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19.01.29.T 感情


 十二月半ばに早紀と会った。四月に喧嘩したあれ以来、彼は僕を止めにきたけど、殴り合っては負けて帰って行った。どんだけ殴り合ったかは、口内炎の数が物語っていた。

 あの日と同じ坂道。通行人なんて気にしない。あいつと向き合った時だけは僕ら二人の道って感じだった。

 空は陽が沈みかけていて、風が強かった。


「おい宝。後悔したやろ。俺の言うこと聞いとけばよかったって」


 顎を引く僕とは反対に、顎を突き出してくる彼。どっちが正しかったかなんて僕らを見たら明らかだった。


「いや、そんなこと思っていない」

うそ、思っていた。

 彼が何かを言ってこようとしたのが分かった。だからそれを遮るように言った。

「ごめん今日はもう帰るわ」


 君だけじゃなくて、親友の早紀にも合わせる顔がなかった。

 ただこの頃は君と一緒に登校していた。ただそれだけでしか繋がっていることを感じられなくなっていた自分に、嫌気がさしていた。




 時間というのはあっという間で、昨日恋を自覚したかと思うと、もう一月の試合前日だった。

 辛くなった僕は一人の女子に頼んだ。

「俺はお前のことを好きじゃない。他に好きな人がいる」

苦しかった。多分仲が良かったらこんなこともしなくて済んだ。したとしても、君の名前をしっかり言えた。

「俺はその人を忘れたい。だから俺と付き合ってほしい」

「その人に告白したん?」

「いやしてない。もうできる間じゃないし、今さらされても困るやろ」

「じゃぁさ、まずその人に振られてきたら?その後もう一回来て、その時は盛大に振ってあげるから」

「ありがとう」

この人とはこれ以来話していない。僕は最低な人間だ。


 三日後君はインフルエンザに罹った。きっと先週に患った僕のが染ったのだと思ったから、謝りたかった。

 君が学校に来なくなったとなると、いよいよ僕は君との繋がりを失ってしまった。

 君が再び登校する日、いつもの時間に、僕は改札前の柱の後ろで待っていた。しかし君は、待てど待てど来なかった。次の電車だったけ?って自分を騙したりもした。携帯を見ても連絡は入っていなかった。

 あの時、自分の気持ちを言っておけば、好きだと伝えていれば、君を抱きしめていれば、こんな思いしなくて済んだのに。と思った。

 次の日も一応待ってみたが、君は来なかった。

 その日の帰り道。午後六時ぐらいだったと思う。いつもの坂道でまた早紀が待っていた。

 部活があったけど、治った捻挫を理由に行かなかった。本当は君に会わせる顔がなくて、悩んでいたんだ。


「みっともない顔すんなや。どうせあんなやつその辺にゴロゴロおんねんて。宝が辛い思いする必要なんてないねん。今回はなんもしたってないんやろ。陰で助けたりもしてないんやろ」


 君しかいない。僕には君だけだ。君を悪く言われたくない。

 確かに僕は君に何もしてやれなかった。でも君は? 僕にたくさんのことを教えてくれた。笑顔をくれた。いろんな世界を見してくれた。陰からとかではく、真正面から。

 僕は初めて、彼を自分から殴った。

 

「黙れ。あいつはあいつやねん。悪く言うようやったら潰すぞ十秋」

「初めて俺を苗字で呼んだのぉ。その目、もとに戻ったやんけ十秋」


 殴っては間合いを取るたびに、彼は僕に色んなことを言ってきた。


「なんでそんなに人を信じんねん。何回も裏切られてきたやろ。今回はその子が死なんでよかっただけマシやんけ。しかものぉ、ほんまにお前を好きやってんやったらお前みたいに何があっても好きでおるやろ。最初からお前は好かれてなかってん。遊ばれてたんじゃ」

「黙れ。大事な思い出を穢すな」

「きしょいのぉ」


殴り殴られを繰り返していた。

 正直僕は彼の攻撃は避けれたが、君を否定する彼の攻撃を貰いながら彼に勝ちたいと思った。

 確かに前の人は自殺した。その前は自殺未遂。そして初恋は僕の命を取ろうとした行動。「死」に関連しなかっただけでも十分嬉しかったけど、気持ちは理性で止めれるものじゃなかった。


「俺があいつの隣におらんと意味ないねんて。ただ隣いたいだけやねん」

「恐怖に駆られて自分の気持ちも素直に言えんかったやつがのうのうと自分の欲を出すなや」


 僕の顎に飛んでくる拳は見えていた。避けれなかったわけじゃない。自分も同じことを考えていたから、避けてはいけないと思った。

 僕は初めて彼に負けた。

 夜八時ぐらい、風が強くて寒かった夜。僕らは近くの公園でしばらく一緒にいた。何かを話すわけでもなく、ただ一緒にブランコに乗っていた。


「辛いならあそこいこか」

「ごめんな」


 僕らが行ったのは山田池公園。かつて、君に好きだと言われた日に来て叫んだ場所だった。君のことが好きだと自覚した日は来なかった。僕は叫ぶ元気などなかった。

 その代わり、泣いた。昔火垂るの墓を見て号泣した以上に泣いた。

 口の中がまた切れていて、大きな口内炎ができると思った。

 あの日見た、青く生い茂った草はなくて、空は暗かった。

 あんな寒い夜に、君は何を思っていたんだろう。そんなの誰にも分からない。早紀の勘は当たると言っても、所詮は勘に過ぎない。でもきっとこれだけは確かで、君の脳内に僕はいなかった。

 でも何故か僕は諦めがつかなかった。きっとまだ希望を探していたんだと思う。無駄だと分かっていても、藁にも縋る思いで、必死に探していたんだと思う。


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