お召し替え ~従者の皆さん編 アテネー~
「あ、ネー様! 何処行ってたの?」
「あ、……あぁ。ニケさん、ちょっと、な」
まるで亜里須のように、ドアを開け放した入り口の陰からアテネーが顔を半分だけ出している。
「なにしてんの? お前」
「いや、その主殿。……副司祭様にご用意頂いた服が、だな」
まさか、亜里須か!? ――お前~、また何か……!
「……え? 違っ、――わ、わたし、知らない。よ……?」
「……そんなに、すごい格好なのか?」
アテネーのモデル体型でニケやモリガンを上回るような勢いの服だと、今度こそ目のやり場に困るわけだが。
「主殿の期待を裏切るようで、そこは役に立たずに申し訳無い気もするのだが。その、そ、そう言う意味では、……うむ。すごくは、ない。のではないかと」
――俺が一体、なにを期待していると思ってやがる。
期待してなかった、と言ったらそれはウソだけどなっ!。
「……括りとしては女であるが、私ではなにを着たところでその辺、つまらないだろうが、主殿も男子であるし。どのみちそこは、なにを着ようとも、モリガンよりも役に立たない。せっかくの機会に、ものすごく悔しい限りだと……。それは素直に思う」
彼女のその言動は、女子としての自己評価が低いから。
でも実際のところは。
おっぱいこそやや小ぶりだが、等身が高くて足も長いモデル体型。
なに着たって似合うはず。
ここまでの魚釣りのオヤジ風ルックでさえも。ほぼ、コイツが着てる限りにおいては違和感、感じなかったくらいだ。
だいたいこっちは、ついさっきモリガンのスク水で一回ヒイてるんだよ。
その上ニケのチャイナ服で、この世界の常識を再度思い知った。
アテネーが例えば、マイクロビキニ姿だろうが、タオル巻いてるだけだろうが。
確かに目のやり場には困るかも知れないが、一方。
そう言う意味では、今の俺の心にはもはや波紋一つ起こらない。
今の俺は聖者なんだよ、聖者。……あ、救世主だった。
「お前はなに着たって似合うさ。裸で無いなら入ってこいよ。――ま、裸でも全然構わんが」
そう、今の俺はこんなことをこともなげに言ってのけるほどの、
【そこは構おうよ!】
……亜里須に、突っ込まれた。だと!?
正直に言えば。
いまなら手ブラにひもパンで出てきたって、こう言うファッションだ!
と言われれば表面上は揺れない自信がある。
脳内に映像保管して、後でひとりになってから。
いろんな意味で、もうこれ以上ないくらいにぐらぐらするのは確定だけど。
トイレの個室とか、揺れまくって非常に危ない気がする。
アテネーさん、そう言う意味ではすごく美形なんだよ……。
でも。あくまで一人にならなきゃ大丈夫、誰かに見られてる限り聖者モードは継続出来るはず!
……お願いだから、決意が揺らがないうちに速く入ってきて!
「……色々、気を使って貰って申し訳無い」
諦めたのかアテネーが、彼女しては珍しく。入り口からおずおずと、と言う風情で部屋に入ってくる。
ライトブルーのすねまである長袖のドレスに、肩までまわる白のエプロン。……黒とか紺では無いけども。これってまさかのメイド服!?
プライドの高いエルフの血を引く最強の暗殺者。
暗闇の娘、アテネーが、メイド服!!
前二人と違って露出度は相変わらず低いけど、そんな不意打ちされたら心が揺れるわ! 波風立ちまくりだよ!
――ぴゅい!
【ヴィクトリアン系デザインラインのメイド服! やっぱりフレンチより絶対こっちよ! ホワイトブリムだけでなく、エプロン部分まで一切手抜き無しの手間暇かかったフリルが素敵! まさに本格派メイド服! 職人の技ね!】
だから。いつ、どうやってその長文打ち込んだんだよ。
……おかげで落ち着いたわ!
だいたい、なんでメイド服にまで詳しいんだよ!
ホントは何者なんだ、お前……。
「そう言うのにも本格派とかあるのか……。ちなみにホワイトブリムってなんだ?」
【ブリムは帽子のつばの意味、ようするにあの髪留めのこと。まぁ髪留めというよりはヘッドドレスでね、本来は仕事中は室内帽を被るのだけれど、それを簡略化したのがアレ。ということなのよ?】
懇切丁寧に説明して貰ったが、むしろわからん。ヘッドドレスって、なんだ……?
【あぁ、素敵! 上流貴族の奥様にお仕えする、まさに中世の侍女だわ! ……用意したのがメルカさんだから絶対、ホワイトブリムだけで無くて同じデザインの室内帽もあるはず! 裕利君、聞いてみてみてみて!!】
「だいたい何でお前が興奮してるんだか、もう本格的にわけわかんないよ。……わかったわかった、わかったから、聞くから! だから涙目で睨むんじゃ無い! ――メルカさん、あの服と同じデザインで帽子もあるんですか?」
「ブリムがあるので使わないかとは思いましたが室内帽と、季節的に不要でしょうが同じデザインで外出用の上着もご用意はしています」
【おおおおお! 両方! 着て欲しい着て欲しい着て欲しい! 裕利君、アっちゃんに着るように言って! 写真取らせてって頼んで!】
「そこまで知るか! それくらい自分で頼め。――アテネー、亜里須が褒めてるぞ。すごく似合ってるってさ」
「……褒めてくれるアリス殿には申し訳無いが。服という物は着ている人物の為人を表す記号でもある」
「いや、その服にそこまで深い意味なんか……」
さっきの話からいっても、アテネーの服に関しては多分メルカさんもそこまで気を回しては居まい。
従者の長である。と言い張っているからこそのメイド服だろう。
メイド服を着る暗殺者、と言うのもなかなかに考えづらいから。と言う気の回し方だってあると思うし、そこはその通りなんだろうけど。
ついでに言えばプライドの高いエルフを、メイドとして従属させている俺。と言う見た目。
メルカさんならここまでは当然計算に入ってるかな。
そのほか、腕力が並外れているのは誰でも知ってる獣人で、さらに見た目を格闘家で前面に押し出したニケ。
いつも通りにニコニコしてるが、一捻りでぶっ飛ばされそうな雰囲気が漂っている。
まぁ。なにか間違ったら、雰囲気だけで無くホントにぶっ飛ばされるんだけど。
もうひとり。カテゴリ的にも常識が通用しないのは誰で知っている、好戦的な人格破綻者揃いのテイマーであるモリガン。
師匠でさえ簡単にそうは呼ばないテイマーの中では特別な敬称、マイスター。彼女は俺をそう呼んで従属している。
なんのテイマーかまではわからないだろうが、その敬称で人を呼ぶならこの世界ではテイマーなのだ。
つまりその三人を従えた俺は、既に触っちゃいけない相手、目を合わせただけでもヤバい奴。
ケンカを売るなんて命を投げ出すのと同義なくらい。なのである。
更に巫女の最上級にあたる大巫女リオと、異界の装束を何気なく着こなし、謎の魔道板を片時も離さない亜里須が一緒に居るのだ。
立場が逆なら絶対に絡みたくない。
俺の当初の目的、見た目で不要な戦闘を回避する。
これはメルカさんの気遣いで完成したようだ。
「モリガンもニケさんも、その服から良く為人が出ている。二人共、本当によく似合っているぞ」
物事を必要以上に難しく考える傾向はあるよな、コイツは。
モリガンを見てみろ。
服に限らず普段の自分の生活については、次の飯が喰えるかどうか以外。何一つ考えて無いぞ……。
「主殿。……私は。幼い頃より人知れず人を殺める。ただそれより他、してこなかったのだ。この服を着てみて改めて、私のような者がそばに居ることが、主殿にとって本当に良いことなのか、それが。……わからなくなった」
「法国の巫女の窮地を救い、教皇様のお客人をお助けしただけでは足りませんか?」
「副司祭様、しかし私は……!」
「あなたは、救世主たるユーリ君の従者となって法国の危機を救い、あまつさえ大精霊の加護まで受けたのですよ? 誰にも想像さえ出来ぬことを、ここ数週間でいくつやり遂げたのです? もっと胸を張って頂かないと、わたくしのような凡庸なものからすれば。嫌みにさえ聞こえますが?」
「メルカさんの言う通りだ。お前と逢えなかったら、ここまでたどり着いてないよ」
「……主殿」
「世間のことはなにも知らず、ただ人を殺める技術を磨きぬいたあなたです、そこに至るまで当然に、言葉にできぬ想像も付かないような労苦もあったことでしょう」
「その苦労は。……しかし人を殺す、その為の修練であり修行であったのです」
「ですが結果、その技術がユーリ君や法国の危機を救った。……全てが許されるとは、もちろん。わたくしであっても申せません」
まぁ、アテネーはそもそも暗殺者だしね。
「けれど。ユーリ君達と会ったことで、世の中を広く見る目を持つことができた今ならばこそ。やり直す機会は与えられて然りでは無いか? アテネーさん、わたくしは個人的にはそう思いますよ」
「副司祭様。……私にこの服を頂いた上で主殿のために着る。その資格が有ると?」
「それはユーリ君の従者たる貴女、その為だけにあつらえたものです。むしろアテネーさんに気に入ったうえで貰って頂けないと、わたくしが中央から叱られてしまいます。……わたくしのことも、助けては頂けませんか? アテネーさん」
「……神に。……私のような者をお見捨てにならず、むしろ主殿やリッター副司祭様、その他の方々に引き合わせて下さった神に。…………心よりの感謝を」
あのアテネーが……! メルカさんの前に跪く。
「アテネーさん、あなたの改心はきっと神の御心に届きましょう、……あなたに神の祝福のあらんことを」
アテネーを理屈で跪かすのかよ……。
アテネーにとってはモリガン以上に強敵だな、メルカさん。





