ゴリラvsカンガルー
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「黒パンツ、ゴリラがストレート!」
エイメンにはその身体的特徴から名称がつけられることが多かった。アナウンサーが仕掛けたエイメンの名と技を会場に叫ぶ。
「クリーンな殴打技で始まるのか? いや指を延ばしている四本貫手だ! いきなり目潰しを狙ってきた!」
赤パンツの頭が急に下がった。
「ストレートを読んでいたのか! 赤パンツのカンガルー、足元狙ってドラゴンスイープ、中国武術の掃腿ローキックを繰り出した!」
「だがゴリラも読んでいた。ジャンプで躱した」
「反応速度はさすがですね。まさに野獣だ」と、解説者が合いの手を入れる。「よくぞあの体重を乗せたストレートの姿勢からジャンプできたものです」
だが連続技とはならず、両者再び立ち会った。
「ゴリラ、ボディブロー、下突き!」
「カンガルーは顔面を狙ってハイキック!」
「おおっと! カンガルーの足がゴリラの頬をかすった!」
実況が矢継ぎ早に早口でまくしたてる。さすがに腕より足のほうが長く、ゴリラの突きはカンガルーに届かなかった。
「ダメージはありませんね。顎に当たればよかったんですが」
解説が一息つけるように言った。
「バックハンドブロー! 裏拳だ!」
体を入れ替え、すれ違おうとした瞬間、ゴリラが半身を回転させながら薙ぎ払うようにカンガルーに手の甲を撃ち込んだ。
「当たった!」
ゴリラの裏拳が肩に当たり、カンガルーの体がぐらりと傾いだが、倒れるまでには至らなかった。
「なんとか防いだ!」
「ダメージありますか?」
実況が解説に訊ねた。
「もちろんあります。腕は痺れて使えないでしょう。しかしですね、カンガルーは最初から手による打撃を考えてないデザインですから、脚にきてなければ大丈夫でしょう」
カンガルーがステップで小さく後ろに下がって間合いを取った。
今度はカンガルーのほうから仕掛けた。
「ブラジリアンキックだ!」
ハイキックから円を描くように頭上へと足を蹴り下ろした。
「払った!」
ゴリラが一の腕、前腕でカンガルーのキックを防いだ。一本足状態だったカンガルーが大きく姿勢を崩す。
「ショルダー・アタック!」
姿勢を崩して離れたカンガルーに、ゴリラが勢いをつけて肩からぶち当たっていった。
「避けられない! もんどり打って吹っ飛んだ!」
「フライング・ボディ・アタック、いや肘だ! ジャンピング・エルボー・ドロップ!」
仰向けに倒れているカンガルーに、ゴリラがジャンプしながら突き出した肘から体ごと落ちていった。
「これは決まったんじゃないですか!」
解説者が叫んだ。ゴリラの肘がカンガルーの喉に食い込んでいた。カンガルーの足がビクッ、ビクッと痙攣している。
「まだ終わらない!」
会場のざわつきが一段と大きくなった。ゴリラが、動かなくなったカンガルーをうつ伏せにひっくり返し、腹に腕を回し、頭を膝で挟むようにして天地逆さまに持ち上げた。
「さあパワーボムの体制だ」
「あ、そのまま落とさない! 飛んだ! ジャンピング・パワーボム!」
プロレスであれば持ち上げた勢いで相手の上半身を水平に振り上げ、背中からマットに叩きつける技だが、ゴリラはすでに動かなくなっているカンガルーを、自分も飛び上がった上、逆さ釣り垂直姿勢のまま首からマットにホールドした体ごと叩き落とした。
カンガルーは、エイメン二体分の体重とジャンプした分の勢いを首一点で受け止める形になった。、
「なんということだ!」アナウンサーが絶叫した。
「これは危ない!」解説も叫ぶ。
「まだ続けるのか!」
ゴリラが再びカンガルーをうつ伏せにし、その腰に馬乗りになって顔に腕を回した。
「フェイスロックか!」
観客の一部から「落とせ!」コールが小さく沸いた。が、すぐに波が引くように会場全体が静まり返っていく。
ゴリラが馬乗りに跨ったまま、腕を回し固めて、上半身ごと持ち上げていた顔を、添えた片手ごと回転させるように捩じ回した。
首が百八十度後ろ側へと回り、顔面が完全に背中側を向いた。さらにそこから捩じり続け、数回転したところで頭部を左右に揺すりながら引き千切った。
持ち上げた頭部からは血管や神経が垂れ下がり、どす黒い血液が流れ落ちる。
イヤーッ! キャーッ! ギャーッ! グウォーッ!という悲鳴、怒号が会場全体を地鳴りのように震わせた。
下を向いて吐いている観客も多い。
実況も解説も口を開けたまま言葉を失っている。
相手が活動を完全に停止するまで試合を続ける。これがエイメン・コンテストだった。
だが、これまでも腕や足が引き千切られることはあっても、首を引き千切った試合は今回が初めてだった。多くは失神や出血多量での活動停止負けがほとんどだった。
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!
阿鼻叫喚の中で思い出したかのように、遅れて終了のゴングが鳴り響いた。