姫と護衛騎士
「見つけたよアリス」
十歳にも満たなそうな少年が、白く輝く花畑で座っていた少女の元へ駆け寄る。
フリルが多く付いた桃色のドレスを着ている少女は、少年を見ると太陽のような満開の笑顔を浮かべた。
「ディア! 会いたかった!」
立ち上がった少女は少年に勢いよく抱き着いた。少年はやれやれと言った表情を浮かべ、その頭を優しくなでた。
少年の名はディア・ローナ。代々王家の護衛騎士を務めている一族に生まれ、姫である少女アリス・エタルーノの護衛を務めている。
ディアにとってアリスは幼馴染であり、愛しい存在だった。
「今日は花畑で何をしていたんだい?」
「あのね、お花の冠を作っていたの!」
アリスは先ほど座っていた場所に戻ると、作っていた花の冠をディンにかぶせた。
「私は将来ディアと結婚するの。王様にはお父様のような冠が必要だよね!」
恥ずかしそうに顔を赤らめるアリスを見て、ディアも恥ずかし気に頬を掻く。
「ディアは私のことをどう思っているの?」
「この世で一番大切な人だよ」
「私も!」
幼い二人は立場など関係なく、愛する者同士が結ばれると信じていた。
◇
あれから十年の歳月が流れた。
「ここにいたのですか姫様」
氷の様に冷え切った表情のディアが、花畑に座っているアリスに向かってゆっくりと歩いていく。
黒いドレスを着たアリスは、ディアを見ると悲しげな表情を浮かべた。
「ディア……貴方とも明日でお別れね。護衛騎士の仕事も今日でおしまい」
「はい、姫様」
「ここに来たのはね、結婚するのが不安だったからなの。この花畑にいると昔を思い出して落ち着くから」
「お相手の方は聡明で、民衆からの評判も悪くありません。姫様の相手に相応しい方かと」
「あの人を悪く言うつもりはないわ。だけど、良く知らない人と結婚するのはやっぱり怖いの」
ディアが表情一つ変えないので。アリスは思わず苦笑した。
「貴方っていつからそんなに無表情になったのかしらね?」
「姫様を守るのに、私の感情は必要ありませんので」
「そうかも知れないけど、私は感情豊かだったディアが好きだなあ」
アリスはゆっくりと立ち上がり、ディアを真っ直ぐ見つめた。
「ディアは、私のことをどう思っているの?」
「守るべき人だと思っています」
「私が結婚することには?」
「姫様が幸せになれるのでしたら、私が言うことはありません」
「そう……ありがとうね」
◇
その夜、ディアは自室のベッドで倒れ込んでいた。
昼間とは打って変わり、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだった。
ディアのアリスへの想いは一日たりとも変わることはなかった。だが、一護衛騎士に過ぎない自分が姫と結ばれることがあってはならないと心に鍵をかけていたのだ。
自分の心を抑え込み、アリスを守ることだけを考えてきた。例え嫌われてしまっても、アリスさえ幸せでいてくれればそれでよかった――はずだった。
心の鍵は別れの前日になって壊れてしまい、抑えていた想いが涙になってあふれ出る。
ディアは声を押し殺し、静かに泣いていた。
「離れたくない……ずっと一緒にいたいよ……アリス」
「私もよ、ディア」
突然の声にディアは飛び上がる。
目尻に涙を浮かべたアリスがそこにいた。
「どうしてここに?」
「部屋を何度もノックして反応がなかったから、鍵を借りて入ったのよ。やっぱり無理していたのね」
ディアは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ねえ、もう一度聞くわ。ディアは私のことをどう思っているの?」
「この世で一番大切で守りたい――大好きな人だよ」
◇
「やっぱりここにいたかアリス」
国の正装に着替えたディアは、花畑に立つアリスを見つけた。
「ディア」
ディアは白いドレスに身を包んだアリスを見て、息を呑んだ。
――きれいすぎる。
そう思うのが無理もないほど美しい姿だった。
「時間だからね、迎えに来たよ」
「もうそんな時間なのね」
「それじゃあ、行こうか」
「ええ」
二人は手を取り合い、ゆっくりと歩きだした。
城に戻った二人が、閉ざされたドアを一緒にあけた。その瞬間大歓声が上がり、祝砲が鳴らされる。
誰もが新たな王の誕生を喜んだ。




