問題はおっぱい
「あ、姉御! 痛い痛い、痛いって! 私を痛くしても良いのはマイスターだけだ!」
「少し口を閉じていろ、腐れ蜘蛛っ!」
アテネーは俺に向き直る。
「主殿。モリガンの今の話は、主殿とアリス殿。ともに類が及ばない、と言い切れるならそれで良いと言うことだ。……男女に分けられてしまえば、三人も居るのに。私達に主殿と同行するものが居ないだろう?」
意図してそうなったのでは無いにしろ。
「まぁ。男は俺だけだしな」
「……もとより。我らは主殿の護衛以外、することも無いのに武器さえ無い。その上主殿と引き離されては。この莫迦が莫迦なりに心配するとしても、それは当然。――そうだな? モリガン」
「……姉御」
お前ら、そんなに心配性だったか?
確かに、武器の類は神殿に入る前に取り上げられたが。
そう言う意味でもモリガン自身は元からほぼ丸腰。そこも気にする必要が無いし。
なにか言おうとしたモリガンを一睨みしたアテネーは、――これ以上喋るな。とでも言うように顔を近づけると、声を低くして、言い聞かせるように続ける。
「それに、ここは既に王都の中だぞ? 私もお前も専門家の端くれ。これ以上は私が何かを言わずとも、……わかるな? モリガン」
押し殺した、それでいてドスの利いた声。
うん、そうだったよな。
アテネーさん、忘れてたけど本職は暗殺者。裏社会の住人だった。
「それと。――くっ。わ、私もお前の言うのは理解はできる……! 私だって負けてはいないとも思うが……。だがそれでも、口の利き方には気をつけろ。聞こえてしまえばお前や私では無く、仕える主の品位や品格が問われるのだぞ……!」
「それは困る。だが……」
「まぁまぁアテネー。――リオは仲間だ。だからメルカさんも信じる。……なぁモリガン。世の中って単純でも良いんじゃないか?」
「……マイスターが良いと判断する以上、……私も姉御もそれ以上言うことはない」
「主殿の身に何かがあったならそのときは。各方面、相応の報いは受けて貰うがな」
この二人が本気を出したら、神殿のひとつくらいは簡単に全滅させそうだが。
「マイスターに対して害意がない。現状、それを担保できる証拠が無い、言いたいのはそれだけだ。――だがしかし。それがマイスターの命令だと言うなら、私は当然に従うさ、もちろんだ」
曇った顔が普通になると、蟲を有線するときの様に左手の小指を立てる。
「神殿内で目玉蟲を使ったら怒られるだろうしな。マイスターの裸を見損ねた」
「モリガン! 貴様という奴の性根は何処まで腐っているっ! 言動に気をつけろとたった今言ったばかりでは無いかっ……!」
……アテネーは、巫山戯ているように会話を引き取ってモリガンを治めたが。
さっきのモリガンの目。
アレは初めて会った時、俺達を襲ってきたときの、本気の蟲使いの目だった。
王都の結界の中だろうと、神殿の聖気の中だろうと。モリガンの技量なら。かなり強力な蟲の二,三〇匹なら、普通に呼び出すことも使うこともできるだろう。
神殿内は女の子が多い。例え制御不能でも、蟲を一〇匹も呼び出せば。
アレがおやつに見える、などと言う女の子はアテネーくらいのもの。
――普通はエルフで男の狩人だってヒクのだ。とは以前アテネーに蟲をけしかけた本人が言ってたし。
つまり、モリガンにとっては神殿内でパニックを起こすくらいは造作もない。
加えて魔法だって蟲経由の疑似スキル。
ならば発動阻害結界が展開してあろうが、無視して発動出来る可能性は高い。
その上、糸使いなのである。
彼女が何かをするに当たって、道具は一切要らないのだ。
コイツ自身が武器、入り口に置いてくるべきはモリガン自身だ。
と言うさっきの話はもちろん冗談ではあるが、ある意味正しい。
もっともモリガンに限らず。
アテネーなら。素手でも一〇人単位で人を殺すくらい、目を瞑っててもできるだろうし。
ニケがちょっと気合いを入れたら、キック一撃でこの建物くらいは崩壊する。
――ウチの人達。もとから得物なんかいらなかったわ。
おいといて。
中身は大真面目なモリガンだから、変態的な意味以外でも。
事実上、武装解除をしていない自分がついていく。と言ったのだろうけど。
でも、なにをそんなに心配してる?
「……お荷物はお部屋に運んでおきます。皆さんお体だけで。――ユーリ様は男性ですので、別にそちらのものどもがご案内します」
そう言うとメルカさんは先に立って、通された大きな部屋の出口へと向かう。
俺の前には、スカートが半ズボンになっった意外は、リオと同じような服を着た中学生くらいの男子が三人立ち改めて、白いケープを揺らして恭しく礼をする。
羽織の下の上着が、少し長くてへそがでてないのは好印象。
……うん、男の子だからね。正直、あまり露出が多くても嬉しくない。
「……ゆうりくんは。――だいじょおぶ、だよね?」
「意外にもモリガンが俺達の護衛を真面目に考えてる、というのがわかっただけだろ? 今の話」
亜里須は人前で喋れないだけで、むしろ頭は良い。
今のやりとりで、きな臭いものを感じたんだろう。
気になるならあとで確認すれば良い。今、亜里須が気にする事じゃ無い。
それにリオが同行する上、一緒の三人。武器が無かろうと裸だろうと、その気になればほぼ無敵。少なくても亜里須の安全は担保される。
俺も複数の意味で亜里須に同行したいところではある。
「身体、流して来いよ。オンナなんだから気になるだろ? 言わないだけでさ」
「え? ……うん、わかった」
たまに。誰も見ていないところで、セーラー服の袖口や襟のニオイを嗅いでいたのを何度か見た。
……まぁ、誰も見ていないと言いながら。俺が見ていたわけだが。
セミロングを横から引っ張って髪の臭いを嗅いでいたのも見たので、服の汚れだけで無く、風呂には入れないことを気にしていないはずが無い。
でもさ、気持ちはわからないでも無いが。
いくら誰も見てない建前とは言え。
頼むからスカートは嗅ぐな、スカートは……。





