18.06.24.S 初めてだった
今年、僕の誕生日を一番に祝ってくれたのは君だった。
夜中の一時頃。家族は寝ていて、台所のテーブルで寝ようとしていた。その時携帯が震え、着信音が眠りに入りかけていた僕を起こした。電源をつけると、君から三つ通知来ていて、その三文目に、
「あ、誕生日おめでとう」
と入っていた。
正直、今まで夜中に誕生日を祝われたのは初めてだったから、嬉しかった。目が覚めたよ。
初めて夜に祝われた嬉しさと、それが君だった嬉しさと、君が僕の誕生日を覚えてくれていた嬉しさ、三つを一度に与えてくれた。
君のすぐ後に、何人かから同じような文が送られてきたが、君みたいな特別感はなくて、面倒に感じた。この落差につい笑ってしまった。
僕も君の誕生日を聞いたら、何故か教えてくれなかった。誰かから五月ということを聞いたのは覚えている。それを聞いた時には、君の誕生日はとうに過ぎていた。
君にとっては初めてじゃなくても、来年は僕が一番に祝ってやろうと思った。
僕らが初めて二人で遊びに行ったのは、六月二十四日、寝屋川市駅前のカラオケだった。
君がジャンケンで負けて、最初に歌うことになった。曲名は覚えていない。ただ歌っているときの君は緊張していて、笑顔じゃなかった。が、それはそれで初々しいと思った。
僕はというと、やはり同じで、もしくは君以上に緊張していた。初めて女子とカラオケに行くことになったし、それが気になっている人なら尚更だ。
僕が初めて君の前で歌ったのは、「Hello-Shooting-Ster」だったのは覚えている。そして君が思っていたよりも歌が上手だったことも。
朝から昼食も取らずに、かなり歌って、お疲れムードが出てきた時だったかな。
「ねぇ。好きな人いるの?」
そんな感じの話になった。僕はいると答えた。まだ確信じゃなかったけど、いずれ好きになるなって意味の「いる」だった。
君が僕に好意を抱いているのはよく分かった。だって他の人への態度と、僕への態度があからさまに違うんだもの。
「だれ?」
長椅子に寝転がる僕の頭上で、顔を桜色に染めながら座る君は僕に聞いてきた。
たぶん君だ。けれども僕はそれに答えることができなかった。答えるわけにはいかなかったんだ。
その日の約四ヶ月前の三月二日に起きたことが原因だった。
僕には彼女がいた。君の笑顔が綺麗だと思った数日に前に別れた彼女だった。
別れても、一年近く一緒にいると癖というものはそうそう取れず、ほぼ毎日連絡は取っていて、二週間に一度の頻度で会ったりもしていた。
そんなある日のこと。風が肌寒くて、青空が眩しくて、陽の光が暖かく感じたそんな春の日だった。
久しぶりに彼女に会いに、大好物の羊羹を手土産に、古川橋駅から徒歩五分ほどの自宅を訪ねた。俺も気が利くようになったな。とか考えていた。
普段なら笑顔で出迎えてくれるはずの彼女。けれど、出てきたのは悲しそうな彼女の両親。
出てくるなり、目の前で刃物を突き付けてきたお義母さん。多分カッターナイフ。僕の胸倉を掴むお義父さん。何回か殴られたけどそんなの慣れっこ。彼らの放つ罵声に耳が勝手に言葉を遮った。頭にはクエスチョンの文字が複数出てきた。何が起こっているのか分からなかった。
羊羹を地面に落としたまま僕は走って帰った。
数日後、彼女から初めての手紙が届いた。親に疲れたと、生きる意味が分からなくなったから、それは死ぬ理由になるよね。などと書いてあった。
後で詳しく話を聞くと、浴槽で首吊り自殺をしたらしい。彼らは僕のせいだと勘違いしているようだった。
でも正直にいうと、そんなに悲しくはなかった。因みに、ロッカーの鍵の番号はここから来ている。
僕たちの関係を一言で表すと、「ギブアンドテイク」だった。僕が彼女に色んな景色を見せる代わりに、彼女は僕の表情を豊かにさせる。なんとも歪な関係だったと思う。
悲しくはなかったが、悔しかった。
彼女を救うことができなかったこと、ギブアンドテイクとか言っておきながら何も与えられなかったこと、逆に一方的に与えられたということ。彼女にそんなことを考えさせてしまったこと。僕が気付いてやれなかったこと。
彼女の両親が僕のせいにしたのは、別に良かった。僕が失敗してしまったんだから。僕が悪いのは明確だったから。
こんな、普段は経験しないようなことを経験していまっていたから、僕は君のことをまだ好きではないと思った。
「たからちゃん?」
当然僕は違うと答えた。君を気になっているとも言いたくもなったが、堪えたんだ。お前俺のことを好きだろ。とも言いたくなったが、恥ずかしかったから言えなかった。
案外僕は恥ずかしがり屋なんだ。あと素直になれない。
なんだか気まずくなった僕は、話を逸らすため、何か二人で歌おうと提案して、その結果、「打ち上げ花火」を歌うことになった。
君の歌声はけっこう好きだった。普段僕と反対で声の高い君。そんな君の歌声は別人のようで、少しあどけなさが残ったようなものだった。いつまででも聞いていたいと思ってしまうほどに好きだった。
この前パソコンの整理をしていたら、そのとき録音してあったものが出てきて、涙が出てしまったのは、無駄な報告として捉えてほしい。
結局その日は時間が来たから帰ることになった。
駅の反対側の二番ホームに立つ君。
僕よりも三センチメートルほど背が高くて、一人称が「僕」とか「俺」で、この頃には、無邪気な子供ような君だったけど、そんなこと関係なしに、やっぱり女の子なんだなと思った。
電車が来るまで、君といられた時間を思い出していた。楽しかったなーって。ついさっき、ほんの十分程前なのに、もう何日も経ってしまったみたいに思えた。
もっと長くいたかったと欲を出している自分が醜く思えた。
駅の照明のせいかな?それとも携帯電話を見た後だったから?
初めてだった。駅から見える夜空を、星も月も出ていなかった夜空を、明るいと思ったのは。
帰路に就いている間も、君といれて幸せだったと、楽しかったと余韻に浸っていた。