表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3 世界の中心で愛を叫んだノケモノ

 ブサメンマンは、イエローブルーを抱き締める。

 そして背中をさすり続けた。

 

「聞いてくれよ、イエローブルー。ボクはね、ラーメン屋を営んでいたんだ」


 そうか、どこかで見たと思った。

 こいつは、つぶれた味噌ラーメン屋の店主だ。

 今まで気づかなかった。

 ブサイクではあったが、こんなに鬼気迫る表情はしていなかったからだろうか。

 

「子どものころから僕はいじめられていて、引きこもっていたんだ。なぜいじめられていたかは、ボクに聞かないでくれると助かる。ボクにはいじめられた理由なんてわからないから」


 イエローブルーを座らせ、オレたちみんなへ語りかけるブサメンマン。

 悲しそうな顔をするブサメンマン。

 その表情もきっとお前が美形なら、もっと映えていただろう。


「子どもは残酷だ。僕は良くからかわれた。からかわれたことに対して怒ると、『冗談だよマジになんなよ』って言われる。ボクは自分の顔をからかわれるのでさえ、笑って耐えなきゃならないのか?それで、学校には行けなくなった。ボクに学校に来いって言うんだ。フフ、楽しけりゃ行くさ」


 嘲るように笑うブサメンマン。

 彼には笑うこととは嘲ることであり、嘲ることが習慣になってしまっている。

 彼だって、きっと小さいころには心から笑ったことだってあっただろう。

 

「それから引きこもっていた僕は、一念発起してラーメン屋を目指すことにしたんだ。飲食店、特にラーメン屋は男の客が多いからね。味さえ良ければ、ちゃんとお客は来てくれる」


 そうだな、オレもそう思う。


「お前のラーメン、うまかった。すぐに顔を思い出せなくてすまない」


 オレは頭を下げた。

 何回も行ったラーメン屋なのに気付かなかった。


「毎度あり。アンタのオーダー覚えてるよ。野菜ニンニクマシマシに餃子半ライス。週に一度は来てくれていたっけな。覚えてる。ありがとう」


 ブサメンマンは笑ってくれた。

 その笑顔は、オレには届いた。


「ボクはラーメン屋の修行を始めた。引きこもっていたボクには辛い労働環境だったけど、ボクは耐えた。高校も行ってないから、他の仕事を探すのも難しかったからね。石にかじりつくような気持ちで修行の日々を送ったんだ」


 訥々と語るブサメンマン。


「ようやく、修行の日々は終わりボクも独り立ちできるようになった。いわゆるのれん分けさ。すぐにお客さんでいっぱいってわけでもなかったけど、本当に充実していた。美味しいラーメンを作って、お客さんが笑って……もっとお客さんが増えて欲しかったのが本音だけど、何とか赤字にならずにやれていたんだ。ずっと地道に頑張っていくつもりだった。だけど……」


 ブサメンマンは拳を握りしめている。泣くのを押し殺しているようだ。

 そんな彼に、やっと体力が回復したピンクブラックが近づいて語りかける。


「続き、聞かせて」

「聞いてくれるのか。ボクの話なんかを」

「キミがしっかり話してくれるなら、聞くよ。話したかった言葉を私に教えて」


 ブサメンマンの目を見つめて話すピンクブラック。

 それはまるで天使のようなうやさしさと美しさをたたえており――


「さすが、巷で噂の桃色天使ピンクブラックだな。心を許してしまいそうになったよ。」

「許してしまえばいいじゃない」


 ピンクブラックはブサメンマンの手を握る。


 ブサメンマンは目を逸らしピンクブラックの手を振り払って、話の続きを始めた。


「あるとき、テレビ局から取材の申し込みの連絡があった。そりゃボクは飛びあがって喜んだよ。ずっと地道に頑張ってきた甲斐があった。これでもっとお客さんに来てもらえるかもしれないって思って」

「お客が増えると嬉しいのか」

「そりゃあもう。儲かるって言うのもあるけど、ボクの作ったラーメンが受け入れられているんだ、お客様を笑顔にしているんだって思えるからね。自分の作ったモノで人を笑顔にできる。ボクのラーメンを食べたいって思う人がいてくれる……そんな嬉しいことがこの世にあるかい?」


 ブサメンマンの白濁したチャーシューのような目にキラキラした光が見えた。

 

――自分の作ったモノで人を笑顔にできる。 


 嬉しいに決まってる。オレだって嬉しい。

 オレはコソコソと小説を書いて投稿サイトにアップしている。


 ボチボチ書いて投稿しては、だれか見てくれないかな、なんて思って。

 自分の小説をブックマークしてくれる人がいたら喜んで。

 作品の評価や感想なんてもらったら天にも昇るような気持ちで……


「テレビ局の取材が来た。そりゃあ、ボクはもう天にも昇るような気持ちだからね。ボクは一生懸命話した。ラーメンのこと、いままでのボクのこと。こんなボクがやっと社会に認められたんだ。そんな気がしていたんだよ。……そのときまでは」


 ブサメンマンの顔が憎悪に塗れる。


「ボクは放送の日、いつものようにお客さんにラーメンを作りながらテレビを見ていた。ボクの店が紹介されるのを心待ちにしながら……でもいくら待ってもボクの店は紹介されなかった。放送日は確かに聞いた。おかしい……代りに紹介されたのは、同じ通りのおしゃれなラーメン店だった」


 ブサメンマンは土気色したメンマのような唇を噛んだ。


「おかしいじゃないかと、番組のディレクターに電話をした。うちの店を紹介すると言ってたじゃないか。どうしてだと噛みついた。内気なボクだけど、このときは精いっぱい噛みついたよ。どうしてオレの店が紹介されなかったんだ。せめて理由を教えてくれって……」


 うるんだ瞳もブサメンでないほうが映える。


「ハハハ!はっきり言われたよ。お前のお店じゃ数字が取れないって。イケメン店主がいるおしゃれなお店を紹介したほうが視聴率が伸びるってさ」


 ブサメンマンは自分の頭をおたまで叩き続ける。

 オレはブサメンマンの手を止める。


「おい、やめろよ。自分で自分を傷つけるな」

「……ははは。レッドグリーン、アンタ優しいんだな。じゃあさ、教えてくれよ」


 ブサメンマンはオレの首根っこをつかんで持ち上げる。


「レッドグリーン!」


 ブラックピンクとイエローグリーンが心配してくれたが、ブサメンマンに攻撃の意思はないだろう。

 二人を手で制した。ウインクで平気なことを伝える。


 コイツの話を、魂の叫びを、オレは聞きたいんだ。


「ボクはどうすれば良かったんだ。ブサイクといじられ、笑われるのに耐えながら道化として生きれば良かったのか?ボクは、ボクを評価してくれるところで勝負したかった!男の食べ物であるラーメンなら勝負できると思った。どうしても女の子のいるところは不利だからさ。でも、ここラーメン屋でさえボクの居場所はないのか?ボクはいったいどこで勝負すればいいんだ!」

「でも、店の女の子が可愛いレストランに行くとか、しょうがないと思うよ?美味しいものを食べたいけど、店の子のサービスって総合的なルックスとかも含まれると思うし」


 ピンクブラックが反論する。


「もちろん、そんなことはボクだってわかってる。でも、取材に来た女ディレクターはボクのラーメンを食べておいしいと言ったんだ。もっと評価されるべきって言ったんだ。あなたの人柄の良さがにじみ出ているいいラーメンだって……」


 ブサメンマンは泣きながらも話続ける。

 受け入れられたと、思ったんだ。

 自分のことをわかってくれる人がいたんだとそう思ったのに……

 

 自分の作品モノを見てくれと。

 ボクのことを見てくれと。

 彼の心が叫んでいた。

 

「何で褒めたんだ、何で取材をしたんだ!ボクなんて放っておいてくれたら良かったんだ。ボクは幸せだった。暮らしていけるだけのお客さんは来てくれていたから。来てくれていたお客さんのためにずっと作り続けていれば良かったんだ。ボクはそれでよかったのに、何で、一瞬でも夢を見てしまったんだ。何で、何で……」


 地面に膝をつき、祈るように話を続けるブサメンマン。


「――ボクはその後、おしゃれなお店に行った。紹介されたラーメンの味を確かめるために。確かに十分に美味しかった。そして、確かにイケメンだった。背の高い清潔感のある店主。下心から話しかけてくる女性客とも会話をしながら、他の客の様子にも気を配っているように見えた。でも、ボクのラーメンよりおいしいかと言えばそれはNOだ。でも味覚なんて客が決めるものだ。作り手が決めるものじゃない。足早にその店から出た。その後、近くのコンビニでブラブラしていたボクは店主とあの女ディレクターが腕を組んで歩いているのを見てしまった」

「ブサメンマン……」


 イエローブルーがたまらずに声をかける。


「オレは、全てを理解した。ただ彼女に一つだけ聞きたかったことがあったんだ。オレは、腕を組んで歩いている彼女のもとへ走って声をかけた。オレから怒られると思った彼女は震えていて、店主はオレからかばうように彼女を抱き締めた」


 嘲るように笑う。楽しいわけはない。

 でも彼は、嘲らずにはいられない。


「ひとつだけ教えて欲しい。これだけは本当のことを教えてくれとオレは懇願した。土下座もした。どうしても、彼女の口から聞きたかった」


 ブサメンマンは空を見上げ、思い出すように言葉を続けた。


「教えてくれ、どっちのラーメンが美味しかったんだ?……オレの質問を聞いた彼女は意を決したようにオレに近づいてこう言った。あなたのラーメンのほうが好きでした、と」


 涙を押し殺すブサメンマン。

 

「彼女の目にはウソは無かった。美味しいラーメンを探しているんだと笑ってくれた彼女の目にはウソは無かったと思う。でも……オレは、彼女からなんて言って欲しかったのだろうか。オレのラーメンを好きだと言ってくれて嬉しかったけど」


 ブサメンマンの目から涙が吹きこぼれた。


「オレは、おしゃれな店のラーメンが好きだって言って欲しかったのかもしれない。そうすれば、オレはまだ努力することができた。もっと、美味しいラーメンを作ることで彼女に近づけるのではないか……オレは最初から知ってたんだ。どんな美味しいラーメンを作っても、彼女は手に入らないって。でも夢を見てしまった。恋をしてしまった」


 ブサメンマンは泣き崩れた。

 一般的には決して美しくないお前の姿。

 笑う奴がいればオレが必ず倒してやる。

 だから、泣いていいぞ。涙枯れるまで泣けばいいんだ。


 お前は夢を見た、恋をした。

 だから、泣くんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ