第二十二話 ネットショッピング生活
「人生の目的? そうだな。今は砂獣を倒し、それで購入した品で楽しく暮らせればいいと思う」
「そうですね。このオアシスはララベル様の領地なのですが、領民もいないので開発する意味もないですし。一応、伯爵領なんですよね、ここ」
「周囲をサンドウォームの巣に囲まれ、そこを越えても、砂流船から降りればサンドスコーピオンの群れに襲われる。住みたい人間は皆無であろう」
「命がけで、ここに移住する人はいないと思います」
「というわけなのだが、タロウ殿はどう思う?」
「このままでいいんじゃないですか?」
事情があって世間に顔を出しにくい私たち三人は、オアシスに湧く泉の傍でチェアーに寝ころび、フルーツジュースを飲みながらノンビリとしていた。
『一ヵ月以内に10億イードルク支払えば、送料無料キャンペーン』という大きな目標を達成したため、今は定期的に休養を取っていたからだ。
ただ、『ネットショッピング』で欲しい物が買えないと嫌なので、砂獣を倒すのはやめていない。
ララベルさんとミュウさんは、レベル上げもある種の趣味になっていたので、討伐二日、お休み一日のサイクルを繰り返すようになっていた。
三人が寝ころんでるチェアー。
砂漠の真昼は日差しが眩しいので、それを防ぐビーチパラソル。
飲んでいるフルーツジュース。
好きにつまめるようにしてあるポテチやチョコレートなど。
すべて、『ネットショッピング』で購入したものだ。
それと、今は暑い三人は水着姿なのだが、真っ赤なビキニ姿のララベルさんは本職のモデルも真っ青なほどスタイルがよかった。
ミュウさんも、ビックリするほど肌が白くて綺麗だ。
これまで、よく砂漠の日差しで肌が焼けすぎたり荒れないなと思ったら、これもレベルアップの恩恵なのだそうだ。
強い日差しは皮膚ガンの原因と聞いたことがあるので、そういうものをレベルが防いでいるのかもしれない。
「あっ、でも念のために日焼け止めを塗った方がいいですよ」
私は、購入した日焼け止めを二人に勧めた。
「日焼け止めか。高級品だな」
「あるんだ。日焼け止め」
「レベルが低かったり、レベルが上がっても日焼けに耐性がない、王族や貴族女性の必須アイテムなのだ。とても高価なので、金持ちしか買えないがな」
そういえば、町を歩く平民の女性たちの中には日焼けをしている人も多かったな。
していない人たちも、無視できない数いたけど。
「レベルを上げると、日焼けをしなくなる者が出てくるのだ」
「その辺は個人差ですね。レベル2でも日焼けしなくなる人もいますけど、レベル100になっても日焼けする人もいますし」
実は日焼けって、決して健康にいいことではないからな。
レベルを上げると暑さに耐性ができるのと同じで、日焼けにも耐性ができるのであろう。
「私も日焼け止めって初めてですよ。素材は確か、『砂潜り大ガエル』の粘液ですよね?」
「らしいな」
砂潜り大ガエルは、そんなに強くはないが、非常に数が少ない砂獣である。
日中は砂に潜っていて、夜になると砂から出て砂大トカゲを捕食するとサンダー少佐から聞いた。
基本的に動くものにはなんでも飛びつくので、夜に砂潜り大ガエル目当てで砂漠に行くハンターも食われてしまうことがあるそうだが。
これの粘液が、この世界の日焼け止めの材料だそうだ。
カエルの粘液が日焼け止めかぁ……。
地球の女性にはウケそうにないな。
「タロウさん、日焼け止めを背中に塗ってもらえませんか? 届かないので」
「えっ?」
若い娘さんが、それをおっさんに頼んでいいのか?
「まさかララベル様にお願いするわけにいかないので、お願いします」
「それもそうですね」
そこは友人同士でも、主君と家臣との身分差を守るというわけか。
私はミュウさんの頼みを受け入れ、彼女の背中に日焼け止めを塗り始めた。
「いかにもお肌によさそうですね」
「高級品ですから」
とはいえ、この世界の日焼け止めは平気で数十万ドルクするそうなので、それに比べれば安いはず。
お肌への優しさは……この世界の日焼け止めの材料は天然素材なので、カエルの粘液であることに抵抗がなければかえっていいのであろうか?
「これで終わりです」
「ありがとうございます。お礼にタロウさんの背中にも塗ってあげますね」
「すみませんね」
次は、私がミュウさんから背中に日焼け止めを塗ってもらった。
美少女に日焼け止めを塗ってもらう。
悪い気はしないな。
日焼けについてだが、私もレベルアップの影響か?
ずっと日中日差しが強い砂漠にいても、全然日焼けしなくなった。
体も軽くなったし、肌艶もよくなったような……。
レベルアップには、アンチエイジング効果もあるのであろうか?
とはいえ、私の外見がおっさんなのに変わりはないけど。
「終わりましたよ」
「ありがとうございます」
「タロウ殿、次は私の背中に……」
「わかりました」
「いや、ミュウじゃなくてだな……」
ミュウさん。
あきらかにララベルさんは私に日焼け止めを塗ってもらいたがっているので、そういう意地悪はやめた方が……。
私も、役得がないわけではないので。
「じゃあ、私が」
ララベルさんの背中に日焼け止めを塗っていくが、肌の白さではミュウさんに負けるが、彼女も肌が綺麗だった。
「バサバサの肌だって、言われますけどね」
「そうですか……」
この世界では、要するに太っている女性が綺麗だと評価される。
肌も脂ぎっていたり、ニキビが酷い方が評価されるわけだ。
一方、ララベルさんやミュウさんのような肌は、脂っ気がない『バサバサな肌』だと悪く言われるらしい。
この世界の男性たちの価値観が理解できない……。
「スタイルもなぁ……私ももう少し肥えていればな」
この世界だと、ドラム缶体型の女性が最高だと言われている。
私は二回しか王城に入れなかったし、王都にいる時に貴族の女性とほとんど顔を合わせたことがなかったので、大貴族の女性ほど太っているという事実を知らなかったのだ。
『太れば七難隠す』みたいな言葉があるそうで、顔に自信がない人は取りあえず太るらしい。
太って顔が膨らめば、顔の造りの差がわかりにくくなるからであろう。
「私も頑張って食べてみたこともあったが、まったく太らないのでな。兄からも『貧しい平民か?』とバカにされた」
ララベルさんの食事量は人並みで、さらにハンターとしての運動量は驚異的だ。
太るわけがないと思うし、私に言わせればそのままでいいと思う。
「無理して太らない方がいいですよ」
私も年齢が年齢なので、この世界に召喚される前はちょっとお腹のお肉が気になっていた。
今は痩せたので問題なかったが。
デスクワークとハンター業では、運動量に大きな差があるからであろう。
王都での飯がイマイチだったというのもあるか。
「そうですとも、タロウさんの言うとおりですよ」
「タロウ殿の世界では、美醜の価値観が逆だったな。なかなか慣れないで困る」
二十二歳までずっとドブスと言われていたので、慣れなくて当然なのだけど。
「でも、この水着を見ればタロウさんの言うことに嘘はないことがわかりますね」
「そうだな。この世界の高貴な女性向けの水着とは、とにかくよく伸びる。これはそうではないからな」
この世界にも水着はあるが、すべてのデザインはワンピースタイプでビキニタイプは存在しないと聞いていた。
今日の二人はビキニタイプの水着を着ているが、これは『ネットショッピング』で購入したものなので例外なのだ。
基本水着は水に入る時に着るものなので、これも金持ちしか買えない高価なものとなっている。
そしてそれを着る女性の大半が肥えているので、その体型に合ったビッグサイズの水着が主流で、着ている人がさらに太るリスクを考慮して、とても伸びやすい素材でできているそうだ。
つまり、この世界では痩せすぎだと言われているララベルさんとミュウさんが似合う水着など販売しておらず……元々そういう人は、そんな体型で肌を晒すなどみっともないと周囲から言われるので、肌を晒さないそうだ。
逆に、『ネットショッピング』では二人が似合う水着が主流なので、二人は私の言っていることが事実だと確信したようだ。
「太って水着がすぐに着られなくなるリスクを考慮して伸びるのですか……」
私はその光景を想像してゲンナリしたが、この世界の男性はそれに欲情したりするのだから、本当に世界が変わればなのだ。
「こうなると『変革者」として評価されなかったのは幸せでしたね」
変に評価されて、王様や貴族から『うちの娘と結婚してくれ』と言われたら困ってしまうからだ。
なまじ向こうが、美女を差し出しているのだと確信しているので余計に辛い。
現代日本人的な価値観として、『あんたの娘はブスで太っている』と正直に言ってしまうと、それはそれで気まずいであろうからだ。
「難儀な話だな」
「ですから、今の生活がいいですね」
私からすれば、この二人の水着姿は本当に至福なのだから。
「二人とも、よく似合っていますよ」
「そうか。そんなこと、生まれて初めて言われたな」
「そうですね。私たちも、タロウさんと出会えてよかったですよ」
夕方までのんびりと楽しんだあとは、夕食を作ることにした。
「このコンロ、便利ですね。火力が調整できますよ。しかも安いです」
『ネットショッピング』で購入した携帯ガスコンロなので、そんなに高価でもなかった。
ミュウさんが作った魔力で加熱する装置は、火力の調整ができないという欠点があったので、こちらの方が使いやすい。
カセットガスも高価なものではないので、今ではこればかり使っていた。
ただ夜にテントの中を温める暖房器具は、以前ミュウさんが作ったものを使用していた。
携帯ガスストーブもあるのだが、一酸化炭素中毒の危険もあったし、毛布などの寝具を新調したらミュウさんの装置で十分に暖かかったからだ。
「タロウ殿、今日の夕食は?」
「刺身と焼き魚です」
『ネットショッピング』では魚も購入できるので、このところは魚料理が多かった。
この世界において、魚は非常に貴重な食材である。
世界の一割しかない海か、数少ない砂漠を流れている川や、オアシスの一部にしか生息せず、冷蔵庫もないこの世界では魔法で作った氷で輸送するしかないので、王都では王様でも自由に食べられないと言われているほど高価だったからだ。
『異次元倉庫』なら劣化せずに運べるが、元々『異次元倉庫』の特技を持つ者が少なく、魚の輸送に使うほど余裕もないので、やはり魚は貴重というわけだ。
「マグロの中トロ、とろけるようで美味しいですね」
「アマエビとホタテが甘いな」
「アワビの刺身はこのコリコリが美味しい。ウニも濃厚だな」
豪華な刺身の盛り合わせと、鮭の塩焼きを食べながらご飯を食べる。
米も『ネットショッピング』で購入したものである。
この世界には、米という穀物はないそうだ。
探せば原種くらいはあるかもしれないが、食べてもバサバサで美味しくないだろう。
「お米はほんのり甘くて美味しいですね」
「米は魚によく合うな」
米は、一緒に購入したガス釜で炊いているが、やはり炊き立てのご飯はとても美味しいものである。
この世界に召喚された時、なるべく忘れようとしていたのだが、やはり米はいいな。
「これも買ったんだ」
最近の『ネットショッピング』が便利でよかった。
殻付きの牡蠣も購入したので、早速ミュウさんが作った加熱装置の上に網を置き、そこで焼き牡蠣を作ってみた。
彼女が作った加熱装置は、バーベキューや焼肉などで役に立ちそうだ。
「焼けたら、モミジオロシ、刻んだアサツキを載せ、ポン酢をつけて食べる。お好みで、レモン汁を」
全部、『ネットショッピング』で購入したものだが、生鮮品も購入できるのは凄いな。
これがあれば、このオアシスから外に出る必要がないのだから。
「海の産品は美味しいですね」
「砂漠の真ん中で贅沢な話ではないか」
三人で焼き牡蠣を堪能し、デザートはイチゴを注文した。
この世界の原種に近い果物とは違って甘く、私たちは大満足のうちに夕食を終えた。
「果物とは、こんなに甘いものだったのだな」
「そういう風に作られていますから」
「バート王国でも作れるのであろうか?」
「できなくはないですけど、長い年月と膨大な手間がかかるでしょう」
この世界の場合、まず果物を育てる場所の確保が難しい。
砂漠を通常の土地に戻すには、とてつもない手間がかかるからだ。
まずはパンの材料である小麦や大麦が優先されるので、原種に近くそれほど甘くない果物でもとても高価なのが現実なのだから。
「ララベルさんは、王族の義務としてバート王国をよくしたいのですか?」
「いや、そうは思わないな。もしその気があっても、あの兄のことだ。殺されてしまうであろう。兄は、大兄様の急死で誰からも期待されないまま王になった。ゆえに、臣下の誰も信じていないのだから」
望まれずに王になった男が、なんとか自分の爪痕を残そうとするからこそ、無能と評価された私は殺されかけたのだ。
近づかない方が安全だな。
「別に、今のままでなにも不都合ないですよね」
「「それだ!」」
私は死んだことになっているし、下手に生きていることが王様に知られると大変だからな。
このままここに籠って生活していた方が楽だ。
「砂獣を倒して金を稼ぎ、好きなものを食べて生きる。それでよかろう」
「ですよねぇ」
将来どうなるかはわからないが、今のところはそれでいいだろう。
夕食を終えた私たちは、そのあと購入したトランプやゲーム類で遊んでから就寝したのであった。