第五十一話 砂漠エルフ
「タロウ様、見えましたよ」
「確かに他の移動都市だな」
「本の記述どおり、砂漠エルフが温厚だといいですね」
「この砂漠で、あまりに戦闘的なのも考えものだからな。干からびて生き残れなくなる」
翌日。
ゴリマッチョの言ったとおり、こちらに接近してくる移動都市が確認できた。
見た感じ、ゴリさんタウン……ゴリマッチョの奴、意地でも改名を認めないのだ……より二回りほど小さいようだ。
上部にガラス状のドームが見えないので、ゴリマッチョいわくかなり古い型の電子妖精が管理している移動都市との話であった。
双方が数百メートルほどまで接近したところで、相手の移動都市から一隻の小型船が出てきてこちらに接近してきた。
船の上には耳が長い美男子と、船を操作する若い男性のエルフが確認できた。
「砂漠エルフの『キリンさん族』の者だ。貴殿らは?」
耳が長いので彼らはエルフのようだが、その部族の名前ってどうなんだと思う。
キリンさん族って……幼稚園の組じゃないんだから。
「でも、この移動都市も『ゴリさんタウン』ですからね」
「電子妖精がキリンなのか!」
「タロウさん、キリンってどんな生き物なのですか?」
「首が長い」
「なるほど……それって見た目が怖いですね」
「実際に見ると、そうでもないんだけどなぁ……」
他人に、知らない生物の外見を言葉だけで伝えるのは難しいな。
おっと、今はそんな無駄話をしている場合ではなかった。
移動都市下部にある港に接近してきた小船の前に、私たちは姿を見せる。
すると、彼らはとても驚いた表情を浮かべていた。
「人間なのか? 人間が移動都市の再稼働に成功したのか……」
「驚かれるのも無理はないが、そういう人間もいるということだ。それで、なにかご用件でも?」
「そうなのか……失礼した。私は、キリンさん族の族長ビタールの弟ビジュール。我ら移動都市を住いとする者たちは、移動都市同士が接近をすると挨拶をするのが習わしでな」
「そういうことでしたら、まずはこちらにお上がりください。我らゴリさんタウンの者たちは、同胞を歓迎しますとも」
「かたじけない」
私たちは、まずビジュールという青年を招待することにした。
彼は族長の弟らしいので、その身分に相応しい歓待をしなければ無礼になるからだ。
「先に招待していただいて感謝する。一見平和に思える砂漠エルフ同士の挨拶と交易ですが、どちらが先に招待するかなど、年寄りほど気にするものなので……」
自分たちの方が先に招待されないなど、向こうはこちらを侮っている。
年寄りがそういう細かいことを気にするのは、世界や種族に関係ないようだ。
「ご年配の方にはそういう人もいますね。我々はこの移動都市を再稼働させて間もないのです。先輩の顔を立てたというニュアンスでお伝えいただければ」
「それはとても都合のいい解釈ですね。あなたが、この移動都市の長でしょうか?」
「はい、ターロー・カトゥと申します」
この偽名、使うのは二回目だな。
まったく慣れない。
「なるほど。あなたは知性的で理性的な長であるようです。安心しました。それでは遠慮なくお邪魔させていただきます」
族長の弟であるビジュール氏は、もう一人に小型船の見張りを頼み、ゴリさんタウンに上陸した。
「水の蒸発を防ぐドームがあるということは、この移動都市を管理する電子妖精は最新型のようですね」
「本人はそう言っています。ところで、そちらの電子妖精はキリンなのでしょうか?」
「ほほう。よくおわかりですね」
ビジュール氏の態度を見るに、この世界にキリンはいないようだな。
少なくとも、今はこの世界にいないのか。
電子妖精は、今はこの世界にいない動物の形ばかりしているのかもしれないけど。
「自分はちょっと型が古いと言っておりまして、この移動都市ほど性能はよくないそうです。それでも、我らの貴重な生活の拠点ですけど」
そんな話をしながら屋敷に入ると、歓迎の準備をしていたフラウが顔を出した。
「ようこそ、ゴリさんタウンへ」
うちの名前も、あまり人のことは言えないか。
向こうは、部族名までキリンだけど。
「お飲み物はどうなされますか? 色々と取り揃えておりますけど」
「果物の果汁がいいですね」
「畏まりました」
フラウは、ビジュール氏に冷たいオレンジジュースをグラスに入れて出した。
有機無農薬栽培のオレンジを絞った高級品である。
当然『ネットショッピング」で購入している。
VIPに出すものだから、このくらいの気は使った方がいいであろう。
「これは素晴らしく美味しい果汁ですね。我ら砂漠エルフも元々は森の住民だったので、森の恵みである果物が大好物なのですよ。移動都市の面積を考えると、あまり量を栽培できませんけどね」
ビジュール氏によると、砂漠エルフにとってはご馳走である果物であるが、今ではなかなか手に入らない高級品だそうだ。
「元々は永遠に近い寿命を持ち、森の住民であったハイエルフ。今もどこかで少数が生きているという噂もありますが、誰も確認した者はいません。我ら砂漠エルフは寿命も食生活も人間とほぼ同じになってしまいました。そのため、砂漠エルフは堕落したなどと言う者もおりますけど」
寿命と繁殖力が人間並で、力はないが全員の魔力が多めで、手先が器用で頭もよく、人間よりも優れた技術を持っている。
その分人間よりも力と体が弱いので、砂漠で暮らしていると自然に数が減ってしまうそうだ。
そのため、人間たちに居住条件がいいオアシスから追われたあと、必死で移動都市の再稼働を成功させた。
自分たちが苦労した分、人間では移動都市を再稼働できないと思っていて、例外である私たちに驚いたというわけだ。
「お昼ですが、お肉は避けた方がいいでしょうか?」
「いえ、お気になさらず。我らは人間と同じものを食べます。ハイエルフは、肉や魚を食べなかったと聞きますけどね」
ハイエルフは人間よりも精霊に近い生き物であり、今の砂漠エルフでは交信できない精霊とコンタクトを交わし、その力を利用できたそうだ。
私の世界の創作物に出てくるエルフとほぼ同じだな。
精霊と交信するので、精進料理ということなのかもしれない。
「できれば、デザートは果物がいいですけどね」
本当に砂漠エルフは果物が好きなのだな。
それなら、それをメインに出した方が喜ばれるであろう。
「このサンドイッチは、果物が挟んであるのか。この肉料理にも、酸味が強い果物が用いられている。サラダにも果物が沢山入っているし、この料理のソースも果物だ。ワインも、果物酒も美味い」
フルーツサンド、酢豚、フルーツサラダ、鮭のムニエルフルーツソースかけ、ワイン、その他果実酒など。
変なご馳走を出すよりも、果物がいっぱい使ってある料理の方が砂漠エルフは喜ぶようだ。
お酒も、材料が果物であるものを喜んで飲んでいた。
「フラウ、料理が上手になったな」
「タロウ様に褒められました」
フラウは、私の料理の腕前をあっという間に抜いてしまった。
元々雑な男料理なので、抜かれるのは時間の問題だったけど。
「デザートは、フルーツタルトです」
これもフラウの手作りで、ビジュール氏は大喜びで食べ続けていた。
「なにしろ、我ら砂漠エルフは移動都市という狭い空間に住んでいるので、果物はなかなか手に入らない貴重品なのです。歓待していただいて感謝する。この果物はいいなぁ」
全部『ネットショッピング』で購入した果物だけど。
ゴリさんタウンの農業区画は、人手不足で稼働する目途も経っていないし、暫くは『ネットショッピング』で購入するしかないな。
「本日は、迎賓館の方にお泊りください」
「それはありがたい」
そういえば、迎賓館は今日初めて使うな。
用意は大丈夫なのかと思ったら、とっくにフラウが全部用意していた。
彼女の家事スキルは凄いな。
もしかして、スキルであるのかな?
『家事万能』とか。
「では、今日は休ませていただく」
砂漠エルフは、早寝早起きの種族だそうだ。
森に住んでいた頃からの癖というか、本能に近いものらしい。
そして翌朝……。
「この果汁をシュワシュワする水で割ったものは最高ですね」
朝から酒はどうかと思ったので、100パーセントフルーツジュースの炭酸割りを出したら、ビジュール氏はえらく気に入ったようだ。
この世界には炭酸水はなく、これも『ネットショッピング』で購入したものだけど。
「過分な歓迎に感謝する。次は、我らキリンさんタウンに案内しよう」
朝食後、ビジュール氏の案内で、私たちも船で砂漠エルフの移動都市へと向かうのであった。