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ゴーレムはどんな夢を見るのか  作者: 法螺千三
8/11

異種格闘技、開催

もう少しで終わりますので、できれば最後までお付き合いください。

 まだ薄暗いリングの中に二つの人影が浮かんでいた。今回、リングは金網で覆われていない。代わりに、会場の屋根の梁のあちこちに狙撃ライフルを構えた黒い影が配置されていた。万が一のときに対象を射殺するためだった。

 リングを照らすライトが次第に光量を増し、皎皎と四角いキャンバスを浮かび上がらせていく。その中の一つの影はエイメンだ。細長い腕が異様に長いカマキリのような体型をしている。そしてもう一つの影は、筋骨を隆々とさせ、二メートル近い体格をしてはいるが、どう見ても人間だった。二十歳台の白人男性にしか見えなかった。

 男は、「キックボクシング世界最強の男」、「キックボクシング界のプリンス」と呼ばれていた。本物の人間、キックボクサーだった。

『異種格闘技』

 試合はそう名付けられていた。まさに「異種」。競技の種類や人種、生物としての違いどころか、人工生命と自然生命との闘い、エイメンと人間との格闘試合だった。

 生命の尊厳と科学技術の意地をかけた闘いだった。

 試合の申し込みはキックボクサー側のプロモーターからもたらされた。人間の強さを証明したいのだという。が、一番の理由はやはり興行だろう。アメリカではボクシングのテレビ中継は行われても、キックボクシングが中継されることは有料チャンネルでもほとんどない。大きく水を開けられているキックボクシングが起死回生の話題作りと、巨額のファイトマネーを狙ってのことなのは明らかだった。

 エイメン・グループとエイメン製造者協会は各チーム、つまり各国代表も招いて合同会議を開き、ゴリラ対カンガルー戦のようなことが起きないよう、何重ものフェイルセーフをかけることを決めた。まず心停止させ、酸素と血液の供給を止める。同時に、脳に活動停止プログラム命令を出しつつ、百分の数秒遅れで脳に直接差し込んだ金属端子から百ミリアンペアを超える電流を流し、脳を焼き切る。脳から筋肉への指令を元から断ち切るためだ。そして最終手段として念のため狙撃手が用意されることとなった。

 人間との力の差がどれほどかの検証がこれまでなかったため、どのエイメンと対戦するかはキックボクサー側の指名によるものとされた。選ばれたのはカマキリ型エイメンだった。

 キックボクサー側にとってもエイメンは未知数だ。できるだけ経験則が活かせるボクサータイプのエイメンが選ばれるのは、想定通りだった。何よりゴリラ相手では何が起きるかわからない。前回の競技会でもゴリラは自主的に出場を取りやめていた。開発国でも暴走の原因が特定できなかったからだ。エイメン側でもゴリラが指名された場合、試合を断る決定が代表者会議で下されていた。

「三ラウンドまでは膠着状態と言っていいですかねえ」

 第三ラウンド後のインターバルに入り、実況が解説に訊ねた。

「どちらも決定打には欠けていますからあねえ。大きなダメージは与えられていません」

 解説者が答えた。

 カマキリは対ゴリラ戦への新しいアプローチとして開発された。脚のカンガルー、腕のカマキリとして対になる構想で、四肢パーツの開発は同時に進んでおり、前々回のカンガルー廃棄後、新ボディへの装着も終わり、最終調整を残すだけとなっていた。そこに今回の「ボクサータイプのエイメンを」との指名があり、代表者会議の決定を受け、急きょ完成させたのだった。

「カマキリはボクサータイプとしてどんな特徴がありますか?」

 インターバルの間をもたせるため、実況が解説に質問を重ねた。

「完全なアウトボクサー・タイプです。相手の攻撃が自分に当たらないロングレンジを保ちつつ、ヒット&アウェーで打ったらすぐ離れる。ジャブで相手を牽制しつつ距離を保ち、少しづつ体力を削っていくという闘い方ですね」

 さらに解説が続ける。

「対する人間側の選手は、身長一九〇センチメートル超え、体重一一〇キログラム超えのスーパーヘビー級キックボクサーです。いくらカマキリが手数を出してもなかなか体力を削るのは厳しいでしょう」

「では、人間側はこれからどう攻めていけばいいですか?」

「そうですね、この三ラウンドまでの戦い方と同じでいいと思いますよ。カマキリは両手を広げたリーチの長さが三メートルを超えてます。これは人間はどうやっても敵わない。攻撃を届かせるにはやはり足技しかないでしょう」

「しかしローキックは、これまでけっこう躱されることも多かったように見えましたが」

「カマキリは長い腕に最大限のスピードを持たせるため、脚の筋肉は細く、ほとんど強化されてるようには見えません。かといってマラソンランナーのような持久力のある遅筋では、素早く逃げる瞬発力に欠ける。ローキックを繰り返せば、やがて疲れて逃げられなくなるときがきます」

 解説者の説明は的確だった。エイメンは体内に貯蓄できる燃料の搭載量に上限がある。全身を筋肉で強化してしまうと三分も保たない設計だ。そこで量的に限られたエネルギーをどう配分して使うか。これがエイメンの体型=コンセプトを決定づけている。

 ゴリラは両腕に重点配分し、カンガルーは両脚に配分することにした。これまでにはシオマネキというカニのように片手だけを異様に大きくしたエイメンもいた。

 カマキリは腕を長くし、パンチを繰り出すスピードを速くするアウトレンジ戦法をコンセプトとしたエイメンだった。しかし一発の破壊力に欠けるため、試合はおのずから長期戦になるとの読みから、遅筋と速筋の配分に最大の腐心をした、教授にとっても自信作ではあった。

「エイメンのほうの勝機はどうでしょう?」

「打撃の破壊力は小さいですから、これはもう当たり所の問題ですね。顎に的確にヒットすれば脳震盪を起こしますし、頭部へ長時間、攻撃を受け続けても脳震盪を起こします。問題は、それでダウンしたとき、はたして人間のレフェリーでエイメンの攻撃を止められるのか……」

「エイメン・グループとエイメン製造者協会は何重ものフェイルセーフをかけているとの説明ですが、やはり心配は消えません。なにせ過去の試合では……」

 実況アナウンサーが解説者に相槌を打ったところで、リング中央にレフェリーが進み出た。

 コーナーから前に進み出ようと構える選手を、両手を広げて牽制する。

 カンッ!

 レフェリーが広げた両手を、選手を中央に招くように狭め「ボックス!」と鋭く叫んだ。

「さあ第四ラウンド開始です!」

 実況が声を張り上げた。

「両者、間合いを詰める。しかし、やはりカマキリのロングリーチを警戒して人間同士の試合のようには間隔が詰まらない」

 キックボクサーが動いた。実況が続ける。

「ミドルキック! 胴体を狙ってきた! カマキリ、腕で防ぐ」

「これは続きますよ。ダメージを蓄積させる狙いですね。腕を痺れさせてもいいですから」

 解説が詳しく説明する。

「防御はこれまであまりしてこなかったカマキリ。何か狙いがあるのか!」

「ジャブ! 外れた! どうした疲れが出てきているのか。ボクサー、チャンスか!」

「ミドルハイ! ボクサー、完全に腕を狙ってきた!」

「ローキック! 今度は脚だ! 矢継ぎ早にキックを繰り出す! 当たってるぞ! 攻撃は最大の防御だ!」

「カマキリ、たまらず一度離れる!」

 実況の声が途切れない。

「間合い取りましたね。次、狙ってきますよ」

 解説が固唾を飲んだ。

「ああっと! なんだあの構えは!」

 会場にもどよめきが走る。カマキリが、右腕のガードはそのまま、左腕をだらりと下げ、太腿のあたりで手を揺らし始めた。

「デトロイトスタイル! ヒットマンスタイルだ!」

 カマキリがステップを取りながら、キックボクサーの周囲を回り始めた。

 リングサイドで見つめる教授が拳を固く握りしめた。

「これはすごい。教師との共同学習の成果か。ここまでモノにできたとは」

 教授が感嘆の声を上げる。

「脳内、活動電位、インパルス、大幅に増えてます! ようやく正常値に近づきつつあります」

 モニターを見ていた研究員が報告する。ここ数日、とくに昨日、大きく数値が下がった項目がありいくつかの懸念を生んでいた。それがようやく復調し始めたと思われたのだ。

「ミドルキック! ああ、当たらない!」

 実況の声に促されるように会場からも呻く声が漏れる。

「カマキリは人間ではあり得ないリーチの長さですから。軌道が読みにくいフリッカージャブは危ないですよ。防げない……」

 解説が息を吐いた。試合展開は完全に新たな段階に入っていた。

「出たぁ! フリッカージャブ! やはり打ってきた。かすったか!」

 下げた左腕が下から鞭がしなるように飛んできて、ボクサーの頬をかすめていた。

「ミドル! 前蹴り!」

 ボクサーがカマキリのジャブを避けながら、斜めに傾いだ姿勢のままキックを放った。

「再びフリッカー! 腕で防いだ!」

 カマキリのジャブがボクサーのガードにふさがれた。

「今度はジャブ! 普通のジャブも織り交ぜてきたぞ!」

「ボクサーはキックを繰り出すが届かない!」

「ああ! 当たった! フリッカーだ!」

 カマキリのフリッカージャブがボクサーのガードの隙間をすり抜け顎先にヒットした。

「右!」

 立て続けに繰り出したカマキリの右ストレートが、フリッカージャブで体制を崩したボクサーの顔面に入っていた。

「膝をついた!」

「完璧に決まりました。脚にきてますよ」

 解説が言うように、キックボクサーは崩れ落ち、片膝をマットにつけていた。

 レフェリーがカウントを取り始める。

「ボクサー、立てるか」

 ボクサーは腰を浮かせ、膝に手を添え、体を持ち上げていく。

「立ったぁ! 立ち上がりました!」

 キックボクサーがガードを上げ、ファイティングポーズを取る。

「脚にきてますね」

 解説が言うように、まだ脚がふらつくのか、ボクサーは足元がおぼつかない。それでもグローブを取り、何事か語りかけるレフェリーの言葉に頷いている。

 レフェリーがボクサーから離れ、両手で選手を引き寄せる仕草で言った。

「ボックス!」

 ニュートラルコーナーに戻っていたカマキリも前に出てくる。

「さあ。試合再開!」

「フリッカー! いきなりきた!」

 まだふらついていたボクサーの両腕が下がる。

「右フック! テンプルに決まったああ!」

 ノーガードのボクサーの左こめかみに、カマキリの狙いすましたパンチが入っていた。

「続けて左! そしてアッパー!」

 ボクサーの頭が左右に揺れ、大きく後ろにのけ反り、踵がリングから離れた。

「ダウン! ダウン! ボクサー、吹っ飛んだ!」

「これは……大丈夫ですか」

 解説から思わずボクサーを心配する声が出る。倒れたボクサーの脚がピクピクと痙攣している。

「しかも倒れるとき、後頭部をマットに打ち付けたように見えましたから」

 腕を頭上に上げたレフェリーがそれを交差させて何度も振る。

「レフェリー・ストップだ!」

 リングサイドに控えていた白衣の医師や看護師、コーチや試合関係者などがロープを越えて駆け寄る。

 会場は怒号とも悲鳴ともつかない騒然とした声に埋め尽くされていた。

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