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ヒロインを助けるなんて死ぬほど辛いからしたくない  作者: 望月咲太
第一章 運命の出会い編
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四話 始まりの始まり

 




  彼は現場に着いた。爆発の現場。彼女を、助けるべき少女をみつけた場所に。

  彼は再びデパート内へと入った。まだここに居るのだろうかと疑問に思い、恐る恐る侵入していった。先程のように薄暗く、視界が狭い。だが、神奈には、視界を広げる手段が、薄暗さを取り消し、光を灯す手段を。


「まだ異能の使い方はよく分かんねえな…イメージすりゃいいのか?ええっと…」


  神奈はイメージしてみた。右手から小さな灯火が出てくるのを。光、メラメラと燃え上がる火の光。


「お、出てきた出てきた。これでよく見え…」


  出てきた火で、周りを見渡そうと少しあたりを見ると、言葉が止まった。

 

  なんだよこれ。さっきからこんなことになってたのか?くそっ、相手はとんでもねぇサイコパスなのか!?ありえねぇだろ!?こんなこと…こんな殺し方があってたまるかよっ!


  見えたのは死体だった。だが、ただ死んでいるのではない。首が、死体の首だけが、体と切り離され、コレクションをしているかのように、階段に綺麗に並べられていた。神奈はさっきここを通った時は、エスカレーターを駆け上がったから気づかなかった。

 

  吐きそうだ。吐きそうだ。吐きそうだ。


  気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。


  初めて見る死体というものと、異常な姿の、同じ人間の姿。異能とは関係なく、そういったこととは無関係だった神奈にとっては仕方がなかった。吐いてしまうのは。吐いた。止まらなかった。涙も出てくる。苦しみからだ。







 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――










  ようやく治まるにいたるまでは、時間がかかってしまった。神奈は少し怯えながらも、さっきの平生を取り戻し、動き出した。


  少女は、少女はどこにいるんだ…?

  さっきと一緒の場所に行ったところで、いるはずもないだろう。ここをでるか、一度。


  外に出た。辺りは未だ業火につつまれ、さきほどの光景とは何ら変わりはない。

  そんなときだった。再びあの爆発音がした。前のものとは大きさは明らかに劣っていたが、近くで起こったからこそ、聞くことが出来た。

  そして、神奈は感じた。少女の居場所を。この無残な、サイコパス野郎の居場所を。


  きっといま君はそこに…そこにいるんだよな。

 そして、君は追われてる。見つかったんだ。野郎に。今すぐ行くからな、お前の信じた男が、お前を助けに現れるからな。


 

  神奈はすぐさま走り出した。

  決意は固く決まっていた。彼女を、どんなことからも助けてやると。

  覚悟は固く決まっていた。野郎を、彼女を追いかけるクソ野郎と戦う覚悟が。


  全力で駆けて、爆発音の起きた近くに着き、何かを見つけた。その瞬間、近くの黒のワゴン車の影に身を潜めた。


  見たのは男の姿だった。長いコートのようなものを見にまとい、一般人ではなかろう身なりだった。察した。魔道士である、と。すると、その男から発せられる声が耳に入った。


「そこにいるんすよね〜?いい加減でてきてくださいよ〜。俺だってそんな暇じゃないんすよ〜。早く出てきてくれないと、殺せないじゃないっすか〜?」


  その男は、 神奈が隠れている黒のワゴン車ではなく、1台のトラックだった。

  簡単にわかる。少女は、そのトラックの陰に隠れているか、荷台に隠れている。

  神奈は、今出ていくべきなのかどうかを迷っていた。すると男は突然に、


「ほんとにいないんすかぁ?まぁここだと、俺の『反逆』も起きずらそうだし、少し近くの火にでもあたって溜めてくるっす。まぁ逃げても〜直ぐに見つけるんでいいっすよ〜」


  男はそう言って、奥に見える火の粉のもとへと、口笛を呑気に吹きながら歩いていった。

  神奈はそれを確認して、彼女が隠れているであろうトラックに近づいた。


  ここにいるんだよな…?


「お、おーい…いるのかー…?」

 あまり大きな声を出さないよう、小声で呼びかけた。返事はなかった。

  トラックを一周してみても人はいない。トラックの影には隠れていなかった。

  神奈はそれを確認し、荷台の扉に近づいた。


 こん中に…あの子は…


  神奈はゆっくりと扉のレバーへと手を伸ばし、それを下ろした。扉の施錠を開け、ゆっくりと、音を出来るだけ立てないように、徐々に、徐々に開けた。

  荷台を開け、中を覗くと、座り込む少女の姿。少女もまた、恐怖に怯えた顔でこちらを見ていた。

  そうしてすぐ、彼女は泣き出した。




「どうして…君がここに居るの…?」



  月の光が徐々にさしこみ、やがて少年少女を、暖かな、穏やかな光が包み込んだ。少女の美しい顔が断然とよく見える。本当に美しい。デパートで見た時は、薄暗く、良く見えていなかった。それでも美しいとわかった姿。それをよく見れるとなると、細部までがよく分かり、より一層、『純白』という名にふさわしいことが分かる。そんな可憐な少女が、涙を流し、神奈にそう尋ねた。

  神奈は直ぐに答えた。本当のことを。



「お前の悲しそうな顔が頭から離れなかった。だから、助けに来たんだ。」


「わたしの…?」


「そうだよ、泣いてたじゃねーか、あん時も、人に迷惑かけたくないとか言ってながら、泣きながら信じてる、なんて言われたら、助けるに決まってる。」


「うれしい…本当にうれしい…もう諦めかけてた…もうだめなんだって…もう死ぬんだって…」

  彼女は流れる涙を拭い、一人で、孤独であった時ほどの緊張間が無くなったのか、肩の荷がおりたように、力が抜け崩れ、涙が止まらなくなっている。


「お前は殺させなんかさせない。俺、決めたんだよ。お前を助けるって。名前もまだ分からない。どんな奴かだなんてことも分かっちゃいねぇ。でも、守るよ。俺に与えられた力が、神殺しに繋がるって言うなら、それが分かるまでは、おまえを自由にさせてやるまでは、俺がお前のそばにいてやるって。」


「ほんとに…?私、一人じゃなくなるのかな…?一緒にいてくれる人ができたのかな…?」


「なってやるよ。だからさ、泣くなよ。」

 そう言って神奈は、少女の頭を優しく撫でた。

  しかし、そんな会話も長くは続かなかった。


「えぇ〜?誰っすか〜?俺の獲物と仲良くしちゃってる君は〜?」

  男が戻ってきた。口調は変わらずとも、少しいらついているのがわかる。瞳孔が開きこちらを見つめ、右手は氷を纏っていて、今すぐにでもこちらを襲える、という状態だった。

  始まろうとしていた。神奈にとっての、彼の物語にとっての、始まりの戦いが。


「お前こそ誰だよ。この街をこんなめちゃくちゃにしてくれたやつか?」

  神奈は彼女から離れ、男の方を向いた。男を強く睨みつけ、威嚇した。


「俺っすか〜?俺の事が知りたいんすね〜?俺の名前は、()()()()()っすよぉ〜。ってゆうかぁ、なんなんすかあんたぁ。このことはあんたには関係ないっしょ〜?分かったら、どいてくださいよぉ〜」


「関係ねぇわけないだろ。ここは俺の街なんだ。それに…それに、俺は決めたんだ。この子を守るんだって」

  神奈の言葉を聞いて、男は笑い始めた。

「はぁっ!?その子を守る!?笑っちゃうっすね〜!その女のために、どれほどの人を相手にすると思ってるんすかぁ!?あの()()()()1()ですら、敵にまわすんすかぁ!?狂ってるっすよ〜!命が惜しくないんすかぁ!?死にたがり屋なんすかぁ!?」


()()()()1()?だれだよそれ。それに、命が惜しくないわけないだろ。死ぬなんてゴメンだ。俺はまだいっぱいやりてえことだってあんだよ。死んでたまるかってんだ。」


「まさかぁ、ここで死なないだなんて思ってないっすよね〜?」


「そんなこと思っちゃいねえ。お前に勝ちに来たんだからな。」


「!? はったりもいいとこっすよぉ!!!」

  アイザックは叫びながら、右手で氷を製造し、投射してきた。創造した。炎を。一瞬であの氷を消しされる、超高温の炎を。

  神奈の右手からも、一気に炎が吹き上がり、それを伸ばして氷と接触させた。氷は一瞬で蒸発した。


「なぁっ!?炎を使う!?てか、なんでこんな所に異能者がいるんすかぁ!?ここは、日本つっても、あの保護地域からは遠いはずっすよねぇ!?」

  この国の事情については知っているようだった。ここ日本は、異能者は東京を中心とし、その周辺を『保護地域』と呼ぶようにし、そこに異能者を集めている。つまり、この街のように東京周辺ではない所には、異能者がいるはずなんてない、というわけだ。


「さぁな。俺も分かんなかったからな。」


「あんたもわかんないって、意味わかんないっすよ〜?まぁいいっすけどぉ!」


  再び飛んでくるであろう氷を避けるために、神奈は少女のいるトラックから離れるように走り出した。

  アイザックは地面を踏みつけた。踏みつけた

「小賢しいっ!死ねぇ!!」

  地面を踏みつけ、そこから氷が地面を伝うように出てきた。

  神奈を追いかける。氷が神奈を追いかけている。

  速い、速い――

  逃げられない、追いつかれるっ!

  氷が神奈を捉える直前に、神奈は飛び上がり、灼熱を生み出して、地面に向かって放出した。


「うおっっりゃぁあ!!!」

 なんだっ!?急に難しくなったぞ!?大きな威力の力ってのは、やっぱり使用が難しいのか…?反動もすげえくるっ!


「無駄っすよぉ!その発動速度じゃ、いずれ間に合わなくなるっすねぇ!」

  再び来た。地面を伝う氷。

  さっきよりも断然速い。そしてでかい。

  まだ空中にいる。どうすればいい。

  右手じゃ生み出して叩きつけるまでには次官がっ!!!

 

「くそっ!!はああっ!!」

  左手を使った。左で炎を生み出し、それを動く氷にぶつけ、相殺させた。


  アイザックは再び踏みつけた。三度目の氷だ。

 

  (あいつには反動とか、疲れとか、そんなんはねえのかよ!?いや、ないわけねぇ。経験の差だ。経験の差が、あいつを強えと思わせてるんだ。)


  アイザックの強さを再確認し、それで、自分の弱さを知った。

  それでも負けられない。決意しているから。

  約束したから。


「くっそぉぉぉ!!」

 炎の扱いに少しずつ慣れたのか、右手での灼熱の生成と放射速度と、威力の大きさが明らかに変わった。

  再び来た氷に届き、焼き尽くした。

 

「甘いっす!」

  アイザックは、神奈が氷を打ち消している間に、神奈の元へと近づき、氷の剣を二本生み出し、二刀流の形を取り、そのうちの右手が大きく振り上げられ、神奈に向かい軌道を描いた。


(やばい!避けろ俺っ!後ろにひけぇ!)

  着地した瞬間に後ろに飛び下がった。


「あああああぁぁっ!!!痛てぇぇぇぇ!!!」

  避けようとしても、多少まにあわないのは仕方がない。

  左腕を少しかすめた。少しと言っても、剃ったときのような、少しではない。左腕が切り落とされるに比べれば、少しということだ。

  つまり、普通に考えれば深い傷口だ。


  痛てぇ

  痛てぇ

  痛てぇ

  痛てぇ


  血が左腕を流れ落ちる。

  白の服だった。真っ赤に染っていく。真紅に染っていく。

  戦闘の恐怖を知った。


「はぁぁ!?そんなんで、なに弱音吐いてんすかぁ!?あんなに大口叩いておいてぇ、勝つなんて言っておいてぇ、まさか、こういうことに慣れてないなんて言わないっすよねぇ!?ふざけんじゃねぇっすよ!?俺がいままでどんだけ戦いに明け暮れてきたと思ってんすかぁ!?神は一人しかいねぇっすよ、なのに、多神派なんてのが存在してるなんて、考えられないっす!そのうえ、あの女はなんだってんすかぁぁぁ!?あぁ!?『神格化』!?ふざけてんじゃねえっすよぉ!!!!!殺す、殺す、殺すっ!!!」


「はぁ、はぁ…お前が…どういうことをしてきたのなんかなんて知らねぇ。そんな魔道士の事情なんてのも知らねえ!だけど、そんなお前らの理屈を、あの女の子に押し付けんなっ!そんな理由で、あの子を殺そうなんてするんじゃねぇ!あの

 子の何が悪い!?ただ普通に生きてるだけだ!そんな生活をぶっ壊して、あの子の人生を狂わせて、めちゃくちゃにして!!」


「生きてるってだけであの女は罪なんだよぉ!!!!!」

  アイザックの口調は変わった。

  地面を一蹴りして、神奈のもとへ飛んできて、剣を振りかざそうとした。


「そんな理由、俺が認めねぇ!!」


  神奈は、炎を右手と左手で、ムチのように長くしなやかな、そしてそれは、感触を感じさせる炎だった。固体であるかのような炎だ。


  アイザックの氷の剣と、神奈の炎のムチがぶつかり合う。


「うおぉりゃぁぁ!!」


「ふんっ!無駄だぁ!遅せぇ!!」


  神奈とアイザックの手数には、少しずつ差が出てきた。アイザックの方が1枚上手なのだ。

  しかたもない。神奈はこんな武器なんて扱ったこともないからだ。神奈は、アイザックから繰り出される剣術に、センスで見極め、それを防ぐことしか出来なかった。


(このままじゃ、絶対勝てない…どうしたらいい?どうしたら…)


  考えた。アイザックを倒す方法を。どうすればこの男を倒すことが出来るのかを考えた。


  氷を使う男、こいつの氷の使用限度は考えない方が良さそうだ。耐久戦に持ち込めば、確実に負けるのは俺だ。

  それに氷の剣…

  そうだ。氷の剣だ。それがある限りは、あいつは俺と接近戦を望んでいるという事だ。


  アイザックの剣舞は俺を襲っている。こいつを利用できるのか…?


「戦闘中に考え事っすかぁ!?余裕満々じゃないっっすかぁぁっっっ!!」


  両ムチが、二つの剣により弾かれ、防御をする術がなくなった瞬間を狙い、アイザックは足で地面を踏みつけ、神奈はそれの氷の山の突進を無防備で受けてしまった。


「ぐはぁぁっっ!!!」

  地面に落ち、吐血した。大量にだ。


「くそっ、このままじゃまじで死ぬ。迷っちゃいけねぇ。やるしかねぇ。」


  神奈は痛みを堪え立ち上がり、アイザック目掛けて走り出した。


「あぁっ!往生際が悪いっすねぇ!」


  アイザックも直ぐに構えを取り直し、向かってくる神奈を迎え撃つよう、地面を蹴り水平移動した。

  両者とも、お互いを迎撃可能範囲に入れた。

  アイザックは右手を大きく振り上げた。それを見た瞬間、神奈は右手に作りあげていた炎のムチを消した。


「はああっ!?!?血迷ったんすかねぇ!!」

 

「そんなわけねぇ。俺は、お前をぶっ倒す!」


  右手が振り下ろされた。

  それは分かってしていたことだから、それを避けることだけに全力を注いだ。右手の剣を、アイザックから見れば、神奈は左の方向へ身をかわし、左に神奈を捉えている。それをみてすぐに、左手の剣で彼を切りかかった。

  驚いた。アイザックは、神奈の行動に驚いた。

 左の炎でそれを跳ね返すか、アイザックは剣を地面と水平にして切りかかっていたので、後ろへ逃げられると考えて、直ぐに右手の剣を振り上げていた。

  だが神奈は跳ね返さなかった。避けもしなかった。跳ね返さなかったというより、炎を軽く当てて起動をずらしただけだった。その変わった軌道上に、右足が入った。


「ぐあああああっ!!!!」


「な、なんだとっっ!?!?」


「お前はぁ、俺より剣技も優れて、戦闘に慣れている。だから、そうやって、右手をあげると信じていたんだ!俺はお前を信じたっ!お前を倒すためにっ!」


  振り上げた右手は下ろす以外に選択肢はない。

 勢いで下ろしてしまうのだ。それを狙っていた。

 右の剣が振り下ろされた。それを避けるために、血が出る右足の痛みを我慢して、飛び下がった。

  二つの剣が、ほとんどひとつの位置に来た。


  負けられない。

  死ぬほど辛い、こんな痛み、痛すぎる。

  でも勝つんだ。決めたから。彼女を守るんだって。

 

「おれは負けねぇ。」

  神奈はそう言って、左手に残しておいた炎のムチで、二つの剣をまとめとった。


「なっ!?」

 

「お前を倒さなきゃ、俺は、俺の物語は始まらねぇんだ!!」

 

  右手で炎を生み出した。超高温で真紅に燃え、とても大きい。太陽を縮小させているのかとも思わせる綺麗な球体。夜の街を照らしている火。

  神奈は、全力を具現化し、


「うらぁぁぁぁぁ!!!」


  太陽はアイザックを襲った。ものすごい光を放ち、飛んでいく。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!」


  アイザックは、太陽を受けながら、飛ばされた。その光は、地面を平行に動き、突如進路を変え、円弧上に空に向かっていった。

  そうして、爆発した。

  夜の街が、一瞬で照らされた。明るく、とても明るく、目を開けていられないほどだった。

 爆発の火の粉と、人のような形の物が落ちてゆくのがわかった。


「終わったのか…?これで…」

  力が抜けた。崩れ落ちた。疲れた。右足と左腕の痛みがずんずんと感じられる。

  それでも、神奈は少女のことしか考えられなかった。


「あの子に生きる意味が無いなんて…そんなわけないだろ…」


「あの子って、私の事?」


「うわぁぁっ!?」


「ひっ」


「って、君は…」

  そこには、あの少女が立っていた。

  立ち姿は凛としてて美しく、見るだけで惚れてしまいそうな姿だ。


「あの魔道士は…?」


「あぁ、今頃、どっかで寝てるんじゃねえか?」


「まさか、本当に倒しちゃったの…?」


「めちゃくちゃ痛かったよ。死ぬかと思った。でも、頑張った。」

 


  彼女は、悲しむ顔で、地面に座り込み神奈と同じ目線となり、突然に抱きついた。


「えっ!?」


「ありがとう…本当にありがとう…私を守ってくれて…」

  彼女は泣いていた。号泣していた。人に守られるということが、彼女の心にどれだけ響いたのだろうか。世界中の人々から狙われる彼女が、たった一人の少年から守られることが、どれほど嬉しかったことだろうか。


「なぁ、お前を助けられるのは、お前からしたら、おれしかいないんだろ?だからさ、当たり前のことをしてるだけだって。俺しかいないなら、俺はお前を助ける。きっと、この力に気づけたのも、お前に会えたからだ。つまりさ、異能に気づくためには、お前が必要だったんだ。運命だったのかもしれない。俺がお前を助けるのも、お前が俺をここで見つけるのも。俺はそう信じてる。だから、俺はお前を守り続けるから。だから…だからさ、泣くなよ。」

  そう言いながら、彼女の頭を撫でる。慰めるようにして。


「無理だよ…。余計泣いちゃうって…。嬉しすぎるもの…助けられるなんて、私を助けてくれる人がいるだなんて…。」


  はははっ、と微笑し、彼女を撫で続けた。

 






  戦いが終わった。初めての戦いが。

  初めてあんなに血を出した。その痛みも、心が折れそうになるほど辛いものだった。

  初めて人の死体を見た。吐いた。気分が悪くなってしまった。この後もこんな事が続くのかと思うと、それはそれで心を悩ますものだった。

  初めて人を本気で殺そうとした。子供の頃、喧嘩で傷付けたことはあるものの、本気で殺そうだなんて思うことは無い。だが、殺そうとした。人を。炎で。焼き付くそうとした。


  そんな濃い経験を、たった一日でしたのだ。

  自分で、世界一濃い一日を過ごしたな、なんて思うのだった。

  現在時刻は10時37分。

  明日からの学校を休む訳にも行かず、直ぐに帰ろうとする。


(あれ?守るっつったのはいいんだけど…この子、どうしたらいいんだ…?つか、名前は…?)


「なぁ、ひとついいか?」


「なに?」


「俺、まだ君の名前を聞いてなくてさ。あんなことこんなことあって、そういえばって思って。」


「あぁ、そうだった。名前を教えてなかったね。」

 

「ちなみに俺の名前は佐倉神奈ってゆーんだ。」


「佐倉神奈…いい名前だと思うよ、神奈」

  いきなりの名前呼びにちょっぴり照れてしまった。


「ふふっ、顔が赤いよ?」


「う、うるせえよっ!」


「あはは、ごめんごめん。」

  だが、神奈はほっとした。あんなに悲しそうな顔をしていた少女の、本当の笑顔を見れた気がして。


「あ、私の名前。私の名前はね…シス―――」


 



  聞こえなかった。彼女の声が小さかったとかじゃない。周りの音がかき消したのだ。

  再び起きたとてつもない音だ。建物が崩れた音だ。


「な、なんだ…」

  神奈は少女を抱きしめながら、大きな音がした方を向いた。


  近づく人影。嫌な予感だ。

 


  そして、その嫌な予感は的中した。


「あぁ〜死んじまうっすよぉ〜俺の顔みてくださいよ〜。皮膚が焦げて少し取れちゃってるんすよ〜?右腕のなんて、これ、やばくないっすかぁ〜?どうしてくれんすかぁ〜、なぁ!?おい!?」


  アイザックは、衣装もぼろぼろで、変わり果てた容貌で、再び現れた。


「アイザック…お前はまだ…」


「お前なんすかぁ?()()に記された、三大厄災の…」


「なんだよそれ…」


「まぁいいっす。それよりよぉ、俺はァ、お前と殺さねぇとぉ。気がすまねぇんだけどよぉ、その女なんか二の次だぁ。お前を殺すんだよォ!神奈ぁ!」


  名前を聞かれたのか、俺の名を叫び、怒り狂っている。


「なぁ、名前はまた後で聞かせてくれないか?とりあえず、ここから離れて。」


「神奈…約束して。絶対に私の元に帰ってきて。私には、神奈が必要なんだから…」


「あぁ、約束する。」

  そう言って彼女は走り出した。


「死ぬ前に約束なんてしちゃってぇ〜叶えられないのが残念っすね〜」


「さぁ、それはどうなんだかな。」

  神奈はそう言い、構えた。いつでも来ていいように、いつ始まってもいいように。


  死ね、アイザックはそう言って飛びかかってきた。ものすごい勢いで。右手に氷を纏い、殴りかかってきた。

  神奈も対抗しようと、右手に炎を纏わせた。相殺出来ると思った。





  神奈の炎だけがかき消され、冷たく、とても硬い氷の結晶を纏った右手が、神奈の左の頬を直撃した。


「ぐはぁぁっ!なんだっ!?」


「お前じゃもう俺には勝てないっす。原因は、あんたなんすけどね。」






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