灰塵別荘
またあいつが僕を見ている。そう思った瞬間にはあいつはもう僕を見ていない。知らんぷりをしているけど、僕は知っているんだ。あいつはいつも僕を見張っているんだ。
「よく当てたよな、すげーよ」
友達から返されたカードを大事にポケットにしまう。無くさないように、誰にも取られないように。
またあいつだ! やっぱり僕を見張っている。だけど僕があいつを見たときには知らんぷりをしている。
「どうしたんだよ?」
友達のサトシから言われはっとする。
「ううん、なんでもないんだ」
「ふーん。でもそれよく当てたな。それめっちゃいいレアカードでしょ?」
「俺もめっちゃ嬉しかった」
先生がやってきて、みんな自分の席につく。朝礼がはじまっても僕はあいつの視線を感じる。あいつ、ことヒビキの席は僕の斜め後ろだ。だから振り返らないとわからないんだけど、だけど怖くてふりかえれない。でも絶対、あいつは僕を見張っている。それもこれも全部あの日が悪いんだ。
僕の住む町には幽霊屋敷と言われる家があった。丘の上のぽつんとあって、まわりはぐるっと塀で囲まれている。隙間から見ると庭は草ぼーぼーで、ボロボロの家がその真ん中に建っていた。
「壁の隅が壊れていて穴が開いてるってよ!」
最初にそう言いだしたのは誰だったろう。トウキだったか、コウキだったか、それともサトシだったか。
僕らは連れだって幽霊屋敷に向かった。その中にたまたまヒビキがいたんだ。
途中で降りたやつ負けねーと、自転車の立ちこぎで丘をのぼった。みんなでワイワイやりながら幽霊屋敷までいって、噂の穴はとぐるっと回ると、すぐに見つかった。でも実際は穴ではなくて、壁の鉄の棒が一本外れていて、中に入れるようになっていたんだ。
僕らはサトシを先頭に恐る恐る入っていった。胸まで草が生えていたけど、かき分けながら何とか屋敷の前までたどり着いた。
丘の下から見るとそうでもないのに、近くで見ると屋敷はボロボロだった。塗装は剥げているし、壁の板にはコケが生えている。
手分けして入れないか見て回ったけど、ドアも窓も鍵がかかっていた。おまけに窓にはカーテンがひかれていて、中がどうなっているか分からなかった。
幽霊屋敷というには大げさすぎて、僕らはみんなでがっかりした。これじゃあ単なるボロ家じゃんと言い合った。
サトシがかくれんぼしようと言い出しだ。僕らは賛成して、じゃんけんをした。トウキが負けて、数を数えだした。
僕は屋敷の近くに隠れようとした。そうしたらヒビキも同んじように考えたようで、僕らは顔を見合って笑った。同じじゃつまらないなと思った僕は、どこかないかなと見回した。すると、玄関の端の柱を登れば二階のベランダまでいけることの気が付いた。
僕は登り棒が得意だ。柱の太さも丁度上り棒くらいで、これならいけそうだ。
僕は柱に飛び付いた。するすると登っていき、手を伸ばせばベランダに届きそうなところまで来た時だった。バキっと鈍い音を立て、柱が折れた。
僕は運が良かったのか綺麗に着地ができ、ケガはなかった。
問題はそのあとだ。
ベランダが傾くと同時に、屋敷もつられて傾いた。
屋敷が埃とすごい音で崩れる中、僕らはダッシュで逃げて無我夢中で塀の外にいた。みんなが揃っていた。自転車にのると、一気に駆け下りた。
次の日、新聞に幽霊屋敷のことがのっていた。崩れた後、火事になったということだ。どうやら勝手に住んでいた人がいたらしく、その人が使っていた火が原因で屋敷が燃え上がったらしい。中に居たその人が巻き込まれて亡くなった、とお父さんに読んでくれた記事には書いてあった……
僕は確かに憶えている。自転車で丘を駆け下りながら、ヒビキが僕を見ことを見たことを。その目はたしかに僕のやったことを知っているぞ、と言っていた。それは僕の妄想なんかじゃない。あの薄ら笑いは、全部知っている奴の笑いだ……
ヒビキと僕の家は近い。帰りはいつも一緒になる。
僕は家の前までくると、レアカードをヒビキに渡した。
「やるよ」
「え……いいよ」
しらじらしい奴だ。いつもこんなことを言う。
僕は目をそらしたまま家の中へ駆け込む。それもこれもあの目から逃げたいからだ……