四話 始まりの始まり
彼は現場に着いた。爆発の現場。彼女を、助けるべき少女をみつけた場所に。
彼は再びデパート内へと入った。まだここに居るのだろうかと疑問に思い、恐る恐る侵入していった。先程のように薄暗く、視界が狭い。だが、神奈には、視界を広げる手段が、薄暗さを取り消し、光を灯す手段を。
「まだ異能の使い方はよく分かんねえな…イメージすりゃいいのか?ええっと…」
神奈はイメージしてみた。右手から小さな灯火が出てくるのを。光、メラメラと燃え上がる火の光。
「お、出てきた出てきた。これでよく見え…」
出てきた火で、周りを見渡そうと少しあたりを見ると、言葉が止まった。
なんだよこれ。さっきからこんなことになってたのか?くそっ、相手はとんでもねぇサイコパスなのか!?ありえねぇだろ!?こんなこと…こんな殺し方があってたまるかよっ!
見えたのは死体だった。だが、ただ死んでいるのではない。首が、死体の首だけが、体と切り離され、コレクションをしているかのように、階段に綺麗に並べられていた。神奈はさっきここを通った時は、エスカレーターを駆け上がったから気づかなかった。
吐きそうだ。吐きそうだ。吐きそうだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
初めて見る死体というものと、異常な姿の、同じ人間の姿。異能とは関係なく、そういったこととは無関係だった神奈にとっては仕方がなかった。吐いてしまうのは。吐いた。止まらなかった。涙も出てくる。苦しみからだ。
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ようやく治まるにいたるまでは、時間がかかってしまった。神奈は少し怯えながらも、さっきの平生を取り戻し、動き出した。
少女は、少女はどこにいるんだ…?
さっきと一緒の場所に行ったところで、いるはずもないだろう。ここをでるか、一度。
外に出た。辺りは未だ業火につつまれ、さきほどの光景とは何ら変わりはない。
そんなときだった。再びあの爆発音がした。前のものとは大きさは明らかに劣っていたが、近くで起こったからこそ、聞くことが出来た。
そして、神奈は感じた。少女の居場所を。この無残な、サイコパス野郎の居場所を。
きっといま君はそこに…そこにいるんだよな。
そして、君は追われてる。見つかったんだ。野郎に。今すぐ行くからな、お前の信じた男が、お前を助けに現れるからな。
神奈はすぐさま走り出した。
決意は固く決まっていた。彼女を、どんなことからも助けてやると。
覚悟は固く決まっていた。野郎を、彼女を追いかけるクソ野郎と戦う覚悟が。
全力で駆けて、爆発音の起きた近くに着き、何かを見つけた。その瞬間、近くの黒のワゴン車の影に身を潜めた。
見たのは男の姿だった。長いコートのようなものを見にまとい、一般人ではなかろう身なりだった。察した。魔道士である、と。すると、その男から発せられる声が耳に入った。
「そこにいるんすよね〜?いい加減でてきてくださいよ〜。俺だってそんな暇じゃないんすよ〜。早く出てきてくれないと、殺せないじゃないっすか〜?」
その男は、 神奈が隠れている黒のワゴン車ではなく、1台のトラックだった。
簡単にわかる。少女は、そのトラックの陰に隠れているか、荷台に隠れている。
神奈は、今出ていくべきなのかどうかを迷っていた。すると男は突然に、
「ほんとにいないんすかぁ?まぁここだと、俺の『反逆』も起きずらそうだし、少し近くの火にでもあたって溜めてくるっす。まぁ逃げても〜直ぐに見つけるんでいいっすよ〜」
男はそう言って、奥に見える火の粉のもとへと、口笛を呑気に吹きながら歩いていった。
神奈はそれを確認して、彼女が隠れているであろうトラックに近づいた。
ここにいるんだよな…?
「お、おーい…いるのかー…?」
あまり大きな声を出さないよう、小声で呼びかけた。返事はなかった。
トラックを一周してみても人はいない。トラックの影には隠れていなかった。
神奈はそれを確認し、荷台の扉に近づいた。
こん中に…あの子は…
神奈はゆっくりと扉のレバーへと手を伸ばし、それを下ろした。扉の施錠を開け、ゆっくりと、音を出来るだけ立てないように、徐々に、徐々に開けた。
荷台を開け、中を覗くと、座り込む少女の姿。少女もまた、恐怖に怯えた顔でこちらを見ていた。
そうしてすぐ、彼女は泣き出した。
「どうして…君がここに居るの…?」
月の光が徐々にさしこみ、やがて少年少女を、暖かな、穏やかな光が包み込んだ。少女の美しい顔が断然とよく見える。本当に美しい。デパートで見た時は、薄暗く、良く見えていなかった。それでも美しいとわかった姿。それをよく見れるとなると、細部までがよく分かり、より一層、『純白』という名にふさわしいことが分かる。そんな可憐な少女が、涙を流し、神奈にそう尋ねた。
神奈は直ぐに答えた。本当のことを。
「お前の悲しそうな顔が頭から離れなかった。だから、助けに来たんだ。」
「わたしの…?」
「そうだよ、泣いてたじゃねーか、あん時も、人に迷惑かけたくないとか言ってながら、泣きながら信じてる、なんて言われたら、助けるに決まってる。」
「うれしい…本当にうれしい…もう諦めかけてた…もうだめなんだって…もう死ぬんだって…」
彼女は流れる涙を拭い、一人で、孤独であった時ほどの緊張間が無くなったのか、肩の荷がおりたように、力が抜け崩れ、涙が止まらなくなっている。
「お前は殺させなんかさせない。俺、決めたんだよ。お前を助けるって。名前もまだ分からない。どんな奴かだなんてことも分かっちゃいねぇ。でも、守るよ。俺に与えられた力が、神殺しに繋がるって言うなら、それが分かるまでは、おまえを自由にさせてやるまでは、俺がお前のそばにいてやるって。」
「ほんとに…?私、一人じゃなくなるのかな…?一緒にいてくれる人ができたのかな…?」
「なってやるよ。だからさ、泣くなよ。」
そう言って神奈は、少女の頭を優しく撫でた。
しかし、そんな会話も長くは続かなかった。
「えぇ〜?誰っすか〜?俺の獲物と仲良くしちゃってる君は〜?」
男が戻ってきた。口調は変わらずとも、少しいらついているのがわかる。瞳孔が開きこちらを見つめ、右手は氷を纏っていて、今すぐにでもこちらを襲える、という状態だった。
始まろうとしていた。神奈にとっての、彼の物語にとっての、始まりの戦いが。
「お前こそ誰だよ。この街をこんなめちゃくちゃにしてくれたやつか?」
神奈は彼女から離れ、男の方を向いた。男を強く睨みつけ、威嚇した。
「俺っすか〜?俺の事が知りたいんすね〜?俺の名前は、アイザックっすよぉ〜。ってゆうかぁ、なんなんすかあんたぁ。このことはあんたには関係ないっしょ〜?分かったら、どいてくださいよぉ〜」
「関係ねぇわけないだろ。ここは俺の街なんだ。それに…それに、俺は決めたんだ。この子を守るんだって」
神奈の言葉を聞いて、男は笑い始めた。
「はぁっ!?その子を守る!?笑っちゃうっすね〜!その女のために、どれほどの人を相手にすると思ってるんすかぁ!?あのナンバー1ですら、敵にまわすんすかぁ!?狂ってるっすよ〜!命が惜しくないんすかぁ!?死にたがり屋なんすかぁ!?」
「ナンバー1?だれだよそれ。それに、命が惜しくないわけないだろ。死ぬなんてゴメンだ。俺はまだいっぱいやりてえことだってあんだよ。死んでたまるかってんだ。」
「まさかぁ、ここで死なないだなんて思ってないっすよね〜?」
「そんなこと思っちゃいねえ。お前に勝ちに来たんだからな。」
「!? はったりもいいとこっすよぉ!!!」
アイザックは叫びながら、右手で氷を製造し、投射してきた。創造した。炎を。一瞬であの氷を消しされる、超高温の炎を。
神奈の右手からも、一気に炎が吹き上がり、それを伸ばして氷と接触させた。氷は一瞬で蒸発した。
「なぁっ!?炎を使う!?てか、なんでこんな所に異能者がいるんすかぁ!?ここは、日本つっても、あの保護地域からは遠いはずっすよねぇ!?」
この国の事情については知っているようだった。ここ日本は、異能者は東京を中心とし、その周辺を『保護地域』と呼ぶようにし、そこに異能者を集めている。つまり、この街のように東京周辺ではない所には、異能者がいるはずなんてない、というわけだ。
「さぁな。俺も分かんなかったからな。」
「あんたもわかんないって、意味わかんないっすよ〜?まぁいいっすけどぉ!」
再び飛んでくるであろう氷を避けるために、神奈は少女のいるトラックから離れるように走り出した。
アイザックは地面を踏みつけた。踏みつけた
「小賢しいっ!死ねぇ!!」
地面を踏みつけ、そこから氷が地面を伝うように出てきた。
神奈を追いかける。氷が神奈を追いかけている。
速い、速い――
逃げられない、追いつかれるっ!
氷が神奈を捉える直前に、神奈は飛び上がり、灼熱を生み出して、地面に向かって放出した。
「うおっっりゃぁあ!!!」
なんだっ!?急に難しくなったぞ!?大きな威力の力ってのは、やっぱり使用が難しいのか…?反動もすげえくるっ!
「無駄っすよぉ!その発動速度じゃ、いずれ間に合わなくなるっすねぇ!」
再び来た。地面を伝う氷。
さっきよりも断然速い。そしてでかい。
まだ空中にいる。どうすればいい。
右手じゃ生み出して叩きつけるまでには次官がっ!!!
「くそっ!!はああっ!!」
左手を使った。左で炎を生み出し、それを動く氷にぶつけ、相殺させた。
アイザックは再び踏みつけた。三度目の氷だ。
(あいつには反動とか、疲れとか、そんなんはねえのかよ!?いや、ないわけねぇ。経験の差だ。経験の差が、あいつを強えと思わせてるんだ。)
アイザックの強さを再確認し、それで、自分の弱さを知った。
それでも負けられない。決意しているから。
約束したから。
「くっそぉぉぉ!!」
炎の扱いに少しずつ慣れたのか、右手での灼熱の生成と放射速度と、威力の大きさが明らかに変わった。
再び来た氷に届き、焼き尽くした。
「甘いっす!」
アイザックは、神奈が氷を打ち消している間に、神奈の元へと近づき、氷の剣を二本生み出し、二刀流の形を取り、そのうちの右手が大きく振り上げられ、神奈に向かい軌道を描いた。
(やばい!避けろ俺っ!後ろにひけぇ!)
着地した瞬間に後ろに飛び下がった。
「あああああぁぁっ!!!痛てぇぇぇぇ!!!」
避けようとしても、多少まにあわないのは仕方がない。
左腕を少しかすめた。少しと言っても、剃ったときのような、少しではない。左腕が切り落とされるに比べれば、少しということだ。
つまり、普通に考えれば深い傷口だ。
痛てぇ
痛てぇ
痛てぇ
痛てぇ
血が左腕を流れ落ちる。
白の服だった。真っ赤に染っていく。真紅に染っていく。
戦闘の恐怖を知った。
「はぁぁ!?そんなんで、なに弱音吐いてんすかぁ!?あんなに大口叩いておいてぇ、勝つなんて言っておいてぇ、まさか、こういうことに慣れてないなんて言わないっすよねぇ!?ふざけんじゃねぇっすよ!?俺がいままでどんだけ戦いに明け暮れてきたと思ってんすかぁ!?神は一人しかいねぇっすよ、なのに、多神派なんてのが存在してるなんて、考えられないっす!そのうえ、あの女はなんだってんすかぁぁぁ!?あぁ!?『神格化』!?ふざけてんじゃねえっすよぉ!!!!!殺す、殺す、殺すっ!!!」
「はぁ、はぁ…お前が…どういうことをしてきたのなんかなんて知らねぇ。そんな魔道士の事情なんてのも知らねえ!だけど、そんなお前らの理屈を、あの女の子に押し付けんなっ!そんな理由で、あの子を殺そうなんてするんじゃねぇ!あの
子の何が悪い!?ただ普通に生きてるだけだ!そんな生活をぶっ壊して、あの子の人生を狂わせて、めちゃくちゃにして!!」
「生きてるってだけであの女は罪なんだよぉ!!!!!」
アイザックの口調は変わった。
地面を一蹴りして、神奈のもとへ飛んできて、剣を振りかざそうとした。
「そんな理由、俺が認めねぇ!!」
神奈は、炎を右手と左手で、ムチのように長くしなやかな、そしてそれは、感触を感じさせる炎だった。固体であるかのような炎だ。
アイザックの氷の剣と、神奈の炎のムチがぶつかり合う。
「うおぉりゃぁぁ!!」
「ふんっ!無駄だぁ!遅せぇ!!」
神奈とアイザックの手数には、少しずつ差が出てきた。アイザックの方が1枚上手なのだ。
しかたもない。神奈はこんな武器なんて扱ったこともないからだ。神奈は、アイザックから繰り出される剣術に、センスで見極め、それを防ぐことしか出来なかった。
(このままじゃ、絶対勝てない…どうしたらいい?どうしたら…)
考えた。アイザックを倒す方法を。どうすればこの男を倒すことが出来るのかを考えた。
氷を使う男、こいつの氷の使用限度は考えない方が良さそうだ。耐久戦に持ち込めば、確実に負けるのは俺だ。
それに氷の剣…
そうだ。氷の剣だ。それがある限りは、あいつは俺と接近戦を望んでいるという事だ。
アイザックの剣舞は俺を襲っている。こいつを利用できるのか…?
「戦闘中に考え事っすかぁ!?余裕満々じゃないっっすかぁぁっっっ!!」
両ムチが、二つの剣により弾かれ、防御をする術がなくなった瞬間を狙い、アイザックは足で地面を踏みつけ、神奈はそれの氷の山の突進を無防備で受けてしまった。
「ぐはぁぁっっ!!!」
地面に落ち、吐血した。大量にだ。
「くそっ、このままじゃまじで死ぬ。迷っちゃいけねぇ。やるしかねぇ。」
神奈は痛みを堪え立ち上がり、アイザック目掛けて走り出した。
「あぁっ!往生際が悪いっすねぇ!」
アイザックも直ぐに構えを取り直し、向かってくる神奈を迎え撃つよう、地面を蹴り水平移動した。
両者とも、お互いを迎撃可能範囲に入れた。
アイザックは右手を大きく振り上げた。それを見た瞬間、神奈は右手に作りあげていた炎のムチを消した。
「はああっ!?!?血迷ったんすかねぇ!!」
「そんなわけねぇ。俺は、お前をぶっ倒す!」
右手が振り下ろされた。
それは分かってしていたことだから、それを避けることだけに全力を注いだ。右手の剣を、アイザックから見れば、神奈は左の方向へ身をかわし、左に神奈を捉えている。それをみてすぐに、左手の剣で彼を切りかかった。
驚いた。アイザックは、神奈の行動に驚いた。
左の炎でそれを跳ね返すか、アイザックは剣を地面と水平にして切りかかっていたので、後ろへ逃げられると考えて、直ぐに右手の剣を振り上げていた。
だが神奈は跳ね返さなかった。避けもしなかった。跳ね返さなかったというより、炎を軽く当てて起動をずらしただけだった。その変わった軌道上に、右足が入った。
「ぐあああああっ!!!!」
「な、なんだとっっ!?!?」
「お前はぁ、俺より剣技も優れて、戦闘に慣れている。だから、そうやって、右手をあげると信じていたんだ!俺はお前を信じたっ!お前を倒すためにっ!」
振り上げた右手は下ろす以外に選択肢はない。
勢いで下ろしてしまうのだ。それを狙っていた。
右の剣が振り下ろされた。それを避けるために、血が出る右足の痛みを我慢して、飛び下がった。
二つの剣が、ほとんどひとつの位置に来た。
負けられない。
死ぬほど辛い、こんな痛み、痛すぎる。
でも勝つんだ。決めたから。彼女を守るんだって。
「おれは負けねぇ。」
神奈はそう言って、左手に残しておいた炎のムチで、二つの剣をまとめとった。
「なっ!?」
「お前を倒さなきゃ、俺は、俺の物語は始まらねぇんだ!!」
右手で炎を生み出した。超高温で真紅に燃え、とても大きい。太陽を縮小させているのかとも思わせる綺麗な球体。夜の街を照らしている火。
神奈は、全力を具現化し、
「うらぁぁぁぁぁ!!!」
太陽はアイザックを襲った。ものすごい光を放ち、飛んでいく。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!」
アイザックは、太陽を受けながら、飛ばされた。その光は、地面を平行に動き、突如進路を変え、円弧上に空に向かっていった。
そうして、爆発した。
夜の街が、一瞬で照らされた。明るく、とても明るく、目を開けていられないほどだった。
爆発の火の粉と、人のような形の物が落ちてゆくのがわかった。
「終わったのか…?これで…」
力が抜けた。崩れ落ちた。疲れた。右足と左腕の痛みがずんずんと感じられる。
それでも、神奈は少女のことしか考えられなかった。
「あの子に生きる意味が無いなんて…そんなわけないだろ…」
「あの子って、私の事?」
「うわぁぁっ!?」
「ひっ」
「って、君は…」
そこには、あの少女が立っていた。
立ち姿は凛としてて美しく、見るだけで惚れてしまいそうな姿だ。
「あの魔道士は…?」
「あぁ、今頃、どっかで寝てるんじゃねえか?」
「まさか、本当に倒しちゃったの…?」
「めちゃくちゃ痛かったよ。死ぬかと思った。でも、頑張った。」
彼女は、悲しむ顔で、地面に座り込み神奈と同じ目線となり、突然に抱きついた。
「えっ!?」
「ありがとう…本当にありがとう…私を守ってくれて…」
彼女は泣いていた。号泣していた。人に守られるということが、彼女の心にどれだけ響いたのだろうか。世界中の人々から狙われる彼女が、たった一人の少年から守られることが、どれほど嬉しかったことだろうか。
「なぁ、お前を助けられるのは、お前からしたら、おれしかいないんだろ?だからさ、当たり前のことをしてるだけだって。俺しかいないなら、俺はお前を助ける。きっと、この力に気づけたのも、お前に会えたからだ。つまりさ、異能に気づくためには、お前が必要だったんだ。運命だったのかもしれない。俺がお前を助けるのも、お前が俺をここで見つけるのも。俺はそう信じてる。だから、俺はお前を守り続けるから。だから…だからさ、泣くなよ。」
そう言いながら、彼女の頭を撫でる。慰めるようにして。
「無理だよ…。余計泣いちゃうって…。嬉しすぎるもの…助けられるなんて、私を助けてくれる人がいるだなんて…。」
はははっ、と微笑し、彼女を撫で続けた。
戦いが終わった。初めての戦いが。
初めてあんなに血を出した。その痛みも、心が折れそうになるほど辛いものだった。
初めて人の死体を見た。吐いた。気分が悪くなってしまった。この後もこんな事が続くのかと思うと、それはそれで心を悩ますものだった。
初めて人を本気で殺そうとした。子供の頃、喧嘩で傷付けたことはあるものの、本気で殺そうだなんて思うことは無い。だが、殺そうとした。人を。炎で。焼き付くそうとした。
そんな濃い経験を、たった一日でしたのだ。
自分で、世界一濃い一日を過ごしたな、なんて思うのだった。
現在時刻は10時37分。
明日からの学校を休む訳にも行かず、直ぐに帰ろうとする。
(あれ?守るっつったのはいいんだけど…この子、どうしたらいいんだ…?つか、名前は…?)
「なぁ、ひとついいか?」
「なに?」
「俺、まだ君の名前を聞いてなくてさ。あんなことこんなことあって、そういえばって思って。」
「あぁ、そうだった。名前を教えてなかったね。」
「ちなみに俺の名前は佐倉神奈ってゆーんだ。」
「佐倉神奈…いい名前だと思うよ、神奈」
いきなりの名前呼びにちょっぴり照れてしまった。
「ふふっ、顔が赤いよ?」
「う、うるせえよっ!」
「あはは、ごめんごめん。」
だが、神奈はほっとした。あんなに悲しそうな顔をしていた少女の、本当の笑顔を見れた気がして。
「あ、私の名前。私の名前はね…シス―――」
聞こえなかった。彼女の声が小さかったとかじゃない。周りの音がかき消したのだ。
再び起きたとてつもない音だ。建物が崩れた音だ。
「な、なんだ…」
神奈は少女を抱きしめながら、大きな音がした方を向いた。
近づく人影。嫌な予感だ。
そして、その嫌な予感は的中した。
「あぁ〜死んじまうっすよぉ〜俺の顔みてくださいよ〜。皮膚が焦げて少し取れちゃってるんすよ〜?右腕のなんて、これ、やばくないっすかぁ〜?どうしてくれんすかぁ〜、なぁ!?おい!?」
アイザックは、衣装もぼろぼろで、変わり果てた容貌で、再び現れた。
「アイザック…お前はまだ…」
「お前なんすかぁ?禁書に記された、三大厄災の…」
「なんだよそれ…」
「まぁいいっす。それよりよぉ、俺はァ、お前と殺さねぇとぉ。気がすまねぇんだけどよぉ、その女なんか二の次だぁ。お前を殺すんだよォ!神奈ぁ!」
名前を聞かれたのか、俺の名を叫び、怒り狂っている。
「なぁ、名前はまた後で聞かせてくれないか?とりあえず、ここから離れて。」
「神奈…約束して。絶対に私の元に帰ってきて。私には、神奈が必要なんだから…」
「あぁ、約束する。」
そう言って彼女は走り出した。
「死ぬ前に約束なんてしちゃってぇ〜叶えられないのが残念っすね〜」
「さぁ、それはどうなんだかな。」
神奈はそう言い、構えた。いつでも来ていいように、いつ始まってもいいように。
死ね、アイザックはそう言って飛びかかってきた。ものすごい勢いで。右手に氷を纏い、殴りかかってきた。
神奈も対抗しようと、右手に炎を纏わせた。相殺出来ると思った。
神奈の炎だけがかき消され、冷たく、とても硬い氷の結晶を纏った右手が、神奈の左の頬を直撃した。
「ぐはぁぁっ!なんだっ!?」
「お前じゃもう俺には勝てないっす。原因は、あんたなんすけどね。」
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