18.06.26.T 春の予感
梅雨が明けて、徐々に蒸し暑くなってくる時。日に日に日差しが強くなっていき、人と話すための気力を奪っていった。でも君と話すのは全く苦痛ではなかった。
君に好意を抱きかけている僕がいたんだと思う。
六月二十五日の夜のこと。もう日付けが変わろうとしているのに、まだ昨日の余韻に浸っていた。そんな僕は、青い部屋で布団に寝転がりながら天井を見つめ、そこに君を思い浮かべていた。
五月には後ろ姿を男子と間違えたこともあったぐらいに、君はショートカットだった。そんな髪の短い君を想像していると、一つ思ったことがあった。
「君は髪を伸ばしたら可愛くなるのではないか」
でも君にそれを伝える勇気はなかった。もし仮に自分が同じ立場だとして、そんなこと言われたら、二度と話さないだろう。そこは僕の性格上だ。
何年も拭いていない天井は、初めて天井を見た時の記憶よりも汚れていて、それを眺めるほど、いつかこの変な感情も汚れていくのか。と、切なさを感じさせた。
携帯を開くと、君からの通知。すぐに返す。君の好きな人を知りたい。自分の欲を抑えられなくて、君にずっと聞いてた。
『好きな人教えて』
『言ったら言ってあげる』
ずっとこの繰り返し。
寝返りを何回打っても、いつもの寝やすい体勢になっても、君の好きな人が自分以外なら嫌だなぁと考えて眠れなかった。
やけに部屋が広く感じた。本当に広くなったのではないかと錯覚してしまうほどに、僕は、僕にとっての非日常的なことに足を突っ込んでいるのだと分かった。
なかなか眠りにつけないまま気付けば、時計は二十六日の三時を示していた。
目を覚ますと朝七時だった。
その日の授業は簡単に受けることができた。いつもなら火曜日は寝る日。朝からの体育が終わると電基礎。午後もベクトル。と、寝ろと言われているような教科しか並んでいない時間割だった。なのに不思議と目が覚めた。アルバイトの面接の日だったから?席替えで楽しい席だったから?いや、素直になろう。君のことを考えていたからだ。もう認めてもいいんじゃないのか?まだだと思った。まだ苦しくない。耐えられる。と思っていた。
その日の帰り道、僕は久々に部活を休んだ。
京阪交野線で、発車待ちをしている時、
『俺か?笑笑笑笑』
『うん笑笑』
という会話をした。
真剣な僕に対して、冗談を言ってくる君に少し苛立ちを覚えた。でも根拠のない自信がある僕は、僕の名前を君の文字で送ってほしかった。僕は『誰?』と念を押した。
『◯◯君』
君が僕の苗字しっかりと言ってくれた。本当に嬉しかった。その時僕は、理解がおいつかないと言ったけど、それは君が僕のことを好きだと言ったことにではなく、自分の脳が飛び跳ねたいぐらい喜んでしまっていることに、理解がおいつかなかった。
僕はアルバイトの面接を頼んだところに、用事が入ってしまって行けなくなりました。と連絡を入れた。
家に着いた僕は、真っ先にある場所に向かった。
自転車を走らせた。上り坂は全力で漕いだし、急な下り坂だってブレーキを掛けるどころかペダルを力強く踏んだ。曲がって曲がって、イネ科の花粉症を持っているのに田んぼの横も通った。
ただあそこに行きたい。ただ無性に叫びたい。
青々と生い茂ってきた草木。額に滲んだ汗は頬を伝って胸元まで垂れてきた。風を切るように中学生の横を通って、小学生を抜かして、知らない人から危ないと怒鳴られたりもした。僕の視界はそんな登場人物なんて求めてなくて、ただ自分のためだけに自転車を走らせた。
そして着いたのが、山田池公園。
そこはとても広い公園で、嬉しい時も悲しい時も、僕はここに来た。今日は前者だ。
公園内でもまだ自転車には乗っていた。とばして、とばして、来慣れた人気のない東屋に自転車を乗り捨て、椅子に鞄を放り投げて、叫んだ。
「うぁーーー」
って。案外自分のことを話すのって恥ずかしんだな。
多分僕は君のことが好きだ。まだ完全には認められない。これが一時の感情かもしれないから。認めるまでにはもう少し時間がかかりそうだった。
でも近々、君を好きだと認める時が来るのだろう。その時失恋しているかもしれない。どうなっているのか考えたくなかった。僕の直感は外れるから。
その時の葉っぱの色は何色だろうか。空の色は何色だろうか。自転車をとばせているのだろうか。次は何を叫ぶのだろうか。僕は笑えているのだろうか。
色んな疑問が頭の中を埋め尽くした。それを全部抑え込むかのように、
「君と一緒にいたい」
そう思った。
僕が認めるまで一ヶ月を切っていた。