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ゴーレムはどんな夢を見るのか  作者: 法螺千三
10/11

うつ病

次で最終回です。

「ログの解析どうだ?」

 試合から一週間、各種モニタリングデータと徹底的な解剖が続けられていた。とくに脳の解剖と、脳データのログ解析は徹底機に行われていた。

 高カリウム液は随意筋で覆われた体内タンクに入れられていた。人間が無線通信などで送り込む緊急停止命令に従って、筋繊維を「随意」に収縮させ、心臓に高カリウム液と投入するためだ。だが「随意」は人間の意思のことであり、エイメンがそれを自分で動かすようなシステムもプログラムも組まれてなかった。

 しかし、人間側、教授のチームもラボも、エイメン・グループ、エイメン製造者協会の本部も、どこからも緊急停止ボタンが押された痕跡はなかった。

 そこで今、疑われ、徹底的に調べ上げられているのが「バグ」。なんらかのトラブル、問題発生により、事故的に高カリウム液が噴出してしまった可能性だった。だが、何度ログを洗い直してもバグは見つからなかった。

 とはいえ、まったくの正常状態からなんの予兆もなく、いきなり死に至ったわけではなかった。死の直前、異常な数値を示していたデータが大きく三つほどログに残ってはいた。それと死の因果関係がわからず原因特定に至ってないのだった。

 一つは神経インパルスだ。神経細胞、ニューロンが興奮を伝えるときに発生させる電位、インパルス(神経衝撃)が異常な数値を残していた。

 もう1つがアドレナリン。試合前と同じくまた異常に低い値を示していた、

 そして最後が脳内セロトニンだ。セロトニンは衝動性をコントロールする神経伝達物質で、これが低下すると衝動性が高まる。

 このうちの二つ、神経インパルスとアドレナリンはほぼ似たような数値の変化をしていた。

 ともに異常に低い値のまま試合を迎え、開始とともにわずかに上昇はしたものの、低いレベルのまま推移。ようやく正常値並みの上昇を見せたのが、ボクサーの連続キック攻撃に合い、事前のビデオ学習で学んでいた変則スタイル、デトロイトスタイルに構えた時あたりからだ。

 教授はこうして一つ一つ、数値変化と試合ビデオとを突き合わせ、カマキリの内と外とで何が起きていたのかを再確認しようとしていた。

 デトロイトスタイルに構えた時の上昇はすぐに頭打ちとなり、正常値にはほんの少し足りない数値で推移していく。

 そして、ボクサーがマットに沈み、カマキリがニュートラルコーナーに戻り、振り向いて倒れたボクサーを見たとき、神経インパルスがわずかに上下に振れたものの、アドレナリンとともに試合前の数値以上に極端に低い値に落ち込んでしまった、

 衝動を抑制する神経伝達物質、脳内セロトニンはこれら二つとは逆の動きを示し、ボクサーが倒れているのを見たあたりから一気に減少していっている。つまりカマキリは衝動が抑えられない状態に陥っていた。

 そして死の直前、高カリウム液を噴出させる直前、神経インパルスとアドレナリンが上昇。この時、脳内セロトニンは低いままだったので、殺人衝動が沸き起こる可能性もあり、ボクサーの安全確保のため、フェイルセーフ・プログラムが自動発動していてもおかしくない条件が揃っていた。

 教授も一番最初にここを疑った。が、実際には身体、腕、脚の筋肉を動かす指令が出ていないため、危険度が低いとの条件判断で、

プログラムは発動に至ってない。

 カマキリはただただ、倒れたボクサーを静かに見つめ続け、立ちすくんでいただけだった。

 死の直前の神経インパルスとアドレナリンの値に急激な上昇が見られるが、これが異常なレベルにまで達するものだったのか、正常値に戻ろうとしていただけなのかは、途中でカマキリが活動停止、〝死〟に至ってるため、なんとも判断のしようがない。

(脳内セロトニンの低下からくる衝動制御障害は、他人へ危害を加えようとする衝動を抑えられないだけでなく、その対象には自分も含まれる……)

(これが人間であれば、自分を傷つける衝動、つまり自殺衝動を抑えられずに、といったところになるんだろうがなあ……)

(仮に、万が一に、自殺衝動だったとして、その理由は何だ?)

(いや、そもそも、産業ロボット並みの脳にそんな〝自我〟〝意識〟〝意思〟なんて芽生えるのか? 芽生えたとしたら、その原因は何だ?)

(ここに神経インパルスやアドレナリン値の低下はどう絡んでくるんだ? 因果関係というか、きっかけというか……さっぱり分からん。これ以上は八方ふさがりか……今日も進展なしだな)

 教授が今日も謎の解明を諦めかけていたとき、スタッフの大学院生が息急き切ってラボに飛び込んできた。

「教授! 格闘家が」

「どうした! 死んだのか!」

 容態は安定したと聞いて、すっかり安心してそれ以降の経過観察に注意を払ってこなかったのだ。対戦相手の「人間」が死んだとあっては、大変な事態になったと思わず舌打ちが口を突いて出る。

「いえ。そっちの格闘家じゃなくて、こっちの!」

「こっち? そっち? 何だ! 何の話しだ!」

「カマキリのビデオ学習相手を務めてくれた教師役の格闘家です!」

「ああ、そっちか……その格闘家がどうした?」

「精神科に通院を始めて、うつと診断されたそうです」

「うつ? うつ病か?」

「そうです、うつ病です」

 胸のつかえが一つ、ストンと落ちた。

(そうだ、うつ病だ。神経インパルスやアドレナリン値の低下はうつ病の症状じゃないか!)

「格闘家からは話しは聞いてきてあるのか?」

「はい。一通り聞いてきました」

「エライ。でかした。で?」

「これまで、うつ病にはなったことはないそうです。ビデオ学習の後で、何をする気にもならなくなって、体が怠い感じが強くなっていくので病院に行ったところ、うつ病だと診断されたと」

「それで本人はどう言ってるんだ。原因とかは」

「原因というか、エイメンが悲惨だなというか、可哀想だなと思ったというか」

「可哀想?」

「エイメンには、最悪、殺すか、殺されるか、それしか選択がない。ゴリラ対カンガルー戦を見させられて、その闘いから逃げる、という選択肢がない。悲惨だと」

 そういう想いを抱きながら格闘家はビデオ観戦をし、その脳とケーブルでつながったエイメンはその想いを一方通行で流し込み続けられた。

 教授の中でパズルのピースが嵌っていく気がした。

「その格闘家を診断した精神科の先生に、カマキリも分析してもらってきてくれ」

「カマキリ? 格闘家の話しを聞くんじゃなくて、カマキリについてですか?」

「そうだ。カマキリだ。人間だったとしたらどういう精神状態にあったのか。自殺に至るような状態にあったと推察できるかどうか、だ」

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