脳死
お待たせしました、残り2回です。
コーナーに下がったカマキリは両腕をだらりと下げ、医師などに囲まれ診断を受けているキックボクサーを見つめ続けていた。
試合のルールに則ってそうプログラムされているからだ。
リング内にタンカが運び込まれ、ボクサーが乗せられるのも不動姿勢のまま見続けた。
ボクサーの脚はまだ痙攣している。
気を取り直したレフェリーが、勝者コールをするためカマキリに歩み寄ってくる。
カマキリはリング外へとタンカで運び出されようとしているボクサーから視線を外そうとしない。
それは深く沈んだ視線だった。
表情筋のない顔からは何も読み取れなかったが、カマキリが人間だったら泣いているように見えたのかもしれない。
大学院生が見つめるアドレナリン数値に変化が現れた。
(また出た)
例の症状だった。慌てて教授に報告しようと立ち上がったとき、研究チーム席の中央あたりから大きな叫び声があがった。
「あっ! ああっ!」
教授の横に陣取る部下の声だった。
「ダメだ! やめろ!」
カマキリがマットに両膝をつくように崩れ落ちていく。会場に突然生まれた静寂が、小さく広がっていく。
「どうした!」
教授が部下を問いただす。
「あ、あ、あ、高カリウムです!」
キーボードを慌ただしく叩きながら部下が叫ぶ。
「高カリウム出てます!」
「心停止します!」
心拍モニターをチェックしていた部下からも声が飛ぶ。
「誰だ! 誰が押した!」
教授が周りを見回しながら、叫ぶ。
「緊急停止信号出てません!」
「協会か! グループか!」
「どこからも出てません!」
「止められんのか!」
教授の声が怒号に変わる。
「止まりません! 解除信号受け付けません!」
「タンク筋肉、収縮続きます!」
「プログラムどうなってる!」
「わかりません! 停止プログラムは動いてません!」
「インパルス、異常値!」
「どっからの信号だ!」
「いや、これは、そんな……」
「どこからだ!」
「ぜ、前頭葉からです!」
「ばかな……何のプログラムが走ってるんだ」
「脳、各部、停止続きます……全機能、反応消えます……」
「心停止!」
「脳死!」
膝をついたカマキリが前のめりにドサッとマットに倒れ込んだ。
会場が完全に静まり返った。
一瞬遅れて、悲鳴、叫び声が沸き起こる。
教授たちは、呆然と動きを止め、その場に立ちすくんでいた。