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ゴーレムはどんな夢を見るのか  作者: 法螺千三
11/11

meth 彼は死んだ

最終話です。お目汚し失礼しました。

「精神科医の先生に話しを聞いてきました」

「そうか。どうだった」

「やはり自殺未遂者によく見られる“心理的視野狭窄”、自殺することが唯一の解決方法だと思い込んでいるように見えるとのことでした」

 大学院生はメモ帳を開いて話しを続けた。

「格闘家の症状からの類推なので、正確とは言い難いがとの前置きで、自分からは試合を拒否することができないという絶望感、この状況から自分を救ってくれる人間はいないという孤立感、次に誰かを殺してしまう前に何とかしないといけないという焦燥感、殺すことしかできない自分には生きる価値がない、生きる意味がない、自分なんかいない方いいと感じる無価値感、他者や社会に対して強いいきどおりを感じる怒り、この状況はどうやっても変わらない、この辛さはいつまでも続くと考える将来の希望性、など自殺を考える人間の心理状況そのもの、すべて当てはまると言えるとのお話しでした」

「じつはあれから私のほうでも調べたことがあってね。予想通りだったよ」

「なんです?」

「これを見てみろ」

 教授は二枚のMRI画像を差し出した。大学院生はそれの意味するところをすぐにくみ取ったようだった。

「そうだ。カマキリの偏桃体と海馬のMRI画像だ。一枚は四肢を取り付けた完成直後のもの。もう一枚は死後のものだ。明らかな萎縮が見られるだろ。ストレスを長期間に渡って連続で受け続けた、うつ病患者によく見られる症例だ」

「でもエイメンがうつ病に……」

「私もそう思った。自発的な意思、意識を持たないはずのエイメンがそんな人間のような精神病にかかるものかと」

 教授はもったいぶるように言葉を切った。

「うつ病は魚でもかかるんだそうだ」

「魚が?」

「そうだ。しかも体長五センチメートル足らずの小型淡水魚の実験で証明されている。もともとこのゼブラフィッシュは、活発な性質で、水中をよく素早く泳ぎ回るっているものなんだが、この同じ水槽に天敵で倍ほどの大きさの肉食魚リーフフィッシュを入れて一緒に飼育すると、最初のうちこそ激しく逃げ回っているが、なにせ狭い水槽の中だけに、一か月もするとやがて諦めてしまうのか、水槽の底で、動かず、ほとんど食べず、ただじっと静かにしているだけの状態になってしまう。調べてみると、この状態になった個体では、ストレスを受けた時に分泌されるホルモン、ストレスホルモンのコルチゾール濃度が高くなっていたそうだ」

「カマキリも?」

「ああ、調べ直したら高くなっていた。海馬の萎縮にはこのコルチゾールの過剰分泌が大きくかかわっていることがわかっている」

「魚の脳ですらうつ病になるんだから、ヒトとブタのハイブリッド脳のエイメンがうつ病にかかってもおかしくはないわけですね……」

「単純な理屈の上ではな。しかも今回はビデオ学習相手の教師役格闘家のネガティブな意思がそのままカマキリに流れ込んでいる……。あとは高カリウム液が死をもたらすことをどうやって知ったか、また、その体内貯蔵タンクの動かし方をどう知ったかだが……」

 教授は大学院生の表情を軽く確認して続けた。これは自分の推論だと念押ししたのだ。

「ラボの中で高カリウム液を使ったマウス実験を繰り返したろ、あれを観察していたんじゃないかと思う」

「まさに教師なし学習ですね」

「ああ。突拍子もない推論だが、まったくあり得ない話しでもないだろう。そして体内貯蔵タンクから高カリウム液を噴出させる筋肉の動かし方のほうだが、これは自分の脳の中にプログラムが組み込まれているんだ、見つけ出して関連づければたやすいことだったろう……」

「自殺だったんですね」

「そういうことになるんだろうな。まあ、遺書があるけでもなく、理由とか本当のところはわからんがな」

 教授は大学院生に呟きながら苦笑した。

「今回オレは、そもそもエイメン、人造人間って何だ?ってところにまで立ち戻って、調べ直し、考え直してみたよ」

 教授が言葉を切った。大学院生はそのまま次の言葉を待ったが、なかなか出てこない。ずいぶん長い間待ったと思ったとき、教授が口を開いた。。

「ゴーレムって知ってるか?」教授がさらに沈んだ口調で呟いた。

「ゴーレム?」助手が聞き返す。

「ユダヤ教の伝承に登場する泥で作られたロボットのような人形だ」

 教授は呟くように続けた。

「作った人間の命令を忠実に実行し、会話はできないが命令は理解して、家事労働なんかに使役させるんだが、決まりを守らないと狂暴化するんだそうだ。それを防ぐため、ゴーレムの額に「emeth(真理:エメト)」という文字を刻んでおき、大きく育ちすぎて危なくなったら、最初の「e」の文字を消して「meth(彼は死んだ:メト)」の言葉のみを残すんだ。そうすると、ゴーレムは瓦解し、ふたたび粘土に戻る……そんな話しがあってな」

 教授は待ったが助手は口を開かなかった。

「今回、カマキリの「e」は誰が消したんだろうな。本人か、教師役の格闘家か、それともオレたちか……」

 その後の言葉が出てくるまでずいぶんと間が空いた。

「ゴーレムという名前な。これ、ヘブライ語で(胎児)という意味なんだそうだ」

 それっきり教授は口をつぐんだ。

 教授と大学院生が見つめ続けるラボの外には、中東のユダヤの地の岩砂漠が広がり、真っ赤な巨大な夕日がそこに沈もうとしていた。

 ポーランドのユダヤ人たちは、ある種の祈祷を唱え、いく日間かの断食のぎょうを成し遂げたあとで、粘土あるいは膠で人形ひとがたを造る。そして、この人形に向かって奇蹟をもたらすシェムハムフォラス(神の名)を語りかけると、人形は生命を獲得するはずである。その人形は語ることこそできないが、話されたり命令されたりしたことはかなりの程度理解する。彼らはこの人形をゴーレムと呼び、あらゆる家事労働を行なうひとりの召使に仕立てるのだ。しかし、ゴーレムは家のなかから外に出ることはぜったいに許されない。その額には「真理エメト」(emeth)なる文字が記されており、ゴーレムは日ごとに体重を増やして、最初のうちこそ小さかったのに、家じゅうのほかの誰よりもたやすく大きく強くなるのだ。となると、彼らはゴーレムに恐れをなして、最初の文字を消し去ると、「彼は死んだ(メト)」(meth)しか残らないことになって、その結果ゴーレムは瓦解し、ふたたび粘土にもどるのである。

ゲルショム・ショーレム 『カバラとその象徴的表現』より

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