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懸想する乙女 Side : Country of Regulations

「――っ! 現状、情報調査部よりの第一報にて詳細はまだ! ……団長閣下、どうかこの無能なるわたくし奴にご慈悲を……!」


「フレイヤ様、先程も申したところです。お立場をわきまえて頂きたい。――今のあなたはえある法国魔導団、そのおさなのです。……ついでに神官の資格もお持ちでしたな?」


「儂は、その……」


「法国の守護聖女。とまで言われる魔導団長、エッシェンバッハ卿。そのようなお方が、神官風情に声を荒げるなどなにごとですか。――発言は自由になさって結構、とは常々申しておる通り。ですが、巫山戯ふざけるにも時と場合がございます。いくらあなたでも限度、と言うものもありましょう……。お静まりを」


 ガタン……。突如色を無くして、少女は多少大きな椅子のクッションへと再び沈み込む。

 どうやら私が大声を出さずとも済んだ。……さて、次は。


「……総代。そは、フレイヤ様一流の冗談であるから気に病むな。――他言無用に、よいな? 総長や大神官達にも伝えるでない」

「え? ……あの」


「そなたは総代。諧謔かいぎゃくかいすことすらも必要な立場ぞ。わざわざ私にフレイヤ様の冗談が不発であったと言わせるか。この上、フレイヤ様を笑いものにしたいと言うのなら、それはこの私が許さんぞ?」


 当然ここまで言えば、こちらの言いたい事は彼には伝わった。

「は、ははっ! ……き、教皇様のお心遣い、ありがたくっ! ……風流の理解を出来ぬ哀れな官吏への御慈悲、かたじけなく存じます!」


「第二隊将もよしなに」

「……猊下の仰せのままに。なにしろ自分は、仰る通りに諧謔を解せぬ無骨者故、ご心配は無用にて」


「うむ。……両名とも、至急伝ご苦労でありました」

 ――再度情報をまとめた上で改めて、騎士団長と神官総長、二人揃って私の元へくる様に申し伝えなさい。そう言って伝令を返すと、女中を務める女官達が扉を閉める。





「フレイヤ様に冷たいお茶を一杯。……いや、私も貰おう」

「懐かしき名を聞いて柄にも無く取り乱したわ。法王よ、うぬより儂の名で謝りおいてくれぬかや?」

「子供も大人も。悪い事をしたら自分で謝るものです。あなたは両方ですから尚のこと。……しかしラビットビルとは」


 先代法王より指名を受け法王となる前。

 大神殿、いや神職からさえ一時離れ法衣を脱いだ私は、彼と肩を並べて戦った。


 そして、自身の生い立ちも能力も、姿形も運命さえも。

 全てを呪ってそこまで一〇〇年生きてきた彼女。フレイヤもまた、彼とは因縁浅からぬ関係にある。


 彼が居てくれたからこそ、未曾有の大戦となった二〇年前。

 大戦の始まってのち法国政府からの要請は全て無視を通し、一切の魔力を封印し。


 ――巻き込まれて死ぬるなら。それもまた運命というものであるよ。


 と、うそぶいていた彼女が立ち上がってくれたのだ。


 

「のぉ、法王よ。儂が……」

「リオを知るもの皆が一様に心配しています。迎えに出すものの選抜に労苦は無い。フレイヤ様直々に迎えに行こうなど、努々(ゆめゆめ)考えないで頂きたい。よろしいですね?」


 力はあるが他人との接触を嫌い、有事以外は中央大神殿の地下室に籠もったまま出てこないので有名な、魔導団長なのである。

 その彼女がわざわざリオの出迎えのために直接動いた。などとは、噂が立っただけで王都中、いや国中が大騒ぎになってしまう。

 

「……融通が利かぬ男よの。……そう言えば若き頃より。うぬは昔からそうであったわ」


「それはそれで結構。自分でも融通は利かぬと承知しております故。――それに」

 そう、容貌がまるで違う。とわざわざ報告を上げてきたのだ。



「うぬが気にするは見た目かや? ふん、異界へ行き来しようというものだぞ? 外見が違うなぞ、その程度のこと。普通にあろうに。……儂が一目見ればわかるわ。乙女の勘を甘く見るでない」


「あなたはご自身の年齢を好き勝手に出来て良いですな……」

 ――それに、の。透ける様な金色の髪をかき上げた少女は私と目を会わせる。

 目の前の年寄り臭く喋る少女は、頬を染めると一旦俯く。


「……儂もそこはただの懸想けそうする処女おとめなる、されば勘の鋭きことナイフの如しぞ。そして当然に中身こそが大事、きゃつめの見た目が、例え爺であろうがトロールだろうが、そこはどうだとて良い」


「それは私もそうですが。……しかし。あなたの場合のそれは、勘では無くて魔導の類でしょうに」

「はっはは! 生娘きむすめの勘を魔導で補強するのだ、これ以上に強力な真贋しんがん鑑定もあるまいよ」



「何かしら、あなたが自由に思えてならない……」

 彼女ほど不自由な生活を強いられているものも居ないのだが、一方。


 私とくだんの“彼”に対しては初めて会った時から自分の理解者だ。

 と言い訳をしながら、自由奔放、気ままに振る舞った。

 まさに見た目通りの少女のように。


「儂が不自由なるは、見た目が子供であることだけぞ。あとはまさしく自由そのもの。……もちろんその大半は、うぬが儂に勝手を許しておるせいなる。如何いかに儂だとてそれは承知をしてある。当然に、そこはうぬに表面上の謝辞を労する程度では足りぬ、と思うてあるわ。魔導団長を受けた程度で済む恩だ、などと軽々には思うておらぬ」


「あなたが感謝を口にするなぞ、むしろ何処まで本当なものやら……」

 当人に言わせれば外見に中身が引きずられ、精神年齢があまり成長していないせいだ。となるのだが、これは当人の言であるので鵜呑みにはできない。



「月日が流れようと、見てくれが変わろうと。少なくともこの儂は見た目が変わらぬ。なれば、最低限。ホンモノであれば、向こうが気が付くであろうよ」

 彼女は椅子の背にかけた黒いローブを手に取る。


「……いや、そうであってほしい、自身の体裁は男より見て好ましいものであるはず。忘れようはずも無い。と、な。――子供の愛らしい見てくれより他に頼るものの無い、男を知らぬ小娘は、そう思うてある。と言う話ぞ」

「フレイヤ様……」


「これ以上は言わすな、それこそ笑いものぞ」

 なんでも好きにできるよわい一二〇年の少女も、男女関係だけは不得手にしている。

 ……もっともこの見た目で、更に中身がやり手婆では手に負えないが。



「あぁ、おほん。……法王。彼らが中央大神殿ここへ来る手はずが整うまで、儂は風邪をひくぞ」

 ガタン。背丈が少し足りないせいで椅子を飛び降りる形で床へ降りると、彼女は背中に法国魔導団の紋章のあしらわれた漆黒のローブを身に纏う。


大戦おおいくさのさなか、というわけで無し。ましてあなたは団長でもありますが。……しかし、見た目どおりに気ままで不安定な子供。というのも。それはそれで如何なものかと」


「儂の何処が気ままで不安定なるかや? ……それに。むしろそうしたいは山々なるが、しかし儂はただのわらしでも無い故、“それだけ"。と言う訳にもいかんでな。――消耗した分の魔力が戻ったとあれば。それはいつでも即座に全力で使える様、練っておく必要があろうよ」


 ローブのフードをかぶると少女の表情は見えなくなり、黒いヴェールを降ろすと顔自体も見えなくなる。

「……! フレイヤ様、いったい」



「わからぬが、な。――それこそ乙女の胸騒ぎぞ。はっは……! あぁ、仕事は風邪をひく“予定"があった故、先程団長補佐に全てを任せ置いた。優秀な男なのではあるが、なればこそ。そろそろ魔導以外に色々覚えねばなるまいて。神事はともかく、まつりごとにかかること一切、うぬには面倒をかけるがアレに。教えてやってはくれぬかや?」


「わかりました。では先ずは明日、今ほどの刻限に、ここに来る様お申しおきを」

「言うておこう。……あの男のことは頼む。儂もそういつまで団長と言うわけにもいくまいよ。歳を取らぬが故、な」


 対外的に老婆である、と誤魔化し切れてあと二,三年が限度。

 それは私も思っては居た。

 その身体に対して大きな扉をいかにも重そうに開け、彼女は廊下へと出て行く。


「優秀な魔道師です。今後は神事も手伝って頂ければ、大神殿としては有り難いのですが」

「そこは知らん、中央大神殿うぬらが好きにせよ」



 最小限に開けられた大きな扉は、見た目より小さな音を立てて閉まった。

「魔導団長も帰られた。そなたらも一時いっとき、下がって良い」

 女官達が礼をして部屋を出れば、大きな部屋に私一人。

  



「異界の救世主、とはな。――本当に、お前であるのか。ラビットビル……」

お陰様で何とか第一章が終わりました。

読んで下さった皆様のおかげです。

本当にありがとう御座います。


これからも宜しくお願い致します。



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