人造人間の格闘技
カン!
リングに試合開始の鐘が鳴り響いた。
『エイメン・コンテスト』と試合は呼ばれていた。
アーティフィシャル・ヒューマン(Artificial huMan)、略してエイメン(AMan)。つまりアーティフィシャル=人工、ヒューマン=人間、人造人間を闘わせるコンテスト(競技会)のことだ。
エイメンは、バイオボット(bio-bot)、つまり生体ロボットの一種だ。生物学と工学を融合し、生きた細胞から新たな代替臓器を開発する研究分野、「生体組織工学」の集大成として作り出された人工生命体だ。
「生体組織」、つまりあらゆる体の細胞となれる万能細胞、iPS細胞を、「工学」技術である3Dバイオプリンターで成型しながら様々な臓器へと育てあげていく。生物学と工学、双方の技術的進化が不可能を可能へと変え、やがてこのバイオボットを生み出すまでになっていた。
要素技術が揃ったとき、中国を代表する大学の研究機関がヒトiPS細胞を使って生体組織工学で簡易的ヒト型バイオボットを作り上げた。頭部はなく、細い胴体に四肢が付き、それぞれに一本ずつ指が生えているだけの外観で、心臓も肺も消化器官も、何も備わっていなかった。人工心肺から酸素と血液を供給されるこのバイオボットは生物と呼べるかどうかも怪しい代物だったが、ヒトの細胞のみで作られ、骨格筋細胞を培養した筋肉に電流を流してビクンビクンと腕、脚、指をそれぞれ動かすことができた。
頭部もないそのヒトモドキ・バイオボットは、技術レベルもそうたいしたものでもなかったが、少なくとも世界には大きな衝撃をもたらした。問題は、生命の尊厳だのといった倫理的なことではなく、それを作りだした研究機関の組織にあった。そもそもがこの大学は中国の国家重点大学のうち、共産党中央が直接運営する副部級大学であり、さらには研究機関が人民解放軍と密接な関係にあったことが世界の耳目を集めることとなった。
真っ先に反応したのがアメリカだった。もともとヒトとブタのハイブリッド胚の作成研究にも国防高等研究計画局(DARPA:ダーパ)が補助金を出しており、軍事的な出遅れを嫌って倫理問題を棚上げしてまでヒト型バイオボットの研究に乗り出してきた。
しかし実用化を最大の目標としたアメリカが作ったのは、バイオボットというより、生体組織工学で作ったヒトのパーツと機械装置を組み合わせたサイボーグと呼ぶべきシロモノだった。それでもアメリカが乗り出したことでヒト型バイオボットは事実上、世界的に解禁された。
つまりヒト型バイオボットは軍事兵器として研究開発の第一歩を踏み出すこととなったのだ。
最初の本格的なヒト型バイオボットはフランスで生まれた。このフランス研究チームが画期的だったのは、すでに作ることが可能になっていたヒトの各パーツをバラバラに作成し、出来上がったものを人体型に組み合わせるのではなく、最初から一つの個体として作り上げる手法を採用した点だった。
まず用意されたのが二メートル半、成人男性がすっぽり入るサイズの円筒形バイオリアクター、「子宮」である。この中に高分子ポリマー製の上下二分割されたヒト型皮膚の下面部分のみを敷く。この研究プロジェクトには再生医療や生体組織工学の研究のため、という目的もあるが、軍事利用が事実上の主要目的となっているため、高コストのヒト細胞で作られた人工皮膚の採用は見送られた。軍事用バイオボットに、触覚や温覚といった皮膚知覚は不要という判断だ。触覚や圧覚が欠かせない掌や指などの部位には別にセンサーを埋め込むこととして、簡素化が計られた。この決断によって皮膚から血管、リンパ管、神経、汗腺、脂腺などを省略することができた。すべての段階において、この軍事兵器にとっての要、不要という判断が貫かれた。
皮膚が敷かれるとその上に別行程で作られていた人工骨による全身骨格がセットされ、バイオリアクターが培養液で満たされる。ここからバイオプリンターやレーザーなどを使って筋肉や臓器が立体的に作られていく。行程の作業内容によっては培養液を減らし製造面を露出させたりもされる。
頭部の頭蓋骨も皮膚と同じく上下二分割のうち下面を先に設置し、その中に脳や眼球などのパーツを配置し、最後の上面を上蓋のように被せる方式が取られた。脳や脳幹、脊髄といったいくつものパーツが集まった中枢神経や眼球のように小さなパーツなどは別行程で作り、完成品を配置していく以外に方法はなかった。配置してから神経や血管などを細胞結合させていく。ここでは一部工程にレーザーピンセットを使って細胞を並べ替えたり、整列させたりする。
すべてが「器」の代わりとなっていた皮膚の下面半分に収まったところで、上面部分を被せ閉じてヒト型バイオボットの完成となる。
しかし問題はコストだった。例えばiPS細胞から網膜細胞を作り、それを移植するには一年近い時間と一億円にもなるコストがかかる。いくら軍事用とはいえ、まるまるヒト一体分のバイオボットを作ったのでは実用化への道のりはまったくないも等しい状況だった。