないからか。
美人とそうでない人の立場が一瞬で逆転するだけで。
「装置が停止したり壊れたら、美人の基準が元に戻るだけ。確かに、なんら影響はないですね」
女性個人の境遇は大いに変わるかもしれないが、全体で見たらなにも変わっていないという。
「『変革者』が作るに相応しい装置といいますか」
「ビタール族長は、この人に対し怒りはないのですか?」
この装置のおかげで、エルフの女性は災難だろうからだ。
「いえ、私たちはこういった移動都市に住んでいますしね。たまに来る人間にそういう目で見られたり、悪口を言われても一瞬で済みますから」
族長の奥さんは、この装置の発明者に怒っていないらしい。
怒ったところで、今の状況を改善するには装置を見つけて破壊するしかないというのもあるのか。
その装置が、どこにあるのかわからないのだけど。
「装置はどこにあるのでしょうか?」
「秘密だと、日記に書いてありましたね」
この情報は、意地でも公表しないつもりか。
グレートデザートの大半は砂漠なので、そこに隠されると発見は難しいかもな。
機会があったら探してみるか?
「というわけで、私たちからすればカトゥー族長たちは同じ価値観を持つ同胞なのです。歓迎しますよ」
いきなり移動都市を寄越せ。
でなければ開戦だ!
と言われなくてよかった。
「ほほう……これは見事な。ただ甘いだけでなく上品な」
「とても瑞々しいですね」
贈り物として、高級メロンとマンゴーを持ってきたら、ビタール族長も奥さんも美味しそうに食べていた。
砂漠エルフへの一番の贈り物は、果物なのだと実感した瞬間であった。