王都で待つ者 Side : Country of Regulations
所属:フェリシニア法典による神聖聖道王国
法王:教皇フェリシニアⅢ世
「歳を取って後、待つ身となると。これはお互い辛いのぉ、法王よ」
「歳を、ね。……わざわざ上がってきて頂いたが、お体はよろしいのですか?」
中央大神殿の最上階、法王執務室。
リオの転移陣を作ることで魔力を使い切り、ここ半月。地下の自室で伏せっていたはずの魔導団長が、わざわざ大神殿最上階の私の元に来ていた。
「悪くば来ぬわ。ここ数日は単に怠慢をむさぼっておっただけのこと。なれば、中身はともかく身体は健康、健全、清廉潔白な少女である故、ここへ上がるなぞ造作もない」
「……フレイヤ様、お戯れを」
「なにが戯れか! 失敬極まる。全て本当のことぞ! ……中身が腐っていることも含めて、な」
フレイヤ・デ・ラ・エッシェンバッハ。
法国騎士団と対をなす国の守り手たる法国魔導団の団長にして、大陸最期の魔女、との異名を取る大魔導師。
ここ、中央大神殿においてもローブを纏い、フードを深く被り、更にはベールまで降ろして姿の知れない老婆。
普段はほぼ声を発することも無く。だから一般には彼女のことはそうみているが。
但し、それはローブを脱いだその中身。それを見たことが無いからだ。
見た目はなめらかな金髪を腰まで垂らし、きめ細かやかな肌。大きく清んだ青い瞳。
自身で言う通り。まるでビクスドールを思わせる可憐で清らかな、大人になり始めた一二,三歳の少女の姿。
フードを外し、ローブを脱いだ中身は。
フリルのあしらわれたいかにもな白のシャツに、既に無い家の色である薄いオレンジのワンピース。
声も見た目どおりに鳥のさえずりを思わせる、華やかな少女のそれである。
かつて、街一つを壊滅させるほどの魔導事故の波動を一人で受けきり、街を救ってなお。自身も生きのこって見せた、若干八歳の天才少女魔導師。
但し、その力は呪いの形でその少女に襲いかかったのだ。
とは本人に聞いた。
そしてそれより先、不死とも言える肉体を。
当人の意思とは関係無しに、手に入れてしまった彼女である。
ほぼ年を取る事を止め、朽ちない身体を手に入れたのは一〇〇年以上前。
見た目はリオよりも更に若い、というよりは幼い。十二歳程度にしか見えないのであるが、実際の中身は齢一二〇才を超えている。
その彼女は二〇年前の帝国大侵攻防衛戦に参加。
法国防衛線の中でも、特に魔導師に不安のあった傭兵団主体の部隊をたった一人で支えきり、防衛線崩壊を防ぎ切った希代の大魔道師である。
「あえて今、うぬに再度問う。なぜリオを送った。儂でも良かろうはずの仕事ぞ」
「フレイヤ様。既にリオもこちらの世界へと戻ってきていることですし、その話はもう……」
カニュラケイノス、異世界より生還す。
情報隊から入った一報は、既に彼女の耳にも入れてある。
それを聞いたからこそ。
地下から最上階の法王執務室まで、上がってきたのであろう彼女である。
「リオが帰還しようがしからまいが関係なきこと! 大恩あるうぬであろうとも、譲れぬものは譲れぬわ!」
今より一〇年ほど後。突如起こった暴動。
貴族排斥運動で、リオの実家である貴族にして魔導の大家、カンヌラエイヌァス家の血筋は無くなった。
その一人娘、リオ=スピニティ・ヌ・ジュール・カンヌラエイヌァスは、暴動鎮圧の陣頭指揮にあたった当時の神官総長にして、筆頭騎士。初代白騎士の称号を任されたマグノリアという女性が助け出した。
その彼女が拾い上げて私が一時かくまい、その後。
暴動のショックで魔導の制御方法を忘れ、聖気の巡らなくなった彼女は。
リオンデュール・カニュラケイノスの名を与えられ、引退したマグノリアの養子として、同じ王都内とは言え中央からは離れて暮らすこととなった
独り立ちしなければならない年齢となった彼女は、あえて自分で巫女の道を選び。
正式に巫女見習いとなった彼女は東支神殿で修行を始めた。
そして基本的な徳を積んだ後、彼女の巫女としての仕事は本来、地方の分神殿か祭司殿付きから始まるはずであったが。
そのタイミングで中央大神殿が支神殿から再び、彼女を呼んだ。
しかしそれは、神の啓示に従ったものであり誰かの意思ではなかった。
そして同じく魔導の大家として名をなした貴族。フロイデンベルグ家も。
カンヌラエイヌァス家と時を同じくして、家銘断絶の憂き目を見る事になった。
当然に。
事実上家銘を継いでいたのは弟の血筋だったが、しかし当主であり、老衰のほぼ関係ない永遠の少女。
かつて魔導事故から街を救い、大地全土の大戦争に終止符を打つ為に尽力した魔導の天才、ヴァナディス・フロイデンベルグの命も危機的状況となった。
その彼女を私は、拉致まがいの手法で救出し、魔導団へ組み込むよう当時の法王に進言した。
いくら自身の立場と命に危険を覚えようと、かつての仲間を捨て置く判断は出来なかったからだ。
但し子供の身体であるが故。血を残すことのできない彼女から見れば曾孫にあたる、まだ幼い子供達を含む弟の一族は全て神の御許へと帰った。
これを救うことが叶わなかったことで、二年ほど口を聞いてもらえなかったものだが、それでも。
最近では自身の命に関しては、これは恩義に思ってくれているものらしい。
その後。フレイヤ・エッシェンバッハの名と魔導団顧問の肩書きを与え、法王の地位に就いた後に魔導団長としたのも私である。
フレイヤの襟元に結ばれたそこだけ場違いな黒いリボンは、その弟一族への弔意の印。
たまにはチョーカーだったりスカーフだったりするものの、首元の黒い喪章。
それを外しているところは見たことが無い。
「フレイヤ様がもうひと方いて下さるなら、是非に異界へ渡って頂きたかったのですがね。……あなた様以外のどなたが。異界への転移結界、しかも往復分双方などと言う桁外れのものを作れるので?」
「ほぉ、嫌みを言うかや? 法王よ。儂の知らぬ間に大人になったものよのぉ」
百二十歳と四十五歳。この言われ方は分が悪い。
「おほん、あぁ。えぇ。お互い、立場もあることです。フレイヤ様、あまり軽はずみな発言は……」
「知らぬわっ! だいたいうぬは昔から……」
「猊下。会談中にご無礼を致します! 中央騎士団第二隊、その隊将であります! 猊下に急ぎご報告がございます! 団長、団長補佐、双方不在につき、自分が変わって参りましたこと、お許しを頂きたく……。直接のご報告が必要である為、入室のご許可を頂けますよう願います!」
ノックとともに固い声が、彼女の言に割って入る。
「気にせず入りなさい。――何ごとかあったのですか」
騎士団の制服を着た、いかにも真面目な騎士が急ぎ足で入ってくる。
「失礼致します。……魔導団長にはあいも変わらずお美しく、拝謁を賜りましたこと、まっこと光栄であります!」
「儂に世辞など時間の無駄なる。……なれどありがとう、と言うておこうかの」
法国騎士団と言えば一昔前は、神に仕える上等な成らず者。
とさえ言われたものだったが。
若干一八歳にして堅物。ハイアットが団長となって後、騎士団はむやみに礼儀に厳しくなった。そう思うと多少おかしくもおもう。
その彼が扉を閉めた直後に更にノックの音。
「神官総代です、早急に教皇様のお耳に入れたきことがございます! 神官総長様、並びに三大神官様ご不在のためわたくし奴が参りました。会談中とは存じますが、入室をご許可頂きたく存じます!」
「うむ、……そなたも気にせず入るがいい」
その開いた扉の向こうに、高位を示す神官の服。
「これはエッシェンバッハ閣下。閣下におかれましては変わらず見目麗しく、体調もよくなられたご様子。中央大神殿、いえ国民の皆が安堵致しましょう」
そして法国において、神官は神に仕えるのは当然だが立場は官僚。
言動もこうなる。
「やれやれ、言葉も無いとはこのことよ。……仕方なきこととは言え、神殿にも迷惑をかけたようだの。すまなんだ」
「続け様に至急伝とは、一体何ごとがおこったか。――順に騎士団より報告を」
「はっ! では申し上げます! たった今、王都防衛軍東管区より入りました報告です。中央大神殿拝殿付の巫女見習い、カニュラケイノス様がお客人二名、その従者三名を帯同し、東三番ゲートより明後日午前にも王都に入られます由。先ずは、東区の支神殿へと入られ、お休みを取られる予定であるとのこと、取り急ぎご報告申し上げます!」
「カニュラケイノスは無事なのですね? ちょうど魔導団長と話をしておったところです。……ところで客人二名、とは?」
「救世主候補者二名であるのでそのまま報告せよ。との話でありましたが、それでおわかりになりましょうか?」
「はっは! 二人とはな! うぬが儂で無く、リオを送ったは正解であったなぁ、法王よ」
「話はわかりました。――して、総代。そなたは何用か?」
「はい。そのカニュラケイノスのお連れしたお客人なのですが……」
「……? どうしたのか、続けよ」
「失礼しました。――お客人がラビットビルの名を名乗っている模様で、但し見かけは知られたものとは違う、と報告が。ただしリオ、いえカニュラケイノスもそれは理解した上で、本物と認めているとの事でございまして。これをどのような……」
指示を求める報告を遮って、少女の怒気を含んだ言葉が部屋中に響き渡る。
「ラビットビルだとっ!? ――そは、誠であろうかや神官総代。……ウソであったその時は、紅蓮の炎でうぬを消し炭にして吹き飛ばしてくれようが、その覚悟あっての言であろうのっ!?」
――バンっ!
見た目しとやかな少女は、やおらテーブルを叩いて椅子の上に立ち上がると、目を剥いて神官総代を睨め付ける。
かつて彼女と共に戦場に立った、傭兵団の頭領で自称異界の戦士ラビットビル。
その彼が帝国との停戦調停締結後、異界へ帰ると言い残し姿を消して二十年あまり。
その間。見た目ではほぼ成長しなかった彼女だが、彼への想いを捨てることもしなかった。
それは本人からは聞いた事はないが、知っていた。
世間の動向などと言うものには一切の興味を示さず、ほぼ誰にも言葉をかけることさえしない彼女が、取り乱して大声を上げるほどに。
履行されないことが前提になっているような口約束、
――今だけ一旦、お別れだ。
それの果たされる日を一日千秋の想いで待っていることを。
そばで見てきた私は、誰になにも言われずとも良く知っていた。
続きは明日の早朝に投稿致します。
お楽しみに。





