そこにいるための Side : Yuri's valet "Nike"
――そろそろ来る頃合いですが。そう言ってメルカ様が振り返ると。
飾り紐だけ黒い、魔導導士見習いの白いケープをなびかせた男の子がこっちに来る。
「双方。ある程度、本気であたれる環境が必要でしょうし、ね」
「メルカ様。なんのことですか?」
……僕より一つか二つ、下かな? やたら綺麗な顔の男の子だ。
きっと僕より可愛い、それなのにカッコイイ。なんかズルい気がする。
周りは巫女さんだらけだし。女の子から人気あるんだろうなぁ、彼。
さすがに格闘技の人では無いようだけど、でも。
神職の子達はみんなそうだけど、彼もやっぱりそれなりに鍛えてる。
鍛えている人達って。歩き方からしてもう、違うんだ。
これは武術の鍛錬をするようになって、初めて気が付いたんだけどさ。
「おはよう御座います、ご機嫌麗しゅう。ニケ様」
挨拶は礼儀正しいけど、なんか失礼な感じがする。
僕が礼儀をどうこう言うのもおかしな話だけど。
「おはよう。……あれ? 前に会った事、あるよね? ――多分ここ着いた日、扇持ってきてくれた子だ! でしょ!?」
「ご挨拶もしませんでしたのに、良く覚えておいですね。さすがは、お兄様のお側を許されているだけのことはある」
――お兄様? 許される? ……なんのことだろう。
「ニケ様。ぼくは東支神殿付き魔導導士見習い、神殿導士のレイジ・イーストと言います。お兄様……、いえ。救世主、ユーリ・ウトー様のお側付きをかけて、ぼくと真剣勝負をして頂くよう所望します」
えーと、なにがどうなってるの? 練習じゃなかったの?
彼がなにを言っているのか、意味がわかんない。
「あのぅ、メルカ様?」
「総監代理、宜しいのですよね?」
「かまいません、本気で倒す気でやりなさい。生半可な気持ちで勝てる相手ではないですよ。――もしもの時はわたくしが、力ずくで立ち合いを中断しますから安心なさい」
「ぼくが、勝ったときには……」
「わかっています。――ユーリ君がどう返事をするかはおいて、侍従の列に加えて頂けるよう。わたくしからも、お願いを致しましょう。……但し、負けたときのことは良いのですね?」
侍従の列? ユーリの言う、“ウチのパーティ”のこと?
そこにこの子が入るってこと?
この子が仲間になるなら、……僕はいらなくなっちゃうんじゃ、ないかな。
「覚悟の上です。ぼくが直接、姉様の。いえ世の中の役に立つためには必要なことです!」
「教えた口上は覚えていますね? 但し。それを口にすれば、もう戻れませんよ?」
――やります! 彼はメルカさんにそう言い切ると、僕を睨み付ける。
「お兄様のお側。あなたの変わりに、僕が入る!」
「……え? えーと、なにを」
「あなたはたまたま、お兄様に命を救われた。ただそれだけの理由で一緒に居る。……ぼくなら、あなたの数倍! 役に立ってみせる自信があるっ……!」
僕の居る場所は、もうユーリのそばしか無いんだ。それは絶対に困る!
それにユーリも居て良い、って言ってくれた!!
「……そ、そんなこと。……まだ、やり方はわからないけど。それでも僕は、絶対役に立つようになるんだ!」
――ゆっくりで良いから、できることを増やせば良い。
ユーリはそう言ってくれたんだ!
「お兄様はこの世界に不慣れ、今すぐこの場で役立つ侍従が必要ですっ! あなたの場所にはぼくが入りますから心配要りません!」
「させない、そんなこと……! 僕にはもうユーリの隣しか居る場所が無いんだ!」
「それはあなただけの都合です! ―― 総監代理!!」
「まぁ、……良いでしょう。魔導発動封印を距離限定で解除! ――解除を確認。範囲は半径一〇〇m。……始め!」
始め? え? なんか始まっちゃったの!?
レイジ、と名乗った少年はいきなり魔導の雰囲気に包まれる。
ユーリもモリィも大結界の内部では魔導の発動すらできない。って言ってたけど。
ごく普通に彼の魔導は発動状態になった。なんで!?
――!
魔導が来る!
大精霊様の時みたいにいきなりスロゥリアを喰らったら不味い!
と思ったけど、魔導は全て自分が吸収してしまった。
そして次の瞬間。
「浄化してさしあげますっ!」
儀式用の銀のナイフを翳した彼が、いきなり目の前に。居た。
――前に戦い方をモリィに聞いたとき、
『私程まで弱くなると、相手が何をしてくるか。先ずはそれが読めないと話にならない。……でも逆に。なにが来るかさえわかっていれば、防御も回避も逃亡も、そしてするかはおいても逆転のカウンターさえ、組み立てを考えることはできる。まずは相手が何をしてくるか、だな』
モリィは続けて言った。
『正面から無策でアテネーとやり合ったら、一瞬で心臓を取り出されて手渡されるよ。――姉御は加減というものを知らないから、突っ込みをまともに食らったらそれこそ命に係わる。……そうは見えないだろうが。私は毎日、命がけで巫山戯ているんだ』
自分は弱いのだ。と、そこをすごく強調した。
相手のやることを先読みしてかわし、攻撃自体を無意味にする。
強く見せてるだけなんだ。って。
「殺った」
彼はそう呟いたけど、目で見たあとでもなんとか、かわせた。
彼は自分に魔法をかけたらしい。
簡単に発動出来てすぐに効果が出るなら、それはきっとスピーディ系のなにか。
そして初手からタイムラグを抑えて一気に勝負を決めてしまいたいはず。
奇襲をかけてくるなら、魔導ではなく直接来る。
但しいくら早くなろうが、彼は直接戦闘は専門じゃない。
ならば使うのは、ナイフかピック?
僕は一種のうちにそこまでは考えて、そして彼がほぼその通りに動いたから。
だから、かわせた。
「ちっ……! 読まれた!?」
スピードは僕とほぼ同じにまで上がった。
その上、彼は魔導導士、当然次の攻撃は魔導で来るだろう。これは面倒くさい!
ネー様にもモリィと同じ事を聞いたことがある。
「魔道士が相手の場合は要注意だ。私もそうだが、ニケさんも。魔導を一発食らったらお終いだからな。まずはかわすこと。その時、必ずしも攻撃が、手足から来るわけではない。ということを理解して攻撃の出所を特定すること。そこで初めて、攻撃の到来方向を見極めて、かわすことが可能になる」
魔導を使えない僕には直接は見えないけど、彼の回りの気が練り上げられていくのはわかる。
「手の先だけでは無い、頭の上、周り。そしていきなり距離を無理しして自分の目の前まで。特に相手の特性が見えないときは注意することだ。――魔導を直接見ることはできんだろうが。……そうだな。ニケさんだったら、気の流れなら、見えないまでもある程度読めるのでは無いか? 魔導の種類にもよるが発動直前なら目で見えるようになる場合も多い、いずれも気の流れから目を離してはダメだ」
……彼の回りに土埃が舞い、徐々に固まりになっていく。
彼は、土の魔道士! 土の魔導が来る!!
……!? やたらに数が多い!?
「得意にしているメタル・ストームでの目眩ましは、あえて使わない、なるほど。……力自慢の彼女に対して、あえて正面から魔導の力押し。……良いでしょう。それで何処まで行けるものか、見ていてあげますからやってご覧なさい」
メルカ様の呟きが聞こえた。僕は、ユーリよりは多少耳が良い。
少なくともメルカ様は、彼の手の内を知っているようだけど。
――来るのはいきなり攻撃だ! 目眩ましだと思ってた、耳が良くて良かった!!
出所が……、見えた! 彼の頭の上だ!
って、全部で四〇以上? これ全部が攻撃!?
「先ずは小手調べ! 石ころの五月雨っ!!」
スピーディで自分を加速したままで、さらに複数の攻撃魔導を。全弾直撃コースに制御しつつ、タイミングを全部微妙に変えて放つ!?
なんで見習いなの、この子!?
絶妙な時間差で殺到してくる小さな土塊を、ギリギリで見切ってかわす。
これ、あたったら見た目より痛そうだ。
モリィにも
『戦闘中に痛いってのは、身体が思い通りに動かせなくなる。だから避けられるものは全部避けないといけないぞ。――あえて当りに行くのも良くない。例えばスピードを落とてわざと当たりやすくしておいて、動きの止まったところで本命。そのくらいは私だってするからな。――そう、相手によってはかえって思う壺。ってことにもなりかねない』
って、言ってたし。
「うわ!、……た、はっ! せい! ……とっと!」
戦闘の天才、暗闇の娘とそして、躁糸の糸使い。その二人のアドバイス通りに動けている限りは。
僕にはあたらない。
問題があるとすれば。
――こちらから攻撃する時のことを。ネー様とモリィ、あの二人に聞かなかったことだけど。
「ほぉ。想像以上に術の立上りが早い、本気になると違うものですね」
え? もう次が来る!?
彼が見習いなのは絶対、おかしいって!!





