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メルカ・アナベル・リッター

「……ならば、ユーリ君。で良いですか?」

 しゅるっ……。ケープを外しながら、音を立てずにテーブルの向かい側にメルカさんが回り、ケープを椅子の背にかけると姿勢良く座る。


「むしろそれで」

「あまり特別のものはありませんが、絞りたてのメルターの実のジュースです。異界の方のお口に合うかしら」


 高級回復薬の原料になる実だ。当然ゲーム内では食べ物の扱いでは無い。

 拾ったり敵がドロップしたものをギルドに売却する以外したことは無いし、食べ物で無い以上口にする事は。そもそも、初めからできなかったんだけど。


「気を使わなくても良いのに」

「ふむ……。価値が、わかる口ぶりですね。異界の方」

 あのギルドの買い取り値段を見る限り。安くはないだろう。


「薬に出来るものをあえてジュースにする。……VIP待遇ですよね、きっと」

「……なるほど」



 理由は知らないが、モリガンはあからさまに、そしてアテネーも。

 彼女、メルカさんのことは警戒している。

 但し二人共、ほぼ完全に村で隔離されていたニケとは立場が微妙に違う。


 諜報や暗殺に特化した上、その図抜けた能力を、仕事で使う事もあったのだ。

 所属するコミュニティがそもそも表には出ない、当然、公式な仕事の依頼もない。

 記録なんてものも、だから残っていないだろうが。

 この二人は間違い無く、何度かに一度。“仕事”の時に現場に出されていた。

 


 特に。普段、他人のことなどどうでも良い。

 と言う感じのモリガンが、珍しく激しい反応をしている。

 メルカさんに諜報関係者どうぎょうしゃのニオイ。それを嗅ぎ付けたのかも知れない。


 あからさまに怪しい。と言って良い俺達を出迎える役を受けてるわけだし。

 だったらそうであっても。おかしいことは、なにも無いんだけど。


 でもここは神殿、彼女はリオの姉貴分で、しかも上級の神職。

 初対面から彼女の立場を侍従達があまり詮索すると。


 俺が、疑り深く鼻持ちならないヤツ。


 として警戒されるので。

 表面上の敵意が見えない以上、今はそれ以上突っ込むな。

 と、アテネーが止めるなら。

 あのやりとりは納得はできる。


 こんなにも美人で巨乳で、そこに居るだけで人目に付く。

 目立つスパイと言うのも考えづらいが、別に潜入調査だけがスパイじゃないだろうし。


「実際にジュースとして飲むようになってからは、一〇年経っていませんが。如何ですか?」

「おいしい、です。……こんな味なんだ、メルターの実」




「では改めてユーリ君。……他のみんなは女の子、湯浴みも着替えも。まだ多少の時間がかかることでしょう。ですからそのうちに少しだけ、聞いておきたいことがあるのですが」

「俺からも、メルカさんに確認しておきたいことがあるんですけど」


「……? わたくしでよろしければ構いませんよ。ユーリ君からどうぞ?」

「どーも。――この世界の時間で二〇年くらい前だから、えぇ、と……」


「あら、お気遣いを頂きましたか? そこは気にしないでも良いです。二〇年前ならわたくしは五才ですが」

 メルカさん、二五才なの! 二〇前後なんだと思ってた……。


「その当時の事実上、法国最強騎士の話をね。おしえを司る神官総長でありながら、中央大神殿親衛騎士団の筆頭騎士でもあった、ドルチェ・マァル・リッターと言う人が居た。――多分だけど。メルカさんは知り合いだよね? ……名字ファミリーネームも同じだし」

「……! た、確かに、知ってますが。それが?」

 あれ、動揺した?


「彼女は大活躍して、当時の法王からマグノリアという名前を貰った。本人はそれを誇りに思い、いたく気に入って、マグノリアを縮めた愛称であるマァルと呼ばれるのを好んだ、なんて。――メルカさんは、どこまで知ってます?」

「……ドルチェ・マグノリアは我が母です。――ラビットビル、話はもちろん聞いていますが。やはり本物、と言うことですか」



 魔導帝国の興亡。

 そう言う名前のゲームである以上、初期からの有力なユーザーは明らかに魔導帝国側に偏った。


 大雑把なシナリオからみてもフェリシニア法国は、フェリシニア信教幹部が大地ランド上の神の加護、これを独占するために立ち上げた国。

 そこに立ち向かったのが、魔導帝国を立ち上げた初代皇帝。

 と言う事になる。


 法国自体が設定的には悪者だから。

 人気が無くとも、そこは当然なのかも知れない。

 

 例えば先日のスクワルタトゥレ。

 彼女は他を寄せ付けない圧倒的スコアでイベントを突破し、新設された皇帝の側近。初代黒騎士のカテゴリをもぎ取った帝国最強騎士。


 他にもチート疑惑の絶えないシングルランカー。暗黒将軍の異名を取る、キャラも中身もおっさんの、イストリパドオア。


 一体リアルでどんな生活をしているものか、延々ログインし続けレベル上げに異常な執念を燃やす、聖なる爆撃娘。大巫女、ビューティ=チルド・スノゥタウン。


 立派なレアアイテムの剣を腰に下げ、カテゴリも剣士であるのに剣はほぼ使わず、氷魔法に拘る痩身メガネの優男。氷の斬撃こと、剣士の帆角伝助ほずみでんすけ


 帝国の側の有力プレイヤーは、数え上げたらキリが無い。



 名物プレーヤーやら有名ユーザーはほぼ帝国側。他に有名人がいないから。

 だから法国のラビットビルは地味な傭兵なのに目立った、と言う側面もある。


 法国サイドは初めから強大な軍事力を有し、ゲーム開始直後から帝国領を脅かす存在。ゲームの設定的には悪者だった。

 但し、あまりにもプレイヤーが帝国サイドに増えたため、ゲームとしてはバランスが崩れかかった。




 そう言った背景の中。

 あまり有力なプレイヤーキャラの居ない法国サイドに、ある日登場した法国の守り手。


 人呼んで、白木蓮はくもくれんの騎士ことドルチェ・マグノリア・リッター。

 あまりにプレ-ヤーの少ない、法国サイドの戦力バランスを取るために投入された、法国の神官にして最強騎士、と言う設定を持つNPCの女性だ。


 彼女は決定的に法国不利の状況になると、法国騎士団の最精鋭数名のみを率い。

 転移陣の青い輝きとともに逐次投入された。


 どれくらい強いかと言えば。

 あのスクワルタトゥレが、強いとは言えNPCである彼女との戦闘をあからさまに避け、重要拠点防衛ミッションを放棄して逃げ出した程である。



 ただこれは、NPCと相打ちになった時の損害ダメージと、ミッション放棄のペナルティを天秤にかけ。即座に逃げを選択した結果。


 その辺は、ゲ-ムのルールのみならず、イベントのプラスマイナス、システム上のイレギュラー処理まで全てを計算に入れて行動する天才ゲーマー、スクワルタトゥレ。

 彼女の本質そのもの。

 テクニックに頼るだけの猪武者では決して無い彼女の、まさに本領発揮とも言える場面でもあるのだが。


 但しその事実は、そのスクワルタトゥレですら。

 マァル相手には勝ちを計算できなかった。と言う事でもある。



 とにかく、マァルは童顔小柄で可憐な見かけでその上巨乳、強力な騎士としての能力に加え、指揮官としても有能。更には大神官の癒やしの力まで。

 全てのステイタスがほぼ反則級に高かった。


 ……そして二〇代半ばの彼女には娘と息子が居た。



 ――設定盛り過ぎな上に人妻で経産婦ってどう言うんだよ!? 

 善し悪しはおいて、当時プレイヤー間では色々と話題になったからよく覚えている。


 そして法国所属の傭兵団頭領であった俺は、彼女とは何度か顔を合わせている。

 マァルとメルカさんとは良く似ているのだ。目鼻立ちも、体型……、主に胸も。



 その後、法国では筆頭騎士には白騎士の称号が授けられ、それが直接率いる少数精鋭部隊は白騎士団の名で呼ばれる事になった。

 以来マァル引退後も。

 その白銀の鎧と、紫で法国章が染め抜かれ、金で縁取りされた白いマント。

 それは白騎士の象徴として認識され、それを纏う騎士は国民の羨望と尊敬を受けることになった。


 当然、マァル引退後はプレイヤーにそのカテゴリは開放されたが、誰もそこまで到達していない。

 ちなみに帝国側では同等の地位になる黒騎士も、スクワルタトゥレ引退以降はプレイヤーが就いたことは無いのだが。



 ともあれ。

 マァルが白騎士を名乗ってから、この世界の時間で二〇年がたっている。

 その娘が大人になっているとしても問題はないだろう。

 年齢的にも、まぁ齟齬は無い。



「本物だとしてお話を進めます。……あなたは法国を救った伝説の剣士様であると」


 ……25歳。見えないなぁ。

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