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前編

キャラ崩壊&設定改変注意

 今よりも遠い昔。度重なる社会的不安と戦争・革命によりかげが差していた時代。

 繰り返される厄災と戦禍の中、人間を超越せし力を有する吸血鬼たちは全盛期を極めていた。


 吸血鬼の真祖ユークリッド・ドラクリヤ・クレプスクルム。傲慢で強欲で淫蕩な王。圧倒的な力を内に秘める人類の敵。

 後に彼は聖女によって滅亡する羽目となるのだが、今はまだ彼女はこの世に生誕すらしていない。ましてや、彼に立ち向かう気概を持った人間さえも存在していない。

 故に、真祖に歯向かう者は世界の何処にもいない。邪魔をする人間が誰もいない以上、吸血鬼の王は何人にも邪魔をされることなく、数多の人間の血を啜り人間を虐殺し、数多の国を侵略した。栄華の夢も醒めぬままに、彼は自身の配下たちと共に放埓三昧の日々を送っていたのである。



 ――そしてこれより語るは、そんな真祖が世界を手中に収め全盛を極めていた頃に経験した、奇妙な出逢いの物語である。







*****





「――海賊、だと?」


 自身の眷属たる吸血鬼『四使徒』からそんな報告を受けたのは、真祖ユークリッド・ドラクリヤ・クレプスクルムが毎夜のたのしみとして処女の血を味わっていた時のことであった。


 盃に注がれた処女の血液(好みの味)を堪能していたユークリッドは、僅かに血の付着した唇を舌で舐めながら、自身の秘書官――四使徒筆頭カイン・シュローセンが語る報告に耳を傾ける。


「はい。どうやら現在、我らが保有する港の近辺を航海しているようにございます。おそらく、遅くとも明日には港に停泊するのではないかと思われます」

「ふむ……」


 盃にまた口を付けてから、ユークリッドは思索に耽る所作を見せた。


「奴らの目的はまだ分からぬのだろう? おそらくは我が国が有する領土ないし財宝だとは思われるが……」

「その点に関しては心配ご無用にございます。不肖ながらこの僕が、昼時に彼らの船舶に潜入し構成員等の情報を得てきましたから」


 笑顔で答えると、カインは手元に忍ばせていた走り書きのメモ用事を広げ、その文面に書いてあることを静かに読み上げ始めた。


「船舶の名はガーネット号。構成員の数は定かではありませんが、海賊にしては珍しく女子供が一員として混ざっているように見受けられました」

「然して、船長の名は? よもやとは思うが、おらぬ訳が無かろう?」


 ユークリッドが訊き返す。主君ための隠密行動の遂行結果は嬉々として持ち帰るはずのカインが、この時ばかりは僅かに顔を強ばらせていたことが妙に気に掛かったためである。

 そしてユークリッドの想像通り、彼は微かに緊張感を走らせながら、接近しつつある海賊団の船長の名を告げた。




「船長の名はラムズ・シャーク……纏う雰囲気から判断するに、彼は真祖様と同等の力を有しているかと」







*****





 果たして海賊団の目的は何か。財宝か、武器か、奴隷か、もしくは領土か――。

 万が一海賊団の欲求が真祖の統治する領土だった場合、即刻『真祖の土壌に巣食う目障りな虫』として殲滅せねばならない。そういうことで、深夜ユークリッドはカインを傍仕えとして伴い、(くだん)の港へと急行した。


 案の定、そこにはすでに船舶が停まっている。

 しかしその船体を目に入れた瞬間、ユークリッドは露骨に顔を(しか)めたのだった。


「何と……けったいな船体よのう……」


 視界に飛び込んできたのは鮮烈な赤。宵闇の中でも目立つそれはまるで紅玉ガーネットのようであった。

 船頭、船尾、舳先はごくごく普通に茶色だったが、船の的となる肝心の帆が赤一色。基本的に何から何まで薄汚れた色をしている中世の街並みでは明らかに悪目立ちしてしまうこと間違い無しだ。よくぞここまで敵の的とならず漕ぎ着けたと拍手を送りたい。


 そんな派手派手しい船のことはさておき、乗組員はいないものかとユークリッドたちは周囲を見回す。と、二人の男が埠頭(ふとう)に船を固定している様子が見て取れた。

 一人は岩のようにがっしりとした体躯の男、そしてもう一人は子供と見紛うほど身長が低い少年であった。対象的な身体付きの二人であったが、赤い髪と赤い瞳を持っているという点においては共通している。


「吸血鬼……という訳では無さそうですね」

「ああ。仮に同胞であらば余も貴様も気配だけで分かるであろうからな」


 赤い瞳といえば吸血鬼の特徴の一つであるが、どうも彼らは吸血鬼という訳では無さそうだ。確かに纏わせている気配は常人とは比べ物にならないほど大きいのだが、吸血鬼よりかは禍々しさにおいて大きく劣っている。

 と、ユークリッドたちが観察するように眺めていたことに気付いたのか、赤髪の男たちがこちらを向いた。


「……って、あれ? お兄さんたち、ここの人?」

「あの服、相当な上物だな。たぶんこの街を治めている貴族か何かだろう」


 童顔の少年は首を傾げ、筋骨隆々とした男は関心ありげな視線でこちらを伺っている。それぞれが、ユークリッドとカインの力量を測っているかのような目をしていた。

 双方共に興味はあれど敵意は無いようである。が、そのようなものは残虐非道な吸血鬼の王の前では何ら意味を為さない。


「そこの二人、単純明快に問わせてもらおう」


 出会い頭にユークリッドは口火を切った。


「ここは吸血鬼の真祖たる余――ユークリッド・ドラクリヤ・クレプスクルムが治めし領土。然して貴様ら、如何なる理由で入国許可も無く余の領土へ立ち入った?」

吸血鬼(キュウケツキ)……? ……ああ、お兄さんたち、ヴァンピールの使族(しぞく)なのか。道理でこんな深夜に出歩いている訳だよね」


 童顔の少年がうんうんと納得したように頷いている。傍らの筋骨隆々とした男も似たような挙措を取っている。

 ユークリッドたちには言っている内容はよく分からなかったのだが、おそらくそこには少年たちの間で何かしらの共通認識があるということなのだろう。


「で、入国許可……だっけ?」

「ああ。入国内容にもよるが、要望があるのならば出すとしよう」


 未だ目的の見えぬ海賊に対し眉根を寄せるユークリッドを前に、気丈にも童顔の少年は臆したり怯えたりすることなく答えた。


「要望なら簡単だよ。強い奴ぶっ倒して宝石とか財宝を奪う――そんな海賊らしいことをしようとしてるだけ」

「……つまり貴様らは我が領土を荒らさんとしているということか?」

「荒らす気なんて無いけど。こんなだだっ広いだけに見える土地なんで興味無いし。ただ()()()()()()宝石を奪うことができればそれでいいんだから」


 無礼な意思が含まれた言葉を発しつつこちらを嘲笑う少年。ユークリッドのことを侮り見くびっているのだということは、もはやその態度からして明確であった。

 無論そんな少年の反応に、邪智暴虐のユークリッドが激怒しない訳が無く。


「貴様……よくぞこの余に対し無礼な口が聞けたものだな」

「そっちこそ何様のつもりなんだろうね? 初対面のボクがキミたちのこと知ってるとでも思ってたの?」

「おい馬鹿……! もうそこら辺にしておけ、ジウ……!」


 この殺気溢れる緊迫した空気に危機感を抱いたのか、筋骨隆々とした男が童顔の少年――ジウという名らしい――のことを諭す。

 だが彼の説得は無駄に終わった。双方いがみ合っている中では、宥め透かしの言葉など単なる煩わしい雑音にしかならない。

 当然のごとく説得は無視され、一触即発の空気はますます張り詰めた。


「ほう……吸血鬼の真祖たる余に対してこの狼藉、黙っておる訳には行くまいな……!」

「え? 何、ボクと()る気? ボクは大いに結構だけど、舐めてかかったら痛い目見ちゃうよ?」

「舐めておるのは貴様の方と知れ――魔帝ノ黒杭(ヴラディスラウス)


 笑顔で喧嘩を売ってくるジウ。()()()()()()()()()()()()()()何一つ知らず偉そうに突っかかってきたこの無礼者の少年に、とうとうユークリッドの堪忍袋の緒は切れた。

 ユークリッドはジウを睨みつつ片腕を突き出し、その手中に漆黒の両刃の長剣(バスタードソード)を顕現させる。そうするや否や、柄を咄嗟に握りしめ剣を構え直し、そして刃をジウの首元に突き付けた。


「己の命が惜しいのならば、せいぜい醜く命を乞え。さすれば見逃してやらんこともない」

「そんなことする訳ないでしょ? だってボク、正々堂々と戦うことが大好きだからねえ! 『戦闘民族(ルテミス)』の名に懸けて、何としてでも殺らないと!」


 変わらぬ笑顔で言うや否や、ジウは己の拳一つで剣を弾き返した。

 切れ味鋭い剣の刃に触れたのにも関わらず、彼の手に傷が付いている様子は見られない。ただの少年に見えるが、その実は相当な頑丈さを持ち合わせているようだ。

 

 そんな血が昂っているジウのことを見て自身も何かを感じたのだろうか。先ほどジウのことを諭していた男も、深く溜め息を吐きつつユークリッドの前へと一歩踏み出した。


「やれやれ。お前にそう言われちまうと、同じルテミスとして俺も参戦せざるを得んか」

「ようやく殺る気出したんだね、ロミュー。甲板長のルテミスのくせにここで逃げたらどう船長に報告しようかと考えてたところだったよ」

「それだけはやめてくれ」


 苦笑しつつも腕を鳴らす筋骨隆々とした男・ロミュー。先ほどまでは理性的なはずだったが、同じ民族であるジウの口車に乗せられてしまったせいですっかり血気盛んになってしまっている。

 一対一の予定が二対一に――その状況を不味いと感じたカインは、ユークリッドの傍へとそっと寄り添い、そして耳打ちした。


「ユークリッド様、僕も助太刀致します」

「その心意気は買おう。だが助太刀は不要。余だけでもどうとなる」

「ですが情報によりますと、彼らは普通の人間ではなく『ルテミス』と称される戦闘民族だとされております。いくらユークリッド様が我ら吸血鬼の頂点に立つ御方であれど、苦戦は避けられないと思われるのですが……」

「貴様こそ余を見くびっておるな?」


 杞憂からつい声が切羽詰まり出すカインを、ユークリッドは鋭く制した。


「戦闘民族とはいえ本質は人間であろう? ならばこの余が敗北する道理など何処にも無い。たかが二人の相手ならば余単独でもどうにでもなるわ」

「……それもそうでしたね。僕の早計でご機嫌を損ねてしまい申し訳ございませんでした」


 結局、ユークリッドにひとたび睨まれたカインはあっさりと退いた。

 カイン・シュローセンは真祖に最も忠実たる四使徒。余程切羽詰まった事態では無い限りは断じて絶対的主君には逆らわないのが彼の信条であった。


「分かったのならば良い。聞き分けの良い部下を責めるほど余は陰湿では無いからな。――それよりも、少しばかり貴様に頼みたい事柄があるのだが、」


 今回も素直に従ってくれた忠実な配下に向け薄く笑みを送りつつ、ユークリッドは小声でカインに命じた。


「今すぐ我が居城へと戻り、宝物庫から貴様が持てるだけの宝石を持ってきてもらいたい。できるか?」

「はっ、可能ではありますが……一体何に用いるというのです? まさか彼らにそれらを引き渡すおつもりでは――」

「何、単なる保険だ。戦ってもおらぬ相手に賠償金だけ支払う君主というのは大変愚かだろうに」


 ユークリッドの表情からは、その真意は読み取れない。だがこちらが端から負ける気で宝石の調達を依頼したのでは無いということは、その自信満々といった風の表情から確実であった。


「そういうことだ、カイン。理解できたのならば直ちに遂行せよ」

「は……はい、かしこまりました。直ちに」


 多少真意に戸惑ってはいたものの、主君に命じられたとならば即座に実行に移すのがカインという名の男。一つ返事でくるりと踵を返し、一人城へと引き返していった。


 この一連のやり取りを、戦闘民族の二人は全く理解していない。

 カインが引き返した直後、タイミングを待っていたかのようにジウが問い掛けた。


「あれあれ? 一人逃げてるよ? いいの?」

「彼が去ったのは余絡みの所用であるが故。逃げた訳ではあらぬと言っておこう。それよりも――」


 話を切り替えるがごとく、剣を構え直すユークリッド。

 そして顔を闘争心に満ちたものへと作り変え――


「――良いのか? 貴様ら、余と殺し合うのだろう?」

「もっちろん! ボク、今までずっとガマンしてたんだからね!」

「待ち詫びていた甲斐があったというものだ。やはり強敵との戦いを前に待たされるというのはとても酷だった」


 ユークリッドの問い掛けに対し、ジウもロミューもそれぞれ闘争への快楽を剥き出しにした表情で答えた。

 戦闘を前に歓喜しているのは戦闘民族が故か海賊が故か――否、両方が絡んでいるのだろう。


「という訳で! ジウ・エワード、いっくよー!」

「同じくロミュー・ヴァノス、参る!」

「ふ……あと数秒後には貴様らの命が尽きることが確定しているというのに、随分と余裕のようだな!」


 ジウが右へ、ロミューが左へ、勇猛にも武器一つ持たず彼らは挟撃せんとする。

 左右から襲い掛かり、そしてそれぞれ殴り掛からんとする二人の赤髪の男を、ユークリッドはひらりと高く舞い上がることで躱す。その上で天からそれぞれに傷を与えんと――



「【稲妻よ、全てを裂かん──  Flagdy( フラグディ) Lace(ラジュ) Toturmel(トータメル)】」



 ――した刹那、双方の間に一閃の稲妻が落ちた。

 まるでこの戦闘を仲裁するかのように。


「……何者だ?」


 突然の闖入者に怪訝さを隠さないユークリッド。

 自身の配下に雷を操れる者は存在しない――否、いるにはいるのだが、そもそも詠唱が真祖たる自らの知るものとは異なっている。つまりこの落雷は吸血鬼が起こしたものではなく、別の何者かが起こしたものと言えるだろう。


(聖騎士共による神術(しんじゅつ)か? それにしては聖なる気配が全く感じられぬが……)


 全く未知の攻撃を目の当たりにし思わず戸惑うユークリッドだったが、それ以上に劇的な反応を見せたのは二人の海賊たちの方だった。


「うげっ、船長……」

「あー……見つかっちまったか……」


 ジウもロミューも「やってしまった」と言わんばかりの表情。ジウの言葉から推測するに、この海賊団の船長に見つかったことに対する恐怖と畏怖が、この歪んだ表情を形成しているのだと考えられる。

 そして、二人の恐怖を読み取ったかのように、甲板の上から長身の男と思わしき人影が姿を覗かせる。



「テメエら、こんな夜更けに何してやがる」



 現れたのは、海賊にしてはあまりにも綺麗すぎる顔を持った男だった。





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